Re:New Orleans⚜️第2回◎タンク・アンド・ザ・バンガスの新作『Red Balloon』を聴きながらニューオーリンズの街を歩く
PJモートンの新作リリースを機に軽い気持ちで始めた現行のニューオーリンズ(NOLA)音楽を紹介するコラム〈Re:New Orleans〉。2回目となる今回は、タンク・アンド・ザ・バンガスの新作『Red Balloon』のリリースを記念して、ニューオーリンズのカフェやレストラン、レコード・ショップ、歴史的名所などに寄り道しながら、彼らのこれまでの歩みと新作の内容に触れていく。思いつくままに書いていくので、とりとめのない文章になると思います。
その前に、お時間があれば第1回もぜひ。
タンク・アンド・ザ・バンガスの新作、これが地元ニューオーリンズ愛に溢れている。もちろん、PJモートンの最新作『Watch The Sun』がそうであったように”ニューオーリンズ”というキーワードだけで括れるようなアルバムではない。が、NOLAで多くの観光客がベニエを食べに訪れる名物カフェ「Cafe Du Monde」(後述)の名前を冠した曲もある。フレンチ・クオーターで寛ぐ穏やかでメロウな午後を歌ったステッパーズ・チューン。曲を聴いていたらいろいろと思い出し、NOLAの街に繰り出したくなった。
タンク・アンド・ザ・バンガスって?
タンク・アンド・ザ・バンガスとはどんなバンドなのか。キャリアについては、2020年1月〜2月のブルーノート東京公演を前に同ライヴ・ハウスのサイトに寄稿した。公演は、彼らが「最優秀新人賞」にノミネートされたグラミー賞授賞式の直後(パンデミックの直前)。これが初来日でしたね。
ヴァーヴ・フォアキャストからのメジャー・デビュー・アルバムとなった前作『Green Balloon』(2019年)がリリースされたタイミングで「bounce」誌にも記事を書いた。
“音楽のガンボ”と言いたくなるほど、彼らの曲には様々な要素が入り混じっている。ソウル、ファンク、ヒップホップ、R&B、ジャズ、ゴスペル、ロック、ラテン、そしてスポークンワードも。ただ、多様性をアピールするために意図的にミックスしたのではなく、肥沃な音楽土壌を持つNOLAの気風、懐の深さが自然に滲み出たという感じなのだと思う。そこにタンクのアニメ趣味なども加わった音楽は本当に自由気まま。政治に対する不満や皮肉、弱者への思いのほか、セックスにも言及するが、ひたすら明るくポジティヴだ。
彼らの名前と存在が日本を含めた世界に広く知れ渡ったのは、Tiny Desk Concertに出演してから。6000組の応募の中から出演権を勝ち取ってワシントンDCの小さなオフィスで行ったライヴが2017年3月に公開。これが視聴者の心を掴み、一気に火がついた。ギャラクティックなどとの共演でも知られるNOLAのソングストレス、アンジェリカ“ジェリー”ジョセフの助演も見事だった。
出演権を勝ち取ったコンテスト動画はこちら↓
結成は2011年。リード・ヴォーカルのタンクことタリオナ・ボールを中心に、地元のオープン・マイク・ナイト〈Liberation Lounge〉で知り合った仲間同士で自然発生的にスタートした。バンドは当初、イヴェントの名前からリベレイテッド・ソウル・コレクティヴ、あるいは会場の名前に因んだブラックスター・バンガスと名乗っていたようだが、その後、現在のタンク・アンド・ザ・バンガスに落ち着く。デビュー・アルバムは2013年に発表した『Think Tank』。翌年にはNOLAのアップタウンにある名門ライヴ・ハウス「Gasa Gasa」で行ったライヴの実況盤も出した。
フロントに立つタンクことタリオナは牧師の父を持つ教会育ち。キャノンボール(大砲)というニックネームだった父テリーが、娘のタリオナにタンク(戦車)という愛称を与えた。タリオナは10代の頃からポエトリー・スラムのシーンではちょっとした有名人で、彼女が在籍したチーム、SNO(スラム・ニューオーリンズ)は、ラッセル・シモンズが主催したHBOのポエトリー・スラム番組「Brand New Voices」にも出演している。そんな彼女だけにノーネームやティエラ・ワックに親近感を覚えているというのも頷ける。
アルバム『Think Tank』など初期の曲を聴くと、タリオナが影響を受けたジル・スコットの雰囲気に通じる感覚もある。ネオ・ソウル全盛期にフィラデルフィアとNYで行われていたオープン・マイク〈Black Lily〉が続いていれば、タリオナも出ていたのではないか? ライヴではジルのゴーゴー曲「It's Love」も披露していた。
デビュー・アルバム『Think Tank』を出した頃はサブ・メンバーも含めて大所帯だったが、メジャー・デビュー作『Green Balloon』の制作時には5人組となり、現在は鍵盤奏者のメレル・バーケットが抜けて4人で活動中。タリオナのほか、ジョシュア・ジョンソン(ドラム)、ノーマン・スペンス(ベース/キーボード)、アルバート・アレンバック(サックス/フルート)が構成員だ。フルートで曲に涼風を送り込むアルバートの短パン姿は、タンクの髪型やファッションと同じくらいのインパクトがある。
