『新テニスの王子様』世界大会編決勝トーナメントは旧作の全国大会編のリターンマッチか?
『新テニスの王子様』世界大会編もいよいよ大詰めのスペイン決勝戦を残すのみとなりましたが、ここまでの展開を振り返ると構成的に旧作の全国大会編のリターンマッチであることがわかります。
しかも巧妙な形で構成や対戦カードを隠して展開することによって前作にあった不満点を解消しつつ物語としてのボルテージを高める構成にすることで読者が悪酔いしない展開になっているのです。
もちろん私は旧作の全国大会編に関してはあの展開に試合内容・結末で納得はしているのですが、それでも百点満点の完成度だったかといえば首を傾げるところはありました。
よく言われるように、旧作のピークは関東大会決勝の立海戦であり、物語としても演出面としても試合内容としてもあれ以上の盛り上がりを生み出すことはできなかったのです。
全国大会編以降は異能力バトルに舵を切って幅を広げたため、それはそれで楽しかったのですがそれでもやはり関東大会のボルテージを超えられなかったのは青学が最初から最強モードだったことにあります。
青学が全国大会で唯一積み残した課題は「幸村が加わった完全な立海と戦って勝つこと」であり、ぶっちゃけ比嘉中も氷帝再戦も四天宝寺戦も所詮青学のかませ犬という感じは否めませんでした。
許斐先生曰く、当初は立海すら名古屋星徳に負けさせるつもりだったとのことで、正直越前VS幸村以外に目新しいというか「全国って凄い」と思わせる展開はなかったのです。
比嘉中は全部パワーアップした青学のストレート勝ちでしたし、氷帝再戦なんてはっきり言って読者人気が高かったから特別枠で復活させたようなもので、新鮮味に欠けますし今更青学が負ける要素がありません。
それに、最初の比嘉中はまだしも氷帝戦と立海戦がシリアスで本格的に盛り上がったのに対して、狭間の四天宝寺戦がほぼギャグという作風の突飛な変化も締まりがありません。
氷帝と四天宝寺は同格ですから青学が次に戦う相手としてはナンボ楽しかろうがダレが発生してしまいますし、そういう不満の声も少なからずありました。
もちろんそれも許斐先生らしい自由闊達な感じで嫌いではないのですが、では四天宝寺→氷帝→立海で描いて盛り上がったかというとそれも微妙なのです。
そう、旧作の全国大会編はそもそも対戦カードとして盛り上げようがなく説得力に欠けていたというのが俯瞰してみた時の全国大会の反省点だったのではないでしょうか。
許斐先生は普段とても穏やかでファンサービスも旺盛な人ですが、一方で「煮詰まるな。煮詰まるようではプロ失格、その時は漫画家辞めます」というほどとても高いプライドを持っています、それこそ跡部様のように。
それを踏まえて本作の世界大会編の決勝トーナメントは対戦カードも戦う順番も上手く工夫されており、最後まで誰がどう戦い勝敗がどうなるかを工夫して見事に旧作の反省を生かしていました。
では試合内容や結果を元にフランス戦とドイツ戦の展開を振り返ってみましょう。
日本VSフランスの構成分析
旧作の四天宝寺戦のリメイクですが、まず本戦前に越前とプランスが馬上テニスを見せることによって読者に「これははっちゃけた能力バトルです」というのを前面に打ち出しています。
その上でアメリカで敵となったはずの越前が戻ってきて参戦という異例の展開や白石の進化、見せ場が少なかった柳の活躍、リョーマとプランスの同格エース対決と見どころ満載。
そして最後は風林火山を嵐森炎峰へ進化させた真田が美味しいところを見せて3勝1敗にすることで四天宝寺戦の流れを汲みつつ、ギリギリのところでギャグにしない配慮もしています。
D2・君島&白石VSトリスタン&ティモテ
最初のD2で白石が星の聖書を覚醒させるも負けてしまう展開は不二VS白石で不二が自分のカウンターを進化させるも負けてしまう展開と重なっています。
ダブルスという名前はついていますが、実質は白石の覚醒&成長が見所であり、白石の「基本に忠実であるが故の完璧なテニス」をどう進化させるかという課題がありました。
