帝王・牧伸一を中心とした神奈川の王者・海南大附属のチームとしての強みと弱み
「SLAM DUNK」という作品において「全国区の強豪校」として大々的に登場したのが神奈川の王者・海南大附属高校である。
少なくとも全国大会でその上位互換である秋田の山王工業が出てくるまではチームとしての総合力で海南大附属以上のバスケットチームはないのではないかと思われていた。
「常勝」という大きなフレーズを掲げ、帝王・牧伸一を中心にオフェンスもディフェンスも一切の隙がない本物のチームであり、決勝リーグでは湘北と陵南が共に敗北を喫している。
何せかの名将・安西先生をして「今後の君たちのバスケ人生を左右するほどのダメージを負いかねない」とまで言わしめる程であったし、実際噂に違わぬ実力の持ち主であった。
海南大附属というチームを見たときに目が行くのは帝王・牧だが、それだけではなく高藤監督に3ポイントシューターの神と宮益、さらにはスーパールーキー清田信長もまたいる。
決して湘北や陵南に負けず劣らずの個性豊かなチームであるが、果たして彼らが神奈川No.1の王者として君臨し続けることができているのは何故なのであろうか?
そこで今回は前回の藤真と翔陽とは対照的に、「王者は何故に王者なのか?」「王者たる条件は何なのか?」ということを湘北戦・陵南戦の分析を元に比較してみたい。
逆にいえば、海南大附属の良いところを吸収し実行し続けることによって、いつか君も王者になれるかもしれない。
帝王・牧を中心とした中央集権型のオフェンス・ディフェンス
王者海南の強さの秘訣は帝王・牧伸一の圧倒的な強さを中心にしたオフェンス・ディフェンスであり、湘北戦も陵南戦も共に牧が中心となって戦っていた。
ポイントガードの宮城も仙道も言っていたように海南の攻撃は全て牧を起点として始まる訳であり、チーム全員が牧の圧倒的な強さを信頼している。
帝王・牧がどういう人物かは宮城のコラムでも少し触れたが、バスケットマンとしての総合力で彼を上回る相手は、少なくとも神奈川にはいないであろう程に凄まじい実力を持った絶対的エースだ。
牧や魚住とやっても当たり負けしないフィジカル、湘北一のスピードを誇る宮城を上回るスピード、更には流川や仙道にも決して負けていない得点力。
しかもそれだけではなく相手をよく見る観察眼や知性も持ち合わせており、例えば湘北戦の前半10分ではリバウンド王としての実力を発揮する桜木に「10番、俺がマークしてやる!」とディフェンスに自らついた。
その桜木がフリースローが苦手であることを見抜いてわざとテクニカルファウルを取ったり、陵南戦ではまず魚住を追い出すため高砂にわざと突っかけてファウルをもらうように指示を飛ばす。
また、陵南戦のラストでは仙道がワザと牧に追いつかせて牧にファウルを取らせてバスケットカウントワンスローにより逆転というシナリオを一瞬で思い描いていたことすらも鋭く見抜いていた。
このように、牧はアウトサイドの3ポイントができないこと以外では弱点と呼べるものがないために一切の隙がなく、しかし藤真のように決して相手を見下した言動や行動を取らない。
そして何と言っても牧自身が湘北の流川や山王の沢北と同じように勝ちに対するハングリー精神を持ち合わせており、王者という地位に胡坐をかくことなく自己鍛錬を決して怠ることがないのだ。
湘北戦の後半で3点プレーをものにしたとき、花形は牧と藤真の違いを「3点プレーをものにするパワーの有無」と分析していたが、牧と藤真の違いはそれ以前にまずその精神性・人間性にある。
藤真は実力こそ一級品だったが湘北を「ベスト4にはまだ早い」として見下し、また桜木がダンクに行く場面でも「フリースローならそいつは入らない」と桜木をどこかバカにしていた。
しかし牧は相手の弱点・欠点を冷静に分析してそこを容赦なく突いて勝つことはしても、決して相手を下に見ていなかったし高砂にも桜木の恐ろしさに注意するよう喚起を促している。
赤木のことも高く評価して実際に対戦した時に「敵のプレーヤーを尊敬するのは初めて」と言っていたし、流川のことも「流川は本物だ」と清田にずっとついて回る問題を湘北VS陵南の時に指摘していた。