2019年8月、NYブルックリンで行われた〈AFROPUNK Fest.〉でタンク・アンド・ザ・バンガスのライヴを観た。その時のタリオナは、ワイルド・マグノリアスよろしくマルディグラ・インディアン(緑・紫・黄のマルディグラ・カラー)の衣装を身につけていた。かように彼女たちは、ニューオーリンズという街に(当たり前だが)誇りを持っている。
客演も多く、地元を中心に様々なアーティストとコラボもしている。ノラ・ジョーンズとの共演も話題になった。
そこで〈Tank And The Bangas⚜️Gumbo〉というプレイリストを作ってみた。PJモートン同様、ニューオーリンズという枠を超えて、いかに多方面にアクセスしているかがわかる。
ニューオーリンズという街
ニューオーリンズ、あるいはニューオリンズ。地元民の発音からナウリンズ(Nawlins)と呼ばれたり、NOLA(=New Orleans,LA〈LAはルイジアナ州の略称〉)と書かれることも多い。主要エリアコードは504。その歴史は…情報の正確性は保証できないがWikipediaなどに書いてある。地元住民でも学者でもない自分がここで事新たに語るのも気が引けるが、旅行者の目線で少しだけ。
ニューオーリンズはかつてフランスの植民地(その間にはスペイン領にもなる)だったルイジアナ州の首府で、現在も観光地/商業地区として有名なフレンチ・クオーターの建築物などに植民地時代の雰囲気が色濃く残っている。市の誕生が1718年で、2018年に市制300周年を迎えた。
玄関口はルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港(ルイ生誕100周年を記念して2001年に改名)。サッチモ空港。この名前だけでジャズの聖地に来たことを実感する。到着ロビーにあるサッチモ像との記念撮影は、音楽ファンならずとも定番じゃないだろうか。2019年秋からはターミナルが向かいに(新設)移転し、それ以来行っていないので新ターミナルにサッチモ像があるかわからない。
空港があるケナーという街はジョン・バティステの地元でもある。バティステの2018年作『Hollywood Africans』の一曲目が「Kenner Boogie」という曲だった。そこからタクシーに乗って20〜30分くらいでNOLAのダウンタウンに着く。
自分が初めてニューオーリンズに降り立ったのは、学生だった92年の冬。初海外で、アメリカ音楽の聖地を巡る一人旅の最終目的地に選んだのがNOLAだった。ただ当時は、旅の疲れもあり、ライヴを観ることもなく、バーボン・ストリートの喧騒にも馴染めず、NOLAはこれが最初で最後かなと思って帰国した。
ところが、2005年7月にEssence Music Festival(当時の名称)を観るために再訪して以来、ハリケーン・カトリーナ襲来の翌年を除いて2019年まで毎年訪れるほど、街の魅力にとりつかれてしまった。ルイジアナのスワンプ(湿地帯)〜バイユーにズブズブと呑み込まれていくように。自分のようなリピーターは本当に多いし、好きすぎて現地に移住したという話も聞く。
路上から湿気とともにムワッと立ち込める、ケイジャン料理とアルコール、吐物などが混じり合った独特の匂いも、今では心地良いと思えるほど。音楽、特にブラスバンドの音は、街のBGMとして空気のように日常に溶け込んでいる。
街ではヒップホップやR&B、ザディコもよく流れているが、路面店のクラブが軒を連ねるバーボン・ストリートでは、レゲトン、サルサ、レゲエ、ロック、メタル、ジャズ、カントリーなども爆音で流れている。NOLAの娼婦について歌ったラベルの「Lady Marmalade」(プロデュースはアラン・トゥーサン/演奏はミーターズ)はフレンチ・クオーターのテーマ・ソングみたいになっているし、ジュヴィナイルの「Back That Azz Up」(「Back That Thang Up」)も何回聴いたかわからない。
ニューオーリンズには、いくつかの愛称がある。一番有名なのがビッグ・イージー(Big Easy)だろうか。“気楽な”とか“寛大な”くらいのニュアンスで、“懐の深い街“とでも言ったらいいか。クラブやバー、ストリップ劇場が軒を連ねるバーボン・ストリートは、まさにビッグ・イージーの象徴。
アメリカでは路上飲酒が禁止されている(ただし州ごとに法律が異なる)と聞くが、NOLAのバーボン・ストリート(フレンチ・クオーター)は例外のようで、多くの観光客が歩き飲みをしている。定番は、ネオン・グリーンの細長いボトルが目を引くHAND GRENADE(手榴弾)。ジン、ラム、ウォッカにメロン・リキュールとパイナップル・ジュースを混ぜたアルコール度数の高いカクテルで、下戸な自分は少し飲んだだけでフラフラになる。
ビッグ・イージーと同じくらいの頻度で使われるのがクレセント・シティ(Crescent City)。三日月の街。NOLAの街に沿って流れるミシシッピ川が三日月のようなC字形をしていることに由来する愛称だ。アムトラック(鉄道)にも、ニューヨークとニューオーリンズを30時間かけて結ぶクレセント・トレインというのがある。
NOLAに向かう飛行機が着陸態勢に入ると、腸のように蛇行するミシシッピ川が視界に入ってくる。
ここまでは表の顔。もうひとつ、裏の顔としてチョッパー・シティ(Chopper City)というニックネームもある。チョッパーとはAK-47などの銃、つまり銃を携帯していない奴は命を落とす…という(主にゲットーの)治安の悪さを示すネーミング。ラッパーのB.G.が主宰したチョッパー・シティ・レコーズ、そこから登場したチョッパー・シティ・ボーイズなどを思い出す人もいるでしょう。