それをステータスを1球ごとに一箇所に全振りして歪な五角形のステータスを作ることによって上手いこと白石独自の進化を描いています。
結果的に負けはしたものの、白石が自分の殻を破って進化したことによって決して後味の悪くない爽やかな構成に仕立てているのです。
D1・毛利&柳VSエドガー&ジョナタン
こちらはいわゆる四天宝寺戦の桃城・海堂VS金色・一氏のお笑いダブルスのリベンジですが、あちらと違ってイロモノ要素が多いながらも全体の流れはシリアスになっています。
理由としてはやはり柳蓮二という冷静沈着な最強のデータマンがいることが挙げられ、これが乾だったら完全にギャグになってしまうのをギリギリ防いでいるのです。
芸術・マリオネットなど様々な奇策を弄するもそれを柳が理性で的確に看破し、毛利が突破口を切り開いて勝利するという見応えのある展開になっています。
しっかりメリハリがついているため、ギャグになりっぱなしで締まりがないということがありません。
S3・越前VSプランス
一番の見所はここであり、竜崎桜乃争奪戦といった甘酸っぱい青春要素も入れながら「武士道VS騎士道」というキャラの格や対比も見事です。
最初が馬上テニスだったのでギャグっぽく見えますがプランスの身体能力が高くすべてエースを取れる強さにすることで緊張感を持たせています。
そして光る打球でガットが何回も破れたり、逆に越前がそのリターンを食らって一度倒れてしまうところはタカさんVS銀の波動球対決の反省点が活かされているでしょう。
一方的な展開でストレス続きだった旧作に比べてこちらは駆け引きが最後までしっかりあり、最後は越前がスーパースイートスポットのさらに先を行くことで見応えのある名勝負となりました。
S2・真田VSオジュワール(忍者もどき)
これに関してはニンジャもどきのオジュワールがギャグ要素かなり強めなので風林火山を嵐森炎峰に進化させた真田が終始圧倒してあっという間に終わります。
能力を発動しようとしたフランスニンジャが止められたので真田の勝ちとなりましたが、単純にこれは越前VSプランス以上の盛り上がりを生み出せなかったからでしょう。
ちなみに真田の技の進化はもちろん不二がトリプルカウンターをそれぞれ進化させた時のセルフオマージュであり、S3で不二がやったことを白石と真田にそれぞれ分散した形です。
ずっと黒龍二重の斬で勝ってきた真田が元々の技を進化させることによって一回り進化したことを見せる展開となっています。
日本VSドイツの構成分析
フランス戦とは対照的にこの対決はシリアス路線を徹底しており、原作の氷帝再戦のリメイクをしつつ「天衣無縫の極み」に纏わるドラマの集大成となっています。
ドイツ戦は一度エキシビションマッチで日本を敗北させることでドイツの格を立てつつ、そこに再戦で雪辱する展開にしたことで全国氷帝戦の焼き直し感を解消することに成功。
鬼VSQP、手塚VS幸村、平等院VSボルクとシングルスがいずれも押しも押されもせぬ名勝負になっていて、それだけでも見所が満載なのにダブルスもまた面白い。
D2では仁王、そしてD1では赤也の見せ場もありこの試合は実質的に真田と柳以外の立海メンバーの成長と集大成となっているのではないでしょうか。
S3・鬼VSQP
桃城VS忍足を下敷きに最初からクライマックスとして天衣無縫同士の能力バトルにし、「矜持の光」と「3種の精神派生」によって天衣無縫を再定義し物語の中に収めてることに成功。
更に鬼が見せた「心強さの輝き」をQPが吸収することによって神として覚醒することで、天衣無縫の極みVS天衣無縫の極み3のレベル差によって鬼がかませ犬になるという展開に。
この辺りは桃城VS忍足が何故だかよく分からないうちに忍足が桃城に勝ってしまった反省からか、QPが圧倒的な力の差を鬼に見せつける形で鬼の敗因を明確に作っています。
同時に鬼が桃城と遠山をかませ犬扱いしてしまった因果応報をここで受ける形にすることで鬼無双をここで終了させるという意味でも納得のいく落とし所になりました。
D2・デューク&仁王VSダンクマール&ベルティ
これはエキシビジョンの時と同じパワータイプ&テクニカルペア対決ですが、ドイツ側に進撃の巨人レベルの敵や衛星による解析といった展開を挟むことで一工夫しています。