そんな牧が中心となってオフェンス・ディフェンスを展開しているからこそ他のメンバーたちも決して対戦校を侮ることをせず、基礎基本を大事にした中央集権のプレースタイルができているのだ。
赤木の武士のようなカリスマ性や藤真のマキャベリズムとは違った、虎視眈々と相手を睨み据えながら常に勝つために最適な判断や選択ができ、ここぞというところで間違いなく結果を残してくれる。
だからこそ神奈川No.1の称号をほしいままにしているわけだし、かの名将・安西先生をして「4人がかりで止めるほどの価値がある」とまで評されたわけだ。
決して牧だけに依存しないオフェンス・ディフェンスの在り方
海南の本領は帝王・牧を起点に始まるのだが、メンバーたちは決して牧に依存している訳ではなく、それぞれが単独で牧に引けを取らない個性を発揮している。
ここもまた藤真一強で残り4人がその配下だった翔陽との違いとなっており、牧がいないからといって他のメンバーたちがそれに動揺することは決していない。
例えば陵南戦の前半は仙道のポイントガードとして実力が圧倒的に高いために牧の攻撃が中々出したくても出せてもらえずに苦戦するということが続いていた。
だが、それで牧に全員が依存しているかというとそうでもなく、ここぞという時に突破口を切り開いたのは1年の清田であり、清田のダンクで流れが変わる。
湘北戦を経験して流川と桜木というルーキーコンビの活躍を見たことで触発されたのもあるが、清田もここぞという所で王者・海南の一員であるという意地を見せた。
そんな清田のブレイクスルーを他のメンバーたちもものにして、どんどん本来の実力を発揮してあっという間に開いた点差を縮めることに成功する。
そして牧もまたチームメイトの活躍に触発されて本来の持ち味を出して魚住相手でも点数を取り、更には上記したように魚住をコートから追い出してみせた。
もっとも、そこからは天才・仙道と帝王・牧の一騎討ちとなった訳だが、それでも海南は牧がいないからといって他のメンバーたちが動揺することはないのだ。
確かに海南の攻撃は牧が中心であり、牧が本領を発揮しないと100%のフルパワーを発揮できないが、牧だって常にベストコンディションでプレーできる訳ではない。
バスケットに限らないがスポーツは常に怪我がつきものだし、実際湘北は試合中に赤木や桜木が怪我を負った状態でプレーをすることもしょっちゅうだった。
そしてて湘北のような選手層が薄く才能や個性が突出したメンバーたちのうち誰か1人でも欠いてしまった場合、いつも通りのプレーができなくなってしまう。
田岡監督もそこを湘北バスケ部の不安要素として分析し、その弱点を容赦なく突いて追い詰めるということをしていたが、海南相手にはそれが通用しない。
そう、牧を押さえ込めば勝てると思われがちだが、牧を押さえ込んだ所でそう簡単に勝てるようにはできていないのが海南の恐ろしい所である。
牧以外の選手もそれを自覚して動いているから、牧に絶対の信頼を置いていたとしても、いざとなれば自分たちが動くという自主性の高さも持ち合わせていた。
それ故にこそチームとしての総合力がとても高く、長年山王相手に後塵を拝する形ではありながらも決して負けない、正に「常勝」という言葉が似合うチームなのだ。
どんな相手だったとしても決して本質を見失うことなくコンスタントに安定して自分たちのプレーを発揮できる安定感こそが海南大附属最大の強みであろう。
「天才はいないが最強」の裏に垣間見る総合力の高さ
面白いのは海南大附属というチームは神奈川No.1の王者でありながら、メンバーたちが決して突出した才能を持っているわけではないということだ。
これは湘北戦と陵南戦の双方に共通している海南の海南たる所以であり、高藤監督は「海南に天才はいない。だが海南が最強だ」と断言している。
その中でも注目すべきは3Pシューターの神と宮益であり、牧や高砂とは対照的に細身で特別に才能やセンスに恵まれた訳ではないという感じの選手だった。
ここで改めて海南と湘北の違いにもなっているのだが、同じ3Pシューターでも努力の神とセンスの三井、そして同じチビでも努力の宮益とセンスの宮城として描かれていた。
清田はその点桜木に引けを取らない身体能力とディフェンスといった天性の才能は見られるが、かといって桜木や流川ほど頭抜けて凄いという訳でもない。
