心理学ガール #14
催眠という世界観
僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。
ハル「先輩、こんにちは! 先輩と催眠について対話をしていて、最初は素晴らしい技術だと思った催眠も、最近はそこまで特別じゃないのかもと思い始めています。そもそも、催眠愛好家がいう“催眠”ってふわっとした定義だし、学問的な観点からみると根拠のない経験則ばかりだなって感じてます」
僕「こんにちは、ハルちゃん。そうだね。催眠は、学問的に研究されているものと、大衆に消費されているものとがあって、その二つの溝は深いと思う。後者のことを“大染催眠”とでも呼ぼうか。例えば、学問的な催眠を扱う集団である催眠の学会は、学会関係者が一般の人に催眠を教えたりすることを禁止している。だから、学問的な催眠に関する知識は普及しない。また、心理学的な催眠研究を理解するためには、それを理解するための素養が必要だけど、大衆催眠をやる人でそういう人は少ない。大衆催眠については、催眠のコミュニティがずっと続いている中で、催眠に関する玉石混交の情報が出回っている。ただ、大衆催眠の中では、催眠の情報をチェックするような体制はないから、結局、テレビに出ているとか、本を出しているとか、そういった声の大きさが影響力の大きさになっているところがあるね」
ハル「ここだけの話、催眠愛好家の集まりに行ったとき、『催眠で大事なのは思いやりです』みたいなことを言っている人がいて、わたしは抽象的過ぎてわからなかったんですけど、周りの人はその人のことを“先生”と呼んでいて、少し驚いたことがあります」
僕「催眠のコミュニティの中で影響力を持つのはどんな人かっていうのは興味深いかもしれないね。さて、今日は催眠の本を持ってきました。田中新正先生らの著書『催眠心理面接法』です。この本は、催眠の学術書としては一番新しいものだと思います。最近の催眠の学術的研究が紹介されているとてもいい本です。今日はこの中から、『近年の海外の催眠研究』のところを話していこうと思います」
ハル「はい!」
僕「この部分を読んでほしい」
僕「催眠は、催眠を受ける側が持っている理解や期待に大きく影響されるという話が書かれている。大衆催眠における一般的な説明は、催眠状態になって無意識部分に暗示がされることで催眠反応が起きるとされている。催眠を受ける側が、深い催眠状態から覚めなかったらどうしようとか、無意識への催眠暗示が解かれなかったらどうしようと思っていれば、そういった効果が表れる可能性があるってこと。大衆催眠で実際にそういったトラブルがあると聞いたこともある。これに対して、催眠愛好家が『危険な暗示を解除します』みたいな宣伝をしたとして、その行為自体が催眠の理解を妨げ、そういったトラブルを再生産している可能性があるんだよね。催眠をやる側も受ける側も、ある程度学問的な催眠を理解すると、そういったトラブルは減るんじゃないかなって思う」
ハル「わたしも、催眠愛好家の集まりに行ったときに、催眠を掛けて、解けない暗示をいれてくる悪い催眠術師がいるから気を付けてねと注意喚起されたんですけど、その行為がよくないかもしれないってことですか?」
僕「そうだね。催眠をやるってのは暗示の効果を知るってことだと思うんだけど、その割には、そういった答告めいた行為が暗示になるかもしれないということには鈍感な人が多いように感じるね。それ以上に正義感みたいなものに駆られているのかもしれないね。次にここを読んでほしい」
僕「催眠をする際に変性意識状態を強調すると暗示反応が減る可能性があるという示唆がある。変性意識状態に対する不安があるかもしれないと推測できるんだけど、つまり、催眠に対する認識によって反応に差が出るし、催眠状態というものがある、催眠状態は心地よいものという世界観で催眠をやっている人達にとっては、そういう結果が生じやすいだろうと思われる。なんだろう、結局、同じ催眠観を持った人同士のごっこ遊びの結果がその日たちにとっての催眠の現実なんだろうなって思うことがある」
ハル「なんか辛辣ですね。でも、催眠をやる上でのヒントになった気もします。けどなