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水星の魔女のストーリーテリングの巧みさ(主観)4選

(エアリアルはまだ塩味しか食べてない)

注意

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の12話までのネタバレが含まれます。ご了承の上お読みください。

はじめに

 とにかく大反響の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」、

 私もその面白さに珍しくアニメをリアルタイムで見ていました。多くの人と同じようにあの強烈すぎる12話をどう消化するか悩みつつもとにかく四月を待っています
 今作のすばらしさは多岐にわたります。例えば…

 キャラクターの造形
 声優の演技
 編集の切れ味
 SNS戦略

 などなど…。
 その中でも物書きを自称し「物語」と「言葉」を大事にする私としては脚本、ストーリーテリングの巧みさに惹かれるところが強く、今回はその中でも「うわうまい」と思った点を4つ語っていこうと思います。

1:正体不明のチート主人公とサイドキックの成長物語

 最初に感心した点として、主人公であるスレッタ・マーキュリーとエアリアルが「視聴者にとっても正体不明のチート的な存在」であるということがあげられます。
 まずプロローグで出ていた子どもがエリクトという別の名前です。エリクトとスレッタの関係性も仮説は生まれど明言はされないままです。スレッタとエアリアルが会話しているように見える姿はこちらにどのようなコミュニケーションがされているかが開示されないため(スレッタの返事や様子で察するしかない)むしろ不気味ささえ感じます。そもそも禁じられたGUNDフォーマットを序盤は一人だけ使っている、その後他のガンダムが現れても一人だけパーメットスコアを上げることによるリスクを受けないというのもかなりチート的な存在であることが押し出されています。
 また、決闘の勝敗も「エアリアルが新しい機能を平然と後出しして勝利」というパターンが複数ありこれも正体不明感、まだまだ謎が多い、底が見えない感を演出しています。最近言われる「チート系」「主人公がいきなり強い」を取り入れているということでしょうか。もちろんアムロだって最初から強かったのですが、明らかに苦労や努力、強くなることへのリスクはスレッタからは排除されています。強さの理由が見えないといった方がいいでしょうか。
 今作がさらに巧みなのは、主人公がチート系であるのに対しいわゆる伝統的成長物語の要素を担う役割として、スレッタとの決闘によって学園及びジェターク社での立場を失い、むしろそれによって自分を見つめなおし這い上がるグエルの存在にあると思います。自分も含めグエルに感情移入している人が多くいるのはここに原因があるのでしょう。これによって現代的なストーリーテリングと古典的な成長物語、あるいは貴種流離譚を無理なく共存させることに成功しています。めちゃくちゃ情報量が多く密度が濃い、でもストーリーテリングが混乱しないのはこのあたりをうまく整理している点にあるのでしょう。
 また、この話はtwitterで見たことがあるだけなので本当なのかどうかは知らないのですが、最近の視聴者や読者は修行シーンや苦労するシーンを好まないといわれることがあります主人公ではないグエルに成長物語を担わせていることにより、そのあたりを省略して視聴者の想像に任せても不自然さがない(たとえばグエルのキャンプ中の苦労や、ボブとして職場にどう馴染んだのかなど)というのもこの物語のテンポのよさと感情の揺さぶりの共存に一役買っているでしょう。

2:衝撃の展開を受け入れさせる不安の積み重ね

 エランの件や、プロスペラの動きなど明らかに不審で残酷な現実がのぞく度、いつかはミオリネやスレッタがもっと直接的にその不審に巻き込まれていき悲劇が生まれるのではという不安が少しずつ募ってきます。その不安が12話で想定を遥かに超える形で炸裂することになったのは言うまでもないでしょう。
 この不安、ずっと漂っているのに見ないふりをしていた破局の予感ががあるからこそ、あの12話に衝撃を受けたり悲しむことはあっても、「ありえない」と怒ったりトンデモだと感じたりして続きへの関心を失うということにはならなかったでしょう。12話は11話後半での前振りがあるとはいえそこまでの展開と比べれば「飛躍がある回」と言えます。「想像を超える飛躍」「過激な展開」は物語の印象やクオリティを高める重要な手段の一つですが、ややもすると物語への興味の喪失を生むこともあります。今作では通底音として、各企業の不穏な動きや、細やかな描写によって常に不審と不安を積み増していくという複線や前振りをしっかりしていることでむしろ興味の持続へとつなげています。

3:現代的な学園物、家族物を取り入れる

 発表の時から学園が舞台になっていることが話題になっています。新しい世代のファンを招くためとどこかで読んだ記憶があります。おそらくそれは成功しているのでしょう。そしてこれは脚本上の意味もかなり大きいと思います。
 この設定によって虐げる者と虐げられるもの、今回で言えばスペーシアンの上層階級とアーシアンの関係性を多くの若い世代にとって共感しやすいであろう(理解しやすいことはいいことではないですが)スクールカーストという光景に投射することができたり、12話では、戦争における悲劇や兵士の精神性の崩壊を毒親や親ガチャ、虐待などの家族関係の話を補助線にして描くことで非常に受け入れやすい話にすることに成功していると感じました。それゆえに個人的にはアーシアンの親が描かれていないことが2期に向けて気になっています。
 余談ですが、かねてより大きな物語、つまりみんなが共通して持っている文脈が消失したといわれる中、多くの人が捉えやすいテーマとして「学校」「家族関係」というものにスポットが当たる物語が大作、個人製作とあらゆるところで増えているなと感じています。

4:過去のスーパーロボットの蓄積とそれへのアンサー

 これは12話のプロスぺラとスレッタのやりとりとその後のあれへの言及となります。件のシーンにおいてプロスペラは「逃げれば一つ、進めば二つ手に入る」というスレッタが大切にしている言葉を引用しながらエアリアルに乗って戦うよう促します。テーマソングである「祝福」のアレンジがかかり、また血しぶきのない場所から血で汚れた戦場へとスレッタが歩む姿はとても象徴的で美しささえあり、いいシーンとして演出されていますがそれがむしろ毒親的な描写と受け取れるためとても不気味に感じられる(もちろん故意に)という白眉のシーンです。
 私は、あのCパートも含めて私はここ数年特に聞かれるようになった「ロボットもので大人が子どもに戦わせるのはどうなのか」「大人が責任を果たすべきではないのか」議論についてのある種の挑戦状を打ち込んだように感じました前述のシーンは、今までのロボットものの少なくないシーンで第一話や最序盤に「いいシーン」として描かれていたもののはずです。それをそこまでのストーリーテリングでものすごく不気味なものとして現出させているというのがこのシーンのすごみだと感じます。
 この記事を書くにあたりロボットものの始祖とされる「鉄人28号」と「マジンガーZ」の第一話を見ました。鉄人28号はオリジナルが見られなくてリメイク版を二つ見たのですが(2004年版のオープニング曲超かっこいいな!)、鉄人28号にしてもマジンガーZにしても大人が子どもにロボットを託しこれで戦うことを半ば強制的に依頼します。特にマジンガーZで兜博士が甲児に「お前はあのマジンガーZさえあれば神にも悪魔にもなれる」と言っていたのが非常に印象的です。鉄人28号のテーマにも「ある時は正義の味方、ある時は悪魔の手先、いいも悪いもリモコン次第」とあります。
 厳密には自ら乗り込んでいますが父親の作った機体で戦うアムロ・レイ,、久々にあった父親に初号機に乗ることを命令される碇シンジなど、大人、少なくない場合で実の親の準備したロボットで子どもが戦う作品が幾度も作られています。素直に言うと私自身はこのタイプの作品は「まあ若い世代の共感をとるには若い世代が戦う方がいいしいいんじゃないかな」と思いますが、「大人がもっとしっかりするべきでは」という議論が増えていたと思います。
 是非はどうあれ、この「大人の都合で子どもを戦わせる」という行為を繰り返した先に現れたのが12話のCパートで人を叩き潰して笑顔のまま降りてきて血みどろの手を差し出すスレッタの姿だったのではないでしょうか。「神にも悪魔にもなれる」存在にのって戦い続けた若者たちのまさに「最悪の到達点」としてあのスレッタが現れたような恐怖にとんでもないショックを受けました。そしておそらくこれは実際の戦争における少年兵の問題にもひっかけられているのでしょう。

最後に:このあとどうなると思う?

 とはいえこのまま「子どもが戦うのはよくない」みたいな話にすることはいろいろな意味でありえないと思うので、おそらく「若者たちが自分たちや世界のために大人から独立して戦う」話になるのではないでしょうか。そのためにはスレッタの脱洗脳というより、ある種「産みなおし」ともいえるような儀式的展開があるのではないかと想像しています。その時にスレッタに寄り添うのがミオリネと誰になるのか(さすがにミオリネは最終的にはスレッタのそばに立つよね……?)なんて考えたりしています。個人的には最後に存在感を増したケナンジが関わってきそうかな…と考えています。魔女狩り部隊の隊長が魔女にとっての新たな父性となる、悪くないと思いませんか?
 あと、アーシアンはおそらく多くがスペーシアンより厳しい生育環境にありそうなので、ミオリネやグエルの親子の葛藤が「それでも親がいるだけましだろ?」的に笑い飛ばされるとかもありそうかな…。
 でも、きっと私の想像など軽々超えたすごい話になるでしょうしそうなってほしいものです。

おまけ

 最近見た素晴らしい作品として「すずめの戸締まり」について配信内で語った切り抜きを置いておくのでよければ!


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