くだらない話 其の肆
ここで話すのは、しょうもない男の、くだらない、ありふれた話だ。どこまで行っても在り来りで、何も出来ない男のその話だ。
男は逃げ出していた。
どこへ逃げたのか、何から逃げたのか、何故逃げたのかは、男にもわからなかった。いや、ただ分かりたくなかっただけなのかもしれないと今になって思う。
齢27で何もかもを手に入れてしまった。元来家庭は裕福であったし、家族からも、周りからも愛されていた。男には愛する女がいたし、友人と呼べる存在も大勢いた。若くして出世し、地位も、名誉も、金も手に入れていた。挫折など味わったことも無くあまりに全てが上手くいった絵に描いたような成功物語をその歳で手に入れていた。
努力も怠らなかった。家庭の富を感じさせないくらいに汗を流し、驕らずに、真っ直ぐに突き走っていた。誇らしく、自分らしく生きるためにただただ前を見て、完全無欠に生きようとしていた。
そんなある日、男はある女に出会う。
ひどく綺麗な女だったことだけは覚えている。
ひと目みただけで、男は感じた。
この女と寝ることになると━━━━━━━━女の視線がそう語っていた。
今際の際まで浮気などしたことも無い清廉潔白な男がその女を抱いたあと、女は脈絡もなくただ、
「貴方の生き方を愛しています。」と告げる。
男は身震いをするほどに高揚を感じた。
今まで、今愛している女でさえも、自分生き方なぞ興味すら持たず、自分の周りにまとわりついているアクセサリーにしか興味がなかったことを知っていた。
「認められているのは俺ではなく、俺の肩書きである」
そうわかっていたからこそ、男は必死に努力をした。我を認めてもらいたくて。まるで自分にまとわりついている成功を否定するかのように。恍惚なほどの周囲からの羨望を振り払うかのように。
それを、逢って間もない、名も知らないただ抱いただけの女が打ち破ったのだ。俺が求めていたものはこれだと言わんばかりに。
男はみるみるその女に嵌っていった。昨日まで付き合っていた女のことなど居なかったかのようにその酷く綺麗な女を喰らい、溺れていく。
そして突然、その女は別れを告げる。
「貴方の真っ直ぐな生き方が、私を殺してしまいそう。」
男は気づく。
男が見ていたのは結局、女の瞳に映る自分自身であったと。
男が感じていたのはただの寂しさだったと。
男の生きてきた生き方は、所詮は自慰行為に過ぎなかった。周りに認めてもらいたくて、誰からも認められてもなおそれを素直に認められず歪曲した考えを持ち続け努力という自慰行為にひたすら精を出していただけだった。
その夜、男は全てを投げ出した。富も、名誉も、地位も、女も、何もかも。
今までの自分から逃げ出した。
ただ
「寂しい」と呟きながら。