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『デジモンセイバーズ』の世界線における強さのインフレが示した無印と「テイマーズ」の世界線のショボさ

先日感想・批評を書いた『デジモンセイバーズ』では「人間がデジモンをぶん殴ってデジソウルをチャージして進化させる」という方式を採用したことで、現代種デジモンの強さの基準が相当に上がってしまいました。
具体的には戦闘経験値を積んで十分な量のデジソウルさえ与えれば紋章やタグがなくても十分に進化でき、最終的にはロイヤルナイツやイグドラシルと対等に渡り合える強さを手にするというインフレが発生しています。
これにより「フロンティア」までのデジモンの世界線がデフレしてしまい、特に無印と「テイマーズ」のデジモン達の強さはカスみたいなショボいレベルのものであったということが白日の元に晒されたのです。
その代表が大兄貴の人外描写ですが、兄貴だけではなくパートナーのアグモンも無印の太一のそれより遥かに高いスペックと戦闘力を有しており、「クロスウォーズ」の共演回でも実際そんな感じの演出がなされていました。

中でも無印に関しては2020年にリメイク版のアドコロが出ていて、そのアドコロではいきなり最初からオメガモンを出すほどの強さのインフレが起きていますから、尚更その視点で無印を見直すと絵面も含めてゴミみたいに見えるでしょう。
しかし、これに関してはむしろ意図的にそうしている部分があって、無印が重きを置いているのは「戦闘力の強さ」ではなく「子供達の心の成長」ですし、戦闘経験値の少なさを紋章とタグでカバーしていますから弱くても仕方ありません。
それを踏まえた上で「セイバーズ」がどんな世界観だったかというと、「現代種デジモンが古代種デジモンに匹敵する強さを人口技術の発達により得た世界観」だったといえるのではないでしょうか。
実際に大兄貴のパートナーのアグモンは成長期の段階でも体格が物凄く大きく性格も好戦的で、成熟期のジオグレイモン・完全体のライズグレイモン・究極体のシャイングレイモンは戦闘用に特化した促成栽培の亜種です。

そのスペックは太一のアグモンを原種とするとその原種よりも強く、特にライズグレイモンのpixiv大百科の項目では以下のように書かれていました。

グレイモン(ジオグレイモンの原種)が機械化された完全体デジモンであるメタルグレイモンの銃火器バージョンといったところだが、かつては(初登場版)金属への拒絶反応で身体が青く変色しウィルス種と化すなど、不完全なサイボーグ技術的な要素も見られたメタルグレイモンと比べるとこちらは精錬されている。
特に生体部分とサイボーグ部分のバランスはメタルグレイモンよりも安定しており、羽も機械化されている(メタルグレイモンと本種を対比するとメガドラモンとギガドラモンの関係に似ているか)。
つまり、サイボーグ改造技術は高度な順に「ライズグレイモンを生み出した改造技術≧フォルダ大陸の改造技術(ワクチン種メタルグレイモンが誕生)>ファイル島の改造技術(ウィルス種メタルグレイモンが誕生)」の順と言える。

この解説になぞらえるとスペックとしてはライズグレイモン>メタルグレイモン(ワクチン)>メタルグレイモン(ウィルス)ということになり、実際にジオグレイモンで完全体を、ライズグレイモンで究極体を相手にできるスペックです。
これに近い関係性といえば「02」の大輔のブイモンと「Vテイマー01」のタイチのゼロマルの関係性に近く、おそらく戦闘力だけならばタイチのブイドラモン系列の方が大輔のエクスブイモンよりも上であるといえます。
エクスブイモンが走攻守に飛行能力も備わったバランス型ならばタイチのブイドラモンはスピードと飛行能力がない代わりにパワーと防御力が極めて高いという能力値の采配のようなものがなされているのではないでしょうか。
大兄貴が歴代最強候補の一角に上がりがちなのも単なる人外的な戦闘力だけではなく、そもそも「セイバーズ」自体がそれまでのデジモンシリーズが意識的に低めに設定していた強さのインフレを意図的に起こしている世界観だからです。

問題はなぜ「セイバーズ」がこんなインフレを起こしているのかという話ですが、1つは作り手が「少年漫画の王道熱血路線」という、それまでのシリーズが忌避してきた作風を志向したことで主人公達を圧倒的に強くしようという狙いでしょう。
そしてもう1つが私がこれまで多数書いてきたデジモン考察の中で1つの課題であった「古代種>(超えられない壁)>現代種」をクリアするべく現代種デジモンの強さの是正がなされたということが見て取れます。
特にその設定が色濃いのが「02」のブイモン関連と「Vテイマー01」のブイドラモンであり、実際に「パイルドラモンとディノビーモン」をテーマとして以下のようなことが考察されていました。

設定によると、ブイモンは古代種の生き残り、つまり古代種そのものです。
対して、ワームモンは古代種の末裔
ブイモンよりもワームモンの方が新しく若い種だと言えます。

私個人はブイモンとワームモンは共通の祖先から枝分かれした派生種ではなく、ブイモンからワームモンが派生したと考えています。
正確にはブイモンがスティングモンの原型種というべき成熟期に進化し、それが残したデジタマからワームモンが(幼年期を経て)誕生した、といった流れでしょうね。

そう、4人もいる02組(タケルとヒカリも合わせると6人)の中で大輔のブイモンだけが「デジタルワールドの創世記に繁栄した種族の生き残り=純正古代種」で、他のホークモン・アルマジモンらはあくまで「古代種の末裔」です。
そしてそれが最も見て取れるのが原作の20・21話の奇跡の輝き・マグナモンと4クール目終盤で出てきたインペリアルドラモンですが、02組の古代種デジモンの中で唯一究極体相当まで行けたのはブイモン系のみでした
その中でもワームモンはブイモンの戦闘種族としての遺伝子を濃く受け継いでいるためにジョグレス進化による相乗効果で最終的には伝説にして幻のインペリアルドラモン・パラディンモードへ行くことが可能であったといえます。
こう見ていくとなっちゃんのドラマCDで言われていた大輔とブイモンだけが「みんなでいるからひとりぼっち。ひとりでいるよりひとりぼっち」ということがご理解いただけるのではないでしょうか、大輔とブイモンの孤独さは歴代でも異質です。

その大輔とブイモンに匹敵する潜在能力の高さを持っているのが「Vテイマー」のタイチとゼロマルですが、こちらも亜種といえど設定的にゼロマル(ブイドラモン)は大輔のブイモンと同じく「純正古代種」として設定されています。
更にオリジナル設定として「オーバーライト」が取り入れられており、そもそも古代種は通常進化自体が現代種デジモンに比べるととてつもなく高いハードルであり、戦うたびに寿命を削ってしまうことになりかねないという諸刃の剣でした。
ただ、大輔とは違い「みんなでいるからひとりぼっち」ではない「ひとりでいるからひとりぼっち」なので大輔とブイモンほどに辛い孤独を抱えずに済んでいるというのが大きな違いであったのではないでしょうか。
同じ純正古代種だからこそ大輔とタイチがまるで運命のように「Vテイマー」で夢の共演を果たし、その遺伝子がまさかの「デコード」の四ノ宮リナにまで受け継がれていくなんてこの時は思いもしませんでしたが。

閑話休題。

実際アルフォースブイドラモンもインペリアルドラモンもマグナモンも単独でとんでもないチートデジモンであり最強候補の一角に上がりますが、「02」を無印の続編として描いたことの弊害が出ることになります。
古代種の圧倒的なスペックの前に現代種が逆立ちしたって敵わない」ということになると太一たちの立つ瀬がなくなってしまうことであり、それが最終的に「ディア逆」での無残なオメガモンのやられ描写に繋がりました。
これには当時から今まで賛否両論であり、「テイマーズ」では加藤樹莉以外のメンバーが最終的に究極進化を果たしていますが、やはり純正古代種やその末裔ではないために初期スペックも活躍も微妙です。
だからこそ「フロンティア」では全員をほぼ古代種にしたわけですが、終盤で出てくるスサノオモンまでを除いてとにかく拓也達の負けが多いために歴代最弱のレッテルを不名誉にも貼られることになりました。

「セイバーズ」ではそれらを受けて「ドラゴンボール」後期(人造人間編〜魔人ブウ編)や「Gガンダム」のような「科学技術の異常な発達により現代種デジモンの戦闘力が古代種並みに膨れ上がった世界」を作ったのです。
こうすることでそれまでの課題であった「古代種>(超えられない壁)>現代種」に関してはある程度解消することができ、ロイヤルナイツクラスとも対等に渡り合えるだけの戦闘力を主人公が単独で手にすることが可能になりました。
ただ、こんなことをしてしまった代償はとてつもなく大きいものであり、ウィルス種=闇=悪という価値観はなくなったものの無印以上に「話し合う」「相互理解」という選択肢が最初から存在しない「武力が全て」の世界になってしまったのです。
ここが「Vテイマー」「02」ら純正古代種のパートナーデジモン持ちが主人公の作品との大きな違いであり、タイチも大輔も「敵だった者を味方につける」ことをして最終的には単独では成し得なかった奇跡を起こしています。

一方で「セイバーズ」は「02」の20・21話でのマグナモン登場を除けば最初に究極体が現れたのが28話のシャイングレイモンという早さだったにも関わらず、タイチや大輔のような想定外の奇跡を起こすことはできていません
何より大兄貴自身が「男だったら言葉じゃなく拳で語れ!」を父親共々地で行くような主人公だったため「力こそパワー」みたいなことになってしまい、相互理解によって想定外の何かが生まれることがなくなってしまったのです。
現代種デジモンが古代種デジモンに匹敵する強さを人口的に作り上げたことでとんでもない強さを手にすることはできましたが、それとは引き換えに無印以上に「暴力が全て」という、どこぞの鬼滅キッズMが宣っていた「マッチョイズム」に傾倒してしまいました。
だから「セイバーズ」は「王道の皮を被った覇道」であり、「心の強さが力の強さを生む」のではなく「力が強いから主人公達は正しい」ということになってしまい、そうなると結局は予定調和以上のことは描けなくなってしまいます。

私が結局は根っこのところで「セイバーズ」の世界観や物語が刺さらなかったのも「覇道」でしかない、わかりやすくいえば「パワーバカの力自慢」で全てが解決してしまうような話ばかりで深みがないからなのです。
それと同時に無印や「テイマーズ」も根っこのところは「セイバーズ」と大差ないからこそ予定調和から逃れることはできなかったのではないかと思えてなりません。
インフレし過ぎも問題ですね。

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