実際清田は桜木にフェイクで出し抜かれたことがあるしブロックもされており、またオフェンス面でのセンスも超一流の流川とは大きな差がある。
また高砂にしても確かにパワーと身体能力には優れているものの、桜木や赤木・魚住ほどに突出したディフェンス力があるかというとそうでもない。
牧もまた身体能力・パワー・スピードの総合力で優れてはいるが、ゲームメイクのセンスでいえば宮城や仙道ほどに高いという印象はないのだ。
そう、海南大附属は個々のメンバーが強いながらも、決して突出した才能やセンスの持ち主で構成されているわけではない点が逆に異色である。
だがそれでも湘北や陵南に負けない確かな実力を持っているのはひとえに努力の仕方が他のチームよりも優れているからではないだろうか。
特に優れているのはスタミナと走り込みであり、後半に入ってもスタミナが切れずスピード合戦でも衰えないところにそれが伺える。
また、どんな場面であろうと確実にシュートを決めに行けるところは全国を知る者としての経験値に裏打ちされているのもあって海南の強みだ。
そして何より海南の強みは前半戦よりも後半戦で尻上がりに本領を発揮する所であり、湘北も陵南も海南のスロースターターなところを脅威に感じていた。
だから前半戦でどれだけ海南がピンチに陥ったとしても集中力が切れがちな後半でしっかり盛り返して勝てるようにできているのである。
これはバスケットに限らないが、どんなスポーツでも大事なのは前半よりもむしろ後半であり、特にラスト5分の極限の状況でいつものプレーができるかどうかが大事だ。
海南はその土壇場において安定した実力を変わらず発揮できるチームであり、それが決してセンスや才能ではなく努力で培われているところにこそ王者たる所以があるのだろう。
海南大附属と山王工業の決定的な差は「才能とセンス」
そんな神奈川の王者・海南大附属だが、それでも全国大会まで進出していくと山王相手にはチームとしての弱点・欠点が浮き彫りになってしまう。
昨年の山王VS海南のビデオを分析した時にあの帝王・牧が河田・深津・沢北の三強に押さえ込まれてどんどん点差が開いて負けるところが描かれていた。
そう、神奈川No.1で「常勝」を掲げている海南ですら山王を前にすると「井の中の蛙大海を知らず」というレベルになってしまうのである。
つまり、海南の「常勝」「王者」という言葉が所詮は「地元じゃ負け知らず」のレベルだと読者に知らしめたのが真の全国No.1の王者・山王工業であった。
海南大附属と山王工業の決定的な差は何だったのかといえば、それこそが正に「才能とセンス」であり、海南が山王に負け続けた要因はそれである。
確かに「天才はいないが最強」という安定感や総合力の高さは海南大附属最強の強みであるが、一方で「いざという時の爆発力に欠ける」のが弱みだとも露呈してしまった。
海南大附属はオフェンス・ディフェンス・スタミナ・フィジカル等々いずれをとっても申し分なく平均80〜90点を維持しているチームだが、個々のメンバーは突出した才能やセンスがない。
それに対して山王工業はそれぞれがオフェンス・ディフェンス・スタミナ・フィジカルなどの総合力で平均80〜90点を維持しつつ、その上で突出した才能やセンスも持ち合わせている。
特にスモールフォワードからセンターまでそつなくこなせる器用な全国No.1のセンター河田にゲームメイクのセンスと最強の胆力を持ち合わせる司令塔の深津、そして流川以上のセンスと実力を持つ沢北。
この3人はいわゆる湘北の赤木・桜木・流川、そして陵南の魚住・仙道・福田の三強の完全な上位互換として描かれており、その上で松本・野辺・一ノ倉といった脇のメンバーもまた強い。
つまり海南の総合力の高さに加えて湘北と陵南のような突出したスター性や才能あるメンバーが中心にいるのが山王工業の真の王者たる所以である。
そして何よりも全国大会を最後まで勝ち抜いているという圧倒的な経験値の差があるわけだが、海南大附属というチームは日本スポーツの強みと弱みの象徴であるといえるかもしれない。
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