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佐々木朗希選手MLB移籍への手続き開始で考える、『植民地』という言葉の意味

先日、日本プロ野球の千葉ロッテマリーンズは所属選手である佐々木朗希選手についてポスティング制度を利用してメジャーリーグベースボール(MLB)所属チームへの移籍を目指した手続きを進めることを発表しました。

朗希選手は予てよりMLBへの移籍を目指す意思が強いことがスポーツ紙やゴシップ誌で頻繁に取り沙汰されていましたが、今回正式に本人及びチームから発表され意向が明らかとなった形です。

ところが、朗希選手の年齢が23歳であることからMLBチームとは金額が低く制限されたマイナー契約を結ぶことしか出来ないため、所属チームであるマリーンズには25歳以上でのポスティング制度利用であれば見込まれた高額な譲渡金が渡らないことやこれまでのチームへの貢献度に不満を持ったファンらから批判的な意見が噴出しています。

そして、ファンのみならず日本プロ野球OBからも批判が相次いでおりデイリー新潮からは「日本球界が米国の植民地に」ロッテ・佐々木朗希のメジャー挑戦に張本勲らロッテOBが次々と苦言という記事も配信されました。この記事の中を見てみるとこんなことが書いてあります。

かつてロッテに在籍していた経験を持つ野球評論家の張本勲氏に聞くと、

「佐々木はいわば温室育ち。球団から過保護に育てられてきた。そう思う人たちが“チームに恩返しをしていない”と言うのは理解できる。まるで日本球界は、メジャーに行くための踏み台、米国の植民地のようになっているのが悔しいし悲しい。これを機に球界全体でルールを見直さないと、今後も将来有望の選手が次々と米国へ行ってしまうよ」

「日本球界が米国の植民地に」 ロッテ・佐々木朗希のメジャー挑戦に張本勲らロッテOBが次々と苦言(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース より引用

ここで張本氏は日本プロ野球の現状を『米国の植民地のようになっている』と表現しているわけですが、言葉の使い方としてこれは間違いです。

本記事では現在野球ファンの間で話題となっている佐々木朗希選手のポスティング制度使用の是非日本プロ野球の未来などはさておき、言葉の誤用について考えます。


『植民地』という言葉の語源

そもそも植民地という言葉をオンラインで利用出来る辞書で引いてみると以下の様に定義されていることが分かります。

しょくみん‐ち【植民地】 の解説
ある国からの移住者によって経済的に開発され、その国の新領土となって本国に従属する地域。武力によって獲得された領土についてもいう。

植民地(しょくみんち)とは? 意味・読み方・使い方をわかりやすく解説 - goo国語辞書 より引用

植民地は英語でcolonyとなりますが、この言葉はラテン語のcolōnia(ローマ植民地)に由来しています。colōniaはラテン語の動詞colō(耕す、居住する、定住する)を基としており、もともとは『新しい土地に定住し、開拓・耕作する人々の集団』や『彼らが築いた共同体』を指しました。古代ローマでは、征服した土地にローマ市民や退役兵を入植させることで影響力を及ぼし、ローマ帝国の支配や文化を拡大するためのcolōniaを各地に設けたのです。

この概念は近代になると他国や他地域を支配し、そこに移住者を送り込んで支配体制を敷く植民地という意味に転用され、さまざまな言語においてcolonyに準ずる言葉が生まれました。

張本氏の間違い

以上のことから考えると日本プロ野球が米国(ここで意図されているのはMLB)の植民地というのは適切ではないことが分かります。

植民地が『ある国からの移住者によって経済的に開発され、その国の新領土となって本国に従属する地域。』であるなら、日本プロ野球にMLBやその下部リーグであるマイナーリーグから続々と選手を送り込み米国選手の為の職場の様に機能させているのであればそれは植民地と言えるかもしれませんが現状はそうなっていません。

そもそも、支配下選手登録こそ無制限なものの、プロ野球の出場選手登録には外国人枠という人数制限が設けてあるため(計4名)米国人が多数を占めてプレイ出来るような状況にはなり得ません。

Feeder League

今回張本氏が言いたいことを的確に表すのであれば適切なのは「日本プロ野球がMLBのフィーダーリーグ(Feeder League)の様になっている」という表現になるでしょう。フィーダーリーグとは一般的に経験とトレーニングを積ませる役割を念頭に作られたリーグのことで、好成績を収めた選手を提携している上位リーグ所属チームに昇格させることを目的としています。

アメリカの野球プロリーグでは3AからRookieまでのマイナーリーグがこれに当たり、選手達はマイナーリーグでの優勝や選手個人のタイトル獲得は主たる目的ではなく親チームへの昇格を目指すことが一般的であるためリーグ自体の価値の考え方は難しいものがあります。

しかし、日本プロ野球は選手もファンも依然としてリーグ優勝や日本シリーズタイトル獲得に対して熱狂的で、各部門ごとの最優秀選手も大きな価値を持ちます。今年はプロ野球 今シーズンの観客数 5年ぶり過去最多を更新 | NHKといった記録も生まれている為、リーグの運営状況は現状では堅調と言えるでしょう。

つまり、張本氏の「まるで日本球界は、メジャーに行くための踏み台、米国の植民地のようになっている」も不正確なら現時点ではフィーダーリーグの色合いが強まっているとも言えません。

最後に

00年代頃から『日本人選手のMLB移籍に伴う日本プロ野球の空洞化論』は存在しますが、有力な選手が移籍したとしても継続して新しい才能が台頭し続けていることや日本で優秀な成績を収めた選手がMLBでは成績を残せず復帰するケースも多く、20年が経過した現在も実感として『空洞化論』が現実化してプロ野球に深刻な問題が起こっているようには感じられません。

将来的にどうなるか不透明であるということは事実で、NPBにはそうならない為の有効な制度や知恵が欠けているかもしれませんが、張本勲氏には知性が欠如しています。また、デイリー新潮は張本氏本人の了承を得たうえで誤用を修正し記事を配信するべきであったように思います。

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