「楽しく」とは決して「安易な姿勢で」という意味ではない〜我が家の崩壊が示している「チーム」「グループ」の難しさ〜
懐かしいなあ、確か爆笑オンエアバトル・エンタの神様にもそれなりに出ていて一時期は「言わせねえよ!」のネタで大ブームを巻き起こした我が家が今ではすっかり見る影も無い。
どうだろう?同期の千鳥・ロバート・ドランクドラゴンなどがそれぞれの芸風を確立させていく中で、40代後半に差し掛かったのに何の色気も塩っ気も中身もないこの体たらくぶりは?
同じ3人組ならまだ人力舎の東京03の方がよほど個性的で面白かった記憶があるのだが、それを差し引いてですらこの3人から滲み出る波動の低さは救いようがない。
まあそもそも、今回の事件に至る4年ほど前に、我が家は先輩後輩を問わず様々な芸人から恨みを買ったツケを7時間にも及ぶ「反省会」で洗いざらい過去の所業を暴露されている。
中でも杉山に関してはもう微塵も同情の余地がない程に先輩後輩から過去の所業を暴かれて懺悔すべき筈なのだが、全くと言っていいほど反省の色が伺えずヘラヘラしているのだ。
これはもう芸人以前の人間性の問題であり、本当に世の中には掛け値なしの「クズ」と呼ぶべき人が居るらしいが、杉山もそんな芸人の一人であるらしい。
しかもここに出ている芸人たちだけではなく、かの宮迫博之をはじめとする大御所相手にも粗相を働きかけた挙句に福岡に左遷させられてもなお結果を残せていないという。
それでいて信用・信頼を回復できるように改心してバイトなり何なり始めているのかと思えばそうでもなく、暇さえあればパチンコに行って目先の快楽のみを貪っているらしい。
まあパチンコに関しては別に個人の趣味だから文句をつけるつもりはさらさら無いが、問題は仕事に対する意欲・取り組みの部分であり、ここのモチベーションが3人で全く違うとのことだ。
それが結局は各自の月収の差になって現れているらしく、現在では俳優活動を主に頑張っている坪倉が100万、そして杉山と谷田部が2万らしく、98万もの開きとはとんでも無いらしい。
まるで人造人間編〜魔人ブウ編におけるサイヤ人(悟空・ベジータ・悟飯)と強さのインフレに置いていかれた地球人(クリリン・ヤムチャ・天津飯)のレベル差を見ているようだ。
こうまで格差が開いてしまっているともはやレベル差があり過ぎると思ったのだが、3人は果たしてどういう意識で仕事に取り組んでいるのかがこのように示されていた。
この中で一番プロとしての意識が高いのはいうまでもなく坪倉なのだが、個人的に一番引っかかったのは谷田部の「3人で楽しく」という言葉遣いである。
昨今よくこの言葉が間違った意味・ニュアンスで使われることが多いのだが、ここ数年で何故か「楽しく」とか「好きを仕事に」とかいう言葉がやらない人間の言い訳として使われているのでは無いか?
まあ何故ここ最近になって特に「楽しむ」「楽しく」という言葉が多用されるようになったかというと、単なる地の時代の抑圧に対する反動だけではないだろう。
実際にジャンプ漫画でも例えば『テニスの王子様』の天衣無縫の極みのように「本気で楽しめる奴こそが最強」というのを既存のスポーツ漫画に対する回答として打ち出した。
また、近年では特にYouTuberやTik TokerのようなSNSでの発信を中心としたインフルエンサーを見て、「私もできるかも」とその表面上のイメージだけを見て憧れを持つ人も多いのだろう。
憧れを持つこと自体は別に悪いことではない、問題はその現実の厳しさを知った上でなお心の底から「やりたい」と本気で志せるかどうかにあるわけだが、そんな当たり前のことすら2人は気づかないらしい。
谷田部に関しては本当に「何をそんなムキになってるんだよ?賞レースなんかどうだっていいからとにかくうちらが楽しければそれでいいんだよ」という小学生レベルの言い訳だ。
曲がりなりにも20年以上その道のプロとして生きている者がそんなことでいいのかと思ったわけだが、同時にそんな意識だから300万から2万に下がってしまったのである。
逆に言えば、そんなバラバラな状態で解散にならないことが不思議でしょうがないわけだが、逆にいえば40代でさえこんな意識なのだから、これより下の売れてない芸人たちはもっと酷いのだろうと思った。
まあそもそも谷田部に関しては意識以外にも才能だの見た目だの人間性だの、いろんな物を総合的に込み込みでお笑い芸人に向いてないと思ったのだが、まあそういうことなのであろうなと。
何故このように勘違いしてしまうのかというと、それこそ先人が言った名言が誤用されてしまっているからである、いうまでもなく孔子先生の論語だ。
この言葉がどうにも努力しない怠け者の言い分を正当化するために用いられている節があるのだが、ここでいう「楽しむ」とは決して「安易な姿勢で楽をすること」と同義ではない。
「楽しむ」ことはあくまでも「才能がある」こと、そしてその才能を磨き上げる「努力をする」ことがあり、それが前提条件にあった上で最終的に「楽しむこと」が出てくる。
「好きこそ物の上手なれ」と言い換えてもいいが、これだって決してただ「好き」であればいいわけではなく、それをどうすれば仕事にできているかを真剣に向き合うことが大事だ。
そしてほとんどの人は成功する前段階で「ここまででいいや」と見切りをつけて諦めてしまう、あるいは自分よりも遥か上の者を見上げて「俺には無理だ」と思ってしまう。
我が家に関しては詳しい経緯を全て知っているわけじゃないためなんともいえないが、どうにもネットで調べられる範囲だけを見ても最初に変に売れてしまったのが良くなかったのだろう。
普通は10年ないし20年近くの時間をかけて着実に積み上げていきながら実力と共に人気や成功を手にしていくものなのだろうが、我が家は不幸にもそれを若くして手にしてしまった。
つまり、ただでさえ人間性に問題がある我が家の、特に「悪い部分しかないジャイアン」の杉山と「そもそもやる気がないちゃらんぽらん」の谷田部は「なーんだ、芸人の世界なんてちょろいじゃん」と思っても仕方がない。
実際、芸能界の恐ろしい所として、大して実力も知名度もない未熟なスターの卵が時の運と事務所のゴリ押しなどによって実力も伴わないうちからスターダムに上げられ祭り上げられ実力以上の成功を手にしてしまう事例はある。
しかし、そういう人たちは大抵「若さ故の一過性の人気」であることに気付かない人が大半だから、今ある知名度・人気が永久に続いていくものだという勘違いをしてしまい、その人気が終息した瞬間に見向きもされなくなるのだ。
ここが恐ろしい所で、デビューして最初の2年間の間に個人の努力で仕事を取ってこれるかどうかが芸能界の厳しい所であり、そこで運のない者・実力のない者・研鑽を怠った者はどんどん淘汰されていって本物だけが残る。
我が家は正にその「努力を怠ったが故に驕って淘汰されていった者たち」であり、坪倉はそんなやる気がない上に人間関係その他で問題を起こしている2人をよく見捨てずにいるものだと思う、私だったらとっくに見切りをつけるだろう。
しかも杉山も谷田部も自身がどれだけクズかということを散々認識しているはずなのに、一切の反省を見せないのが末恐ろしくなるわけだが、逆にいえばこういう反面教師にこそ学ぶものはたくさんある。
1つは上で書いた「楽しむ」ことを「怠ける」と同義という解釈違いを起こしたことだが、もう1つは「チーム」「グループ」として見た場合のモチベーションやビジョンの問題だ。
我が家は典型的なまでに人一倍やる気が有り余っている坪倉と全くやる気がない残りの2人に分かれているわけだが、見事なまでに「三人寄っても下種は下種」を体現しているだろう。
よく「三人寄れば文殊の知恵」という諺があるが、これは才能もやる気も個性も何もかもが有能でレベルの高い3人が組むからこそ1つのチームとして成立するわけである。
しかし、我が家のようにたとえ一人だけがやる気があった所で、他のメンバーがその気にならなかったら結局のところチーム全体としては破綻してしまう。
逆にいえば「ダメなチームは何が原因で崩壊してしまうのか?」を体現しているのが我が家なのであり、フィクションはともかく現実の「チーム」「グループ」とはそれだけ大変なのである。
結局のところ、本当の意味で完璧なチーム、理想のグループというイデアはあくまでもスーパー戦隊シリーズのようなフィクションにおけるチームヒーローとしてしか存在しないということだろう。
もう坪倉は正直いつまでも落ちこぼれたままの2人の側にいないで、思い切って解散して俳優活動をはじめとした自分の仕事に専念してもいいのではなかろうか。
確実にグループとして最大限に持ちうる旬はとっくの昔に過ぎ去ったのだから、今更過去の栄光をもう一度なんて甘い夢を見られるような状況ではないのだから。
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