また、仁王の詐欺能力とデュークホームランの組み合わせやまさかの敵同士の能力共鳴、更に旧作にあった仁王のメテオドライブの伏線回収まで全てを行うという神業まで披露しました。
許斐先生の意図としてはデュークと仁王の物語をここで完結させると共に、ずっとご都合主義みたいに使われていた仁王のイリュージョンを全て出し尽くさせ、最後は仁王雅治自身に回帰するという展開に。
乾&海堂VS向日&日吉をモデルに据えながらもあちらと違ってオチが最後まで読めない展開にすることでうまいこと盛り上がりを生み出しています。
S2・幸村VS手塚
旧作ではやり切れなかった青学のトップ・手塚VS立海のトップ・幸村という王道対決をここで満を持して持ってくるという、越前VS幸村とは別の意味での頂上対決を実現しました。
手塚VS樺地をモデルに再構成されていますが、手塚の相手としては完全に役者不足だった樺地とは違い手塚と同格の幸村をぶつけ、しかも「天衣無縫VSアンチ天衣無縫」も行っています。
また、手塚が至高のゾーンを生み出したように幸村も蜃気楼や未来剥奪・零感のテニスで対抗する形でお互いの能力を帳消しにする形で互角の戦いとして盛り上げました。
接戦の末に手塚が勝ちを治めたものの、幸村も自分のテニスをここで完成させることで2人の物語が完結を迎え、新テニ史上屈指の名勝負となったのです。
D1・種子島&赤也VSジーク&ビスマルク
ここは宍戸&鳳VS大石&菊丸の図式を逆にして用いつつ、能力も同調も天衣無縫の極みも全てを自在に使いこなせるジーク&ビスマルクに立海の先輩後輩コンビがもがきながらも詰めていく展開がお見事。
宍戸&鳳が同調を出されて敗北しかけるも運で勝ったのとは違って、こちらは赤也が集中爆発からの天使&悪魔を従わせる青目モードを開眼することでアンチ天衣無縫に目覚めて対応しました。
そして種子島先輩もまた更後無を使うことによって上手く赤也をサポートしつつ成長させ、天衣無縫の極みを赤也が乗り越えて打ち勝つことで幸村が超えた壁の更に先を行ったのです。
赤也のドラマの集大成であると同時に立海メンバーの雪辱戦と再起をかけたドラマがここで結実したので、前作から引っ張ってきた立海のドラマはここで終焉となります。
S1・平等院VSボルク
ここは原作の手塚VS跡部戦と越前VS跡部戦をハイブリッドした展開で、ドイツ現役最強プロのボルクを日本最強高校生のお頭がどう立ち向かうかという高校生同士の頂上対決。
「義では世界は獲れんのだ」と言っていた平等院が最後は仲間たちの応援を背にし、ボルクもボルクで手塚やQPらの能力を1人共鳴する形で極限までパワーアップしていきます。
天衣無縫バトルの更に先を行く圧倒的強者の対決は正に命懸けのスーパーバトルであり、チームのための自己犠牲が極まる平等院と自分のための自己犠牲が極まるボルクという形です。
ボルクが平等院を認める下りはそのまま跡部様が手塚を認める下りのオマージュと思われ、物語としてのボルテージもかつてないほどに高まりました。
新焼肉の王子様を挟んで決勝へ
そして新焼肉の王子様を挟み、立海VS名古屋星徳のオマージュと思われるスペインVSアメリカ、また決勝前のメンバー決定戦を挟むことで入念に準備を進めています。
こうして見ていくと、世界大会編はうまいこと旧作の全国大会決勝戦を洗練された形に再構成しつつ、物語のテンションやボルテージを落とさないようにして盛り上げているのです。
特にフランス戦を見せてからドイツ戦に持っていくことでシリアスな氷帝戦からギャグベースだった四天宝寺で物語のテンションが落ちてしまう、といったダレがないように工夫しています。
また、そのフランス戦もギャグっぽい要素は挟みつつもギリギリのところでシリアスにしているため四天宝寺と違って緩みっぱなしということがありません。
ドイツ戦はエキシビションを必要以上に見せずに日本チームの負けにしたことで、上手くドイツの強さの格を立てながらも全貌を露わにしないように見せていました。