どれだけヤバいかは、C・マーダー(マスター・Pの弟)が現地案内役を務めるDVD『Straight From The Projects』を観ればわかる。NOLAの3rdワード(17区あるうちの第3区)を代表する、カリオペ、マグノリア、メルフォマインの各プロジェクトの実態を生々しく伝えたドキュメンタリー。総合進行役のアイス・Tでさえも驚く壮絶な日常がそこにある。インタヴューに応じていた青年の何人かはDVDの編集時には亡くなっていて、「R.I.P.(安らかに眠れ)」というテロップが入る。撮影中にも、セカンドライン・パレードでパンパンという銃声が響き渡り、3人が亡くなったと報告される…。
観光客が物見遊山で訪れるような場所ではない…。が、これは2002年の作品なので、ハリケーン・カトリーナを挟んで20年が経った現在では当時と違うことも多いようだ(と事情通の方から聞いた)。
3rdワードの出身者は、マスター・PとC・マーダーの兄弟以外にも、ルイ・アームストロング、ドクター・ジョン、バードマン、ジュヴィナイル、シルク・ザ・ショッカー、ジェイ・エレクトロニカ、ビッグ・フリーダなどがいる。ビッグ・フリーダが2018年に発表したEPは、その名も『3rd Ward Bounce』というタイトル。これは楽しいバウンス・アルバムだった。
ハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けた9thワード、特にロウワー9thワードも、ファッツ・ドミノを筆頭に多くの著名アーティストを輩出した区として忘れ難い。タンク・アンド・ザ・バンガスのリハーサル・スペースもロウワー9thワードにあったようで(現在も?)、タリオナのおばの家でもあるというそこを彼らは〈Bangaville〉と呼んでいる。
タリオナの地元もその近くで、ロウワー9thワードに川を隔てて隣接するバイウォーターという地区にある(赤い線で囲った部分。8thワードも含まれるようだ)。フレンチ・クオーターからだとフレンチメン・ストリートを通り越して東に行ったところ。ダウンタウンの喧騒から離れたリバーサイドで、穏やかな時が流れるアーティスティックな雰囲気の場所。以前、ソランジュが家を買ったと報じられた地域でもある。
この地区を昼間に何度か歩いた。タンク・アンド・ザ・バンガスの『Green Balloon』だと、アレックス・アイズレーを迎えた「Hot Air Balloons」やロバート・グラスパーとの「Lazy Daze」といったメロウな曲がバイウォーターの景色によく馴染む。アルバム・ジャケットの写真もバイウォーターで撮影したのだろうか。
『Green Balloon』は、ジャック・スプラッシュ、ゼイトーヴェン、マーク・バトソンといった、R&Bやヒップホップ仕事でお馴染みの外部プロデューサーたちがバンドの個性を上手く引き出した快作だった。
バイウォーター地区に関しては、タリオナが表紙を飾ったアメリカン航空の機内誌「American Way」(2020年2月号)のニューオーリンズ特集でも本人が語っていた。それにしても素敵な表紙。
NOLAのレコード・ショップ
タンク・アンド・ザ・バンガスのファースト『Think Tank』を入手後、彼らのキャリアをデビュー前から紹介した詳細な記事に出会った。現地の音楽情報誌「offBEAT」の2015年7月号(表紙はタリオナ)だ。タワーレコードの「bounce」誌みたいなフリーペーパー(ニューオーリンズ市内でのみ無料)で、NOLAの音楽情報に関しては当然ながら最強。これを観光客に売りつけて金を稼ぐ不届き者もいるようで、ライヴ・ハウスなどが多いフレンチメン・ストリートの電柱には「『offBEAT』は無料の雑誌です。人から買わないように」という張り紙が貼られている。
フェスのたびに特集が組まれ、タンク・アンド・ザ・バンガスの記事は、彼らがEssence Fest.に出演する際に掲載された(※このコラムでも参考にさせてもらいました)。
「offBEAT」はタンク・アンド・ザ・バンガスをプッシュし続けていて、同誌の2020年「年間ベスト・アーティスト」などに彼らを選出した。受賞を記念したライヴ・パフォーマンスも行われた。
「offBEAT」からは、市制300周年を記念して“ニューオーリンズの300曲”を掲載した『300 Songs for 300 Years』という書籍も出た(2019年発行)。作曲家/ピアニストのルイス・モロー・ゴットシャルクが1844年に発表した「Bamboula」から、2017年にダンプスタファンクが発表した「Justice」まで300曲。これは結構役に立っています。
「offBEAT」は主要ホテルのロビーなどにも置いてあるが、確実に入手できるのはレコード・ショップ。そんなNOLAのレコード店で、現地を訪れた音楽ファンがまず向かうのが「Louisiana Music Factory」でしょう。