ここが氷帝戦との大きな違いとなっていて、何度も書いていますが旧作の全国氷帝戦は焼き直し感があって正直関東大会初戦ほどの新鮮味や盛り上がりがなかったのです。
それに立海もそうですが、一度戦った相手とまた戦って勝つのはやはり退屈で刺激に欠ける展開となってしまうので、新テニではそういうマンネリ防止を徹底しています。
こうしてみると、決勝の日本VSスペインが旧作の青学VS立海を下敷きにしており、メンバー構成もそれ相応になっていることに気づくのではないでしょうか。
D2・遠山&大曲→海堂&乾
D1・毛利&越智→黄金ペア
S3・跡部→手塚
S2・越前→不二
S1・徳川→越前
このような構成にしつつ、今の所わかっている因縁としては越前兄弟(リョーマVSリョーガ)、跡部様VSロミオ辺りで、後はどんなオーダーになるのかわかりません。
スペイン側も現在能力やキャラがある程度描かれているのはリョーガだけなので、どのような展開になるのか、本当に日本が勝てるのかどうかまでは見えないです。
ただ、これは私の予想ですが、まず間違いなく越前兄弟のドラマはしっかり描かれること、そして跡部様はロミオに負けてしまうのではないかというのは予想できます。
越前兄弟の場合は生き別れになったことや「テニスを失う」「あんたを倒す」「リョーマが一端のテニス選手になるまで真剣勝負はするな」等々伏線は用意周到に貼ってありました。
だからS2は旧作の越前VS幸村と意図的な重ねになっていて、能力剥奪でテニスを楽しめないリョーガをリョーマが能力を失いつつ新しい力に目覚めて救済という形になるのかなと。
不二との再戦で越前は光る打球も含めて全てのショットを破られており、大体こういう時は越前に何かしら大きな覚醒が来るための布石だと思うので、楽しみにしています。
万が一リョーマが負ける可能性も無きにしも非ずですが、リョーマは挫折から這い上がるのが一番似合わない主人公なのでどうせ勝つでしょうし、負けたとしても納得いく理由はあるでしょう。
そして跡部様ですが、残念ながら私はロミオに負けてしまうのではないかと思います、だって「クニミツを倒した男」なんてそんな過去の栄光に縋ってどうするんですか?
跡部様が倒した時の手塚は本来の百錬自得を取り戻していない時の不完全な手塚国光ですし、しかも跡部様はドイツのエキシビションで天衣無縫に目覚めた手塚にぼろ負けしています。
それに入江様にもぼろ負けしかけていたわけで、これでロミオ戦で進化して勝ちますという展開になってもイマイチ説得力なくないですか?
跡部様はぶっちゃけ赤也と同じで相手に勝ってスカッとするよりも負けて挫折を味わってから立ち上がる方が絵になる人ですし、そろそろ手塚へのクソデカ感情に整理はつけて欲しいので。
徳川さんは順当に勝つでしょう、「義で世界を獲る」ことを証明して欲しいですし、ここで負けたら彼の努力と苦労が報われなさすぎますから。
その点勝敗が読めないのがダブルスですが、個人的にここは全国立海と逆の構成でD2が勝ってD1が負ける構成になるかもしれないと考えています。
天衣無縫を使いながらも経験値を積んでテクニカルなテニスを覚え始めている金太郎に是非勝利の快感を味わって自己肯定感を高めて欲しいですし、大曲先輩にも白星は欲しい。
逆に毛利と越智はこれ以上進化の余地が見えないしドラマ的にも見せ場を作れそうにないので負けそうな予感がしています、何か劇的なものを用意していれば違うかもしれませんが。
そしてもう1つ気になるのは越前に負けた不二……個人的にこのまま何もなく終わるとは思えないので、不二先輩にも何かしらの見せ場はある気がします。
とまあこんな感じで、これまでの流れを振り返ってみましたが、旧作の全国大会編を下敷きにして上手いこと本作ならではの盛り上がりを作っているのではないでしょうか。
そして最後はやはり越前VS手塚で締めというのが新テニの最終回としては美しい構成ではないかと思います。
まあ読者の予想遥か斜め上を常に行かれる許斐先生のことですから色々裏切りはありそうで、油断はできませんけどね。
私程度が考えることなんて先生はお見通しでしょうから、変な期待も予測もせずに本誌の成り行きを見ていきますか。