NOLAの人気ラジオ局=WWOZの創設にも関与した経営者によって92年にオープン。以前はフレンチ・クオーター、特にライヴ・ハウス/レストラン「House Of Blues」の真向かいにあった店舗での営業が長かったが、2014年にフレンチメン・ストリートに移転。フレンチ・クオーターとの境目にある同ストリートは、「Blue Nile」のような名門ライヴ・ハウス/クラブがあり、夜中までブラスバンドで賑わう音楽スポットでもあるので、今のロケーションがとても似合っている。2階に「offBEAT」の事務所があるのも最高。ここで働きたいくらい。
当然ながらローカル・アーティストの品揃えはさすがで、タンク・アンド・ザ・バンガスのファースト『Think Tank』とライヴ盤『Live At Gasa Gasa』もここで買った。Amazonなどのネット通販では入手困難だったが、ここには大量のストックが。各10枚ぐらい購入して、帰国後に音楽ファンの友人たちに配った。
『Think Tank』のアナログ(ブルー・ヴァイナル)を入手したのはわりと最近で、これは前回触れたレコード・ショップ「Peaches Records」で購入。
「Peaches Records」の店主シラーニ・レイさんがキャッシュ・マネー軍団の母親的存在であることも前回触れた。もうひとつ、NOLAヒップホップの発展に貢献したレコード店では、かつてDJキャレドがバイトをしていた「Odyssey Record」も重要。ダウンタウンの目抜き通りカナル・ストリートにあった同店は2013年にクローズしてしまったが、ここの店主は80年代にコロンビア(が配給していたデフ・ジャム)でA&Rをやっていた人物で、地元での影響力も絶大だった。個人的にNOLAで一番お世話になった人でもある。「Odyssey Record」についてはEssence Festival話の時にでも改めて触れたい。
もうひとつ、自分が気に入っているのが「Euclid Records」。よく海外買い付けに行っている知り合いのレコード・バイヤーに話すと「ああ、あそこねー」という反応が返ってくるくらいは知られた店で、アナログ、特に7インチが充実。この店だけで軽く一日潰せるくらいの量がある。
ひと気のないリバーサイドにあるレコード・ショップなのだが、この「Euclid Records」があるのが、タリオナの地元バイウォーター地区だったりする。
ミネアポリスの女性トリオ=キングがEssence Fest.(2014年)に出演した際、NPR仕切りのフィールド・レコーディングを行ったのも「Euclid Records」だった。現在は二人組となったキングだが、彼女たちの音楽もタンク・アンド・ザ・バンガスに通じていると思う。この映像を見ていると、ゆったりと時が流れるバイウォーター地区の雰囲気が伝わってくる。
タンク・アンド・ザ・バンガスの新作先行曲、正確に言えば日本盤のボーナス・トラックとして収録されるシングル「Black Folk」を初めて聴いた時にもバイウォーターのムードを感じた。タリオナが「私は黒人が好き」と詩を詠み始めるこれは、アレックス・アイズレー(アーニー・アイズレーの娘)とマセーゴを迎えたメロウな黒人讃歌。NOLAのブラック・コミュニティに寄り添うような曲だ。冒頭でアレックスが「Hello,Hello〜♪」と声を発した時に、アイズレー・ブラザーズ版の「Hello It's Me」が脳裏をよぎる。
タリオナはポエトリー・スラムで培ったスキルとセンスを発揮する。「オプラ(・ウィンフリー)のような匂い、シシリー・タイソンのような顔、ニーナ(・シモン)のように歌い、セリーナ(・ウィリアムス)みたいなお尻…」と黒人女性のアイコンたちに触れながら、NOLA名物の茹でザリガニやソウル・フード、フッドのお店、黒人らしい肌や髪、金歯や付け爪のことなどを詠み込んでいく。そのリーディングは教会のプリーチャーのような説得力で、「うんうん」と頷く同胞の姿が目に浮かぶよう。「ジャズ・フェスで“迷路”に迷い込んだ気分」というのは、同フェスによく出演するメイズfeat.フランキー・ビヴァリーにかけているのだと思う。
NOLAの黒人たちにとって馴染み深い街の風景を映していくMVも素晴らしい。ファミリー・リユニオンのアンセムになりそうな曲だ。
プロデュースを手掛けたのはビアコ。今回の新作では、プロデュースに加えてギターなども弾いているイタイ・シャピラその人である。イタイ・シャピラ(ビアコ)といえば、デコーダーズや、スライ・ストーンの娘と組んだベイビーストーンとしても活動し、ライのサポートもしていた奇才。最近だとユナのEPに関わっていた。アレックス・アイズレーとはデコーダーズ時代からの仲。チャカ・カーン名曲のカヴァーで彼女をフィーチャーしていたこともある。
今回のアルバムでは、イタイ(ビアコ)のセッションにジョージア・アン・マルドロウもシンセやドラムで参加。ジョージアは「Black Folk」でもシンセを弾いている。
コンゴ・スクエアとケイジャン/クレオール料理
「Black Folk」の歌詞に「Black sound strong」「Black sound like 400 years」といった言葉が出てきて、ふと思い出したのがコンゴ・スクエアだ。トレメ地区の南端、ルイ・アームストロング公園の一角にある広場で、ここでは18世紀から人々が踊りや歌に興じ、19世紀に入ってから日曜日の午後だけ黒人奴隷がアフリカン・ドラムを叩きながら歌ったりダンスすることを許可されていた。その後(歴史をかなり端折りますが)ブラスバンドのコンサートが催され、それがジャズに発展していく…という、言ってみればジャズおよびリズム&ブルース発祥の地。ここからそれらが全米に広がっていったと考えると、アメリカのブラック・ミュージックの原点のような場所ということになる。今さらですけど。
ジャズ・フェスの際にはライヴ会場にもなるし、2019年のEssence Fest.でも昼間の前日祭がここで行われた(ビッグ・フリーダ、コモン、フォニー・ピープル、アモーレスらがパフォーマンス)。
ニューオーリンズ到着の翌日は、ランチ前に必ずコンゴ・スクエアを訪れるようにしている。何しろ自分が少なからず恩恵に与っている音楽の原点。現地での安全祈願も兼ねた寺社詣でのようなもので、これだけは欠かさない。
場所もフレンチ・クオーターの向かいにあるので行きやすい。ルイ・アームストロング公園の奥には「マヘリア・ジャクソン舞台芸術劇場」もある。
また、コンゴ・スクエアの周辺、トレメ地区とフレンチ・クオーターを隔てるノース・ランパート・ストリートには、メイズ『Live In New Orleans』の会場だったセンガー・シアターや、コジモ・マタッサの伝説的なJ&Mレコーディング・スタジオ跡地(1階がドライ・クリーニング店になっている)などもあり、音楽ファン的な見どころも多い。
“コンゴ・スクエア詣で”を欠かさない理由としては、大好きなティーナ・マリーが2009年に『Congo Square』というアルバムを新生スタックスからリリースしたことも大きい。同年の7月にはEssence Music Festivalにも出演。ライヴ中のMCでは、「みんな、コンゴ・スクエアに行った? 私はニューオーリンズに来たらいつも行ってる。私がやってる音楽の原点だし、とても神聖な場所だから」と言っていた。黒人観客が99%の会場で白人のティーナが「ルーツを大切にしましょう」というのも凄いが、ブラック・コミュニティから愛されていたティーナだからこそ言えるセリフでしょうね。
アルバムもティーナの音楽的ルーツとなるブラック・ミュージックへのオマージュといった内容。その原点を辿るとニューオーリンズのコンゴ・スクエアに行き着くというわけだ。ジョージ・デュークを招いたタイトル曲では、デューク・エリントン、レスター・ヤング、ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、エリカ・バドゥ、ジル・スコットらの名前を挙げながらコンゴ・スクエアの歴史を称えている。
「Black Cool」では、フレンチ・クオーター、「Cafe Du Monde」、バーボン・ストリートの名前を挙げ、ニューオーリンズの空気に触れながら音楽の神様に感謝を述べる。ここらへんはタンク・アンド・ザ・バンガスの「Black Folk」や「Cafe Du Monde」にも通じている。ティーナは『Congo Square』を出した翌年にこの世を去ってしまったが、もし生きていたらタンク&ザ・バンガスとコラボしていたのではないか?などとも考えてしまう。
ダラダラと書いていたら、お腹が空いてきた。ニューオーリンズといえば音楽と同じくらい食も重要。主にクレオール/ケイジャン料理ですね。ガンボ、ジャンバラヤ ポーボーイ…あと、ポーボーイにも挟んで食べるクロウフィッシュ(ザリガニ)、キャットフィッシュ(ナマズ)、オイスター(牡蠣)、シュリンプ(エビ)、アリゲイター(ワニ)を茹でたり揚げたりしたもの…と、いろいろ思い浮かびます。
自分がよく行くのは、ガンボなら「Gumbo Shop」、オイスターなら「Acme」、ソウルフードなら「Mother's」、フライドチキンなら「Willie Mae’s」あたり。どこも昼食時には行列ができる人気店。もちろん「Cafe Du Monde」のベニエも。フレンチ・クオーターにある食料品店「Central Grocery and Deli」では、イタリア系移民が生み出したマフレッタというサンドウィッチも食べられます。
これら以外にも様々な食べ物やお店があり、ここらへんはNetflix「腹ぺこフィルのグルメ旅」(シーズン1:第3話ニューオーリンズ編)でも専門家を交えて紹介されている。
2019年に51年の歴史に幕を下ろしたポーボーイの名店「Gene's Po-Boys」も忘れ難い。サウス7thワードとマリニー地区の境目あたりにあったピンク色のお店で、故マグノリア・ショーティの声を引用したドレイク「In My Feelings」のMV(3:57〜4:20あたり)にも登場する。ニューオーリンズで撮影されたこのMVには、タンク・アンド・ザ・バンガス「Black Folk」のMV同様、NOLAを象徴するような場所や人物(ビッグ・フリーダなど)がたくさん出てきます。
そうした中で、黒人音楽〜文化史的に最も重要なNOLAのレストランと言えるのが「Dooky Chase」でしょう。トロンボーン・ショーティのお膝元、ブラス・バンドの聖地であるトレメ地区にあるクレオール料理店(1941年開業)。2019年に96歳で他界した“クレオール料理の女王”ことリア・チェイスさんが切り盛りしたお店で、生前のリアさんいわく、「ソウルフードではなく“サザン・ルイジアナ・クレオール・クッキング”のレストラン」。キング牧師、レイ・チャールズ、オバマ元大統領夫妻、ビヨンセ&ジェイ・Zのカーター夫妻などなど、NOLAを訪問した著名人の多くがここで食事をしている。
Essence Fest.開催期間中はいつも混んでいてなかなか入れなかったが、2019年にはリア・チェイスさんが亡くなったこともあり、その追悼も兼ねて、現地で合流したゴスペラーズのカレー番長こと黒沢薫さんたちと一緒にランチを食べに行った。併設のバーで2時間近く待たされたが、待った甲斐はありました。
忌まわしき人種隔離制度ジム・クロウ法がまだあった時代に、黒人ピアニストがイタリア系アメリカ人の用心棒とともに南部を巡業する様を描いた『グリーンブック』という映画がある。2018年に公開され、アカデミー賞も受賞した映画で、“グリーンブック”とは黒人ドライバー専用の旅行ガイドのこと。そのガイドには黒人を受け入れるレストランやホテルが記載されていた。
「Dooky Chase」もグリーンブックに載っていたレストランだ。そもそも黒人が安心して食べられる場所としてオープンしたお店。Netflix「腹ぺこフィルのグルメ旅」で生前のリア・チェイスさんは、「キング牧師のような公民権運動の活動家たちは、この店で計画を練っていた」と言っていた。黒人居住区であるトレメ地区というロケーションがそれを可能にしたのでしょう。
そのリア・チェイスをモデルにしたのが、2009年に公開されたディズニー・アニメ映画『プリンセスと魔法のキス』(原題『The Princess and the Frog』)。舞台はニューオーリンズのフレンチ・クオーターで、リアをモデルにした主人公のティアナは自分のレストランを作るために奮闘する少女だ。ガンボやベニエを振舞うシーンも出てくる。”黒人初のディズニー・プリンセス”と話題になり、ブラック・コミュニティの一部からは物言いもついたようだが、概ね好意的に受け止められた。「Dooky Chase」の店内にも映画に因んだイラストが飾られていた。
音楽を担当したのがドクター・ジョン、主題歌を歌うのがNe-Yoというのも、NOLA音楽やR&Bのファンには嬉しいポイントだ。
タンク・アンド・ザ・バンガスの音楽は、タリオナがティズニーの音楽に影響を受けていることもあってか、“ソウルフル・ディズニー”とも呼ばれている。確かに彼らの音楽は遊園地のアトラクションのような楽しさで、コロコロと表情を変えて歌うタリオナもディズニーのキャラクターを思わせる。
タンク・アンド・ザ・バンガスとニューオーリンズということでは、クリスチャン・スコット、PJモートン、ハシジル、ペル、アンジェリカ”ジェリー”ジョセフといったNOLA勢を迎えたEP『Friend Goals』(2020年)も改めて聴いておきたい。
新作『Red Balloon』について
ベタな観光ガイドみたいになったが、これらを踏まえてタンク・アンド・ザ・バンガスの新作『Red Balloon』を聴くと3倍くらい楽しいかもしれない。
タリオナの魅力は相変わらず。アンジー・ストーンを思わせるたおやかでハスキーな声、ジル・スコットに通じるチャーミングでエモーショナルな歌唱表現、ニッキー・ミナージュ風でもある早口ラップ。教会、ストリート、家の中、空など、いろんなところに飛んでいくような音やリリックも楽しい。
アルバムは、ラジオのチューニングっぽい感じで過去曲が飛び出してくるイントロで幕を開ける。架空のラジオ局TATB-FMという設定だ。俳優/コメディアンのウェイン・ブレイディが賑やかしで声を交え、ウェインはそのまま次の「Mr. Bluebell」にも客演。初期のタンク・アンド・ザ・バンガスを思わせる陽気な曲で、トロンボーン・ショーティのトロンボーンやトランペットがニューオーリンズらしさを際立てる。さらにその次の「Anxiety」にもウェインがナレーションで参加。これらの曲では政治批判だったり、不安だったりを歌っているのだけど、それを笑い飛ばすような明るさ。前半から快調だ。
アルバム発表に先駆けてリリースされたシングルは5曲。先に触れた日本盤ボーナス・トラック「Black Folk」を含めると6曲。最初のシングルは、2021年に出されたビッグ・フリーダとの「Big」だ。ブラスバンド×バウンスなNOLAらしい曲で、ネプチューンズ(ファレル)が手掛けたミスティカルの「Bouncin' Back(Bumpin' Me Against The Wall)」(2001年)も思い出した。
プロデュースはピーター・コットンテイル。ピーターといえば、チャンス・ザ・ラッパーの盟友でソーシャル・エクスペリメントの中心人物。2020年に発表したリーダー作『Catch』はゴスペルをベースにしたアルバムで、PJモートンらの参加が話題になった。タンク・アンド・ザ・バンガスとは、アンドレ3000に捧げた「For André」(2020年)をプロデュースした流れで今作にも関与したのだと思われる。
今やNOLAの看板アーティストと言っていいビッグ・フリーダは20年以上のキャリアがある「バウンスの女王」で名曲も多いが、特にビヨンセの〈The Formation World Tour〉(2016年)に参加した頃からオーバーグラウンドでも人気に。LGBTQコミュニティへの貢献度も大きい。名前の綴りはBig Freediaだが、“ビッグ・フリーディア”ではなく”ビッグ・フリーダ(free-duh)“と発音する。以前から彼女の音楽を聴いていた人には釈迦に説法ですね。
ビッグ・フリーダのライヴはEssence Fest.やそれに関連するステージで何度か観ている。両脇にダンサーを従えたショーは、低くしゃがんだ体勢でお尻を突き出して激しく腰を振るトゥワーク(Twerk)も強烈なインパクトで、観客までもが乱舞するライヴは、あらゆる悩みや不安を吹き飛ばしてくれる。街中でも会社帰りと思しきスーツを着た女性がお酒を手に腰を振っていたりして、本当に楽しそう。これぞNOLA、ビッグ・イージー。
「Let's Go!」という掛け声から始まり、オペラ歌手のように声を張り上げながら、重くもっさりとした声で賑々しくラップするフリーダ。タンク・アンド・ザ・バンガスとは今回の曲に限らずライヴなどでも頻繁に共演していて、タリオナとの相性が本当に良い。マーティン・ショア監督の音楽ドキュメンタリー映画『Take Me To The River:New Orleans』にも出演している。
続くシングルは「No ID」。ディスコ・ブギー的なアップ・ナンバーで、これはギッティが手掛けている。MVにもローラー・ディスコのシーンが出てくるが、シルク・ソニックの“Skate”も含め、近年このテのMVは本当に多い。
ギッティことジェフ・ギテルマンはモルドバ共和国出身で米LAを拠点に活動するプロデューサー/ソングライター。以前ステップキッズの一員としてストーンズ・スロウから作品を出していたが、近年はDマイルやDJキャンパーと並ぶR&Bのヒットメイカーとして活躍中だ。H.E.R.やアンダーソン・パーク、ザ・ウィークエンドなど、あの曲もこの曲もギッティ…という状態が3年くらい続いてますね。
先に触れた「Black Folk」を挟んでシングル・リリースされたのが「Stolen Fruit」。ビアコとBLVK(オースティン・ブラウン+ブライアン・ロンドン)のプロデュースで、同じくビアコの制作だった「Black Folks」とテーマ的にも繋がる気高くドラマティックな曲。ピアノやチェロの荘厳な響き、重々しい集団の声が黒人奴隷をテーマにした映画の劇伴を思わせ、ロン・ミラーの歯切れの良いドラム、スティーヴィ・ワンダー風のシンセ・ベースが、美しいコーラスと相まって滑らかなグルーヴを醸成する。
「あなたのルーツが輝けますように/盗まれたものすべてが今生まれ変わる」というリリックも感動的で、「Stolen Fruit」というタイトルは、ビリー・ホリデイの「Strange Fruit(奇妙な果実)」を連想させる。奴隷貿易の拠点だったニューオーリンズから全国に散らばった子孫(ブラック・ディアスポラ)を祝福し、鼓舞するような曲…とは自分の勝手な解釈だが、これを聴きながらコンゴ・スクエアが目に浮かんだし、ルイジアナの奴隷農園をテーマにしたジャネール・モネイの主演映画『アンテベラム』も思い出した。
「魂のヴィジョンが見えるスティーヴィ(・ワンダー)が必要」とも歌うが、そういえばタリオナは「父は歌うとスティーヴィ・ワンダーのようだった」と回想していた。彼らの音楽も、PJモートン同様スティーヴィからの影響が色濃い。
この次に出た「Why Try」は、フェラ・クティなどを思わせるアフロビート風のパーカッシヴなアップ。ビアコやBLVKらのプロデュースで、ジョージア・アン・マルドロウがシンセとヴォーカル・プログラミングで参加している。冒頭ではクエストラヴが“DJホスト”として曲を紹介。そういえばクエストラヴがいたソウルクエリアンズは一時、フェラ・クティに熱を上げていましたね。
途中でマイケル・ジャクソンの「Off The Wall」風のメロディが飛び出し、「まるでマーヴィン・ゲイ〈Inner City Blues(Make Me Wanna Holler)〉の気分」と歌う。
先行シングルとしては最後の曲となったのが「Oak Tree」。ギッティのプロデュースで、トロンボーン・ショーティも参加。これは”アフロ・パンク”と言いいたくなる曲だ。ギッティは「Heavy」も手掛けているが、最初聴いた時ロバート・グラスパーがやっているのかと思った。『Black Radio』シリーズに収録されても違和感なさそう。
グラスパーといえば、ディナー・パーティのEPに客演していたフェリックス(マイケル・ニール)がプロデュースしたのが「Who’s In Charge」。ダーティ・サウス流儀のエレクトロ・ヒップホップというか、近年のフィメール・ラッパー然としたフテブテしくもチャーミングな曲だ。メロトロンも使っている。前作に「Smoke.Netflix.Chill」という曲があったが、この「Who's In Charge」の歌詞にもNetflixが登場する。
ビアコ制作の「Communion In My Cup 」にはハミルトーンズ(最近トーンズ(The Ton3s)と改名)をフィーチャー。アンソニー・ハミルトンのコーラス隊を務めていた彼らはPJモートン「Everything Gonna Be Alright」でもお馴染み。前作ではアンソニー・ハミルトンを手掛けたマーク・バトソンが制作に関わっていたので、その流れもあるのだろうか。口笛が印象的で、どことなくボビー・マクファーリン「Don't Worry Be Happy」を思わせる。タリオナとトーンズ、それぞれのチャーチ・ルーツを感じさせる曲だ。
今回の新作で個人的に最も惹かれたのが、タリオナがジェイミソン・ロスと歌う「Cafe Du Monde」。冒頭でも触れたようにニューオーリンズの人気カフェ「Café Du Monde」の名前を冠した曲で、フレンチ・クオーターで寛ぐ穏やかでメロウな午後を歌ったステッパーズ・チューン。タリオナのアンジー・ストーン風歌唱も心地よい。以前、同郷のペルも「Cafe Du Monde」という曲を出していたが、同名異曲だ。
プロデュースはピーター・コットンテイル。エイドリアナ・エヴァンス(「Seeing Is Believing」や「Heaven」など)に通じる多幸感溢れる清涼ソウルで、トロンボーン・ショーティの緩いホーンもフレンチ・クオーター感を醸し出す。ニューオーリンズの象徴であるユリ(アヤメ)の紋章(もとはフランス王家の紋章)「フルール・ド・リス⚜️」にも触れたNOLA賛歌だ。
日本にも出店(2018年をもって撤退)していた「Cafe Du Monde」 は、NOLAのフレンチ・クオーター、ディケーター通りにあるオープンテラスの店舗が本店(ミシシッピ川沿いのショッピングモールRiverwalkや空港にもある)。白い粉砂糖をたっぷりふりかけたベニエ(揚げドーナツ)とチコリ・コーヒーが定番で、ベニエは結構酒を飲んだ後で食べても胃もたれしない。
本店の席数は4人掛けのテーブルが中と外を合わせて40あるかないかなので160席前後(Wikipediaには400席などとあるが、これは完全に間違いです)。接客は最高だったり最低だったりするが、ビッグ・イージーな街では、そんなことは誰も気にしていない。自分もNOLA滞在中はほぼ毎日行くし、本店は24時間営業なので、Essence Fest.終了後の深夜、興奮を鎮めるために寄ることもある。
タリオナとデュエットしているジェイミソン・ロスは、フロリダ州ジャクソンヴィル出身でニューオーリンズを拠点に活動するシンガー/ドラマー。スナーキー・パピーやドクター・ジョンらとの共演でも知られ、2015年と2018年にアルバムを出している。2018年作『All For One』ではリー・ドーシーやウィリー・ティーのニューオーリンズR&Bクラシックをカヴァーしていた。
アルバムにはレイラ・ハサウェイも登場する。「Easy Goes It」はレイラが背後でコントラルト・ヴォイスを発するポエトリー・リーディングの小品。「レイラ(・ハサウェイ)の曲を歌い、スティーヴィ(・ワンダー)の曲を書き、ハービー(・ハンコック)の曲を弾く」というラインも良い。プロデュースを手掛けるALB The Builderとはメンバーのアルバート・アレンバックのこと。
本作(「Black Folk」含む)にはレイラ・ハサウェイ、アレックス・アイズレーというソウル・レジェンドの娘が参加したわけだが、このふたりとタリオナといえばムーンチャイルドの新作『Starfruit』に揃って参加していた。今回のアルバムも、どこかムーンチャイルドに通じる雰囲気がありますね。
アルバム終盤も心地良い時間が流れる。ギッティが手掛けた「Jellyfish」は、DJソウル・シスターの口上から始まるメロウでスウィートなR&B。“レア・グルーヴの女王”とも呼ばれるDJソウル・シスターはニューオーリンズのラジオ局WWOZで番組を持つ地元の人気女性DJで、本名のメリッサ・A・ウェーバー名義で音楽ジャーナリストとしても活動している。Essence Fest.のメイン・ステージでDJを務めたこともある。ライナーノーツもソウルからヒップホップまで凄い熱量と知識で、自分も目標にしているひとりだ。
クロージング・ナンバーの「Where Do We All Go」では再びレイラ・ハサウェイが登場する。以前タンク・アンド・ザ・バンガス(とキンブラ)を自作『DJesse Vol.3』に招いていたジェイコブ・コリアーも参加。グローヴァー・ワシントンJr.あたりに通じるメロウなフュージョン・ソウルといった趣で、プロデュースはビアコだが、テイク6的なハーモニーの付け方などにはジェイコブの色が滲む。中盤からはスティーヴィ・ワンダー色も強まる。「人は死んだらどこへいくのか。どこに向かうのか」と問いかける歌だ。
最後に。マスタリング・エンジニアを担当したのが、NYの〈The Mastering Palace〉に所属する日本人のTatsuya Sato氏であることも申し添えておきたい。確かジェイ・Zのアシスタント・エンジニアあたりから始められて、カニエ・ウェスト、ジョーイ・バッドアス、チャンス・ザ・ラッパー、プッシャ・T、ジュース・ワールドなどを手掛けてきた方。
これだけ書いておきながら矛盾するが、音楽は語るより前に楽しむものだという当たり前のことをタンク・アンド・ザ・バンガスの新作は教えてくれる。
次回は、ジャズ・フェスやマルディグラと並ぶNOLA名物のEssence Festival、もしくはトロンボーン・ショーティあたりについて書きたい。このNOLAコラム、あと3回くらいはいけそう。同様のスタイルで、70年代のフィリー・ソウルからネオ・フィリー(ネオ・ソウル)までを書き尽くすフィラデルフィア編、あとシカゴ編もできそうだけど…そもそも今回のコラムを最後まで読んでくださった方はどのくらいいるのだろう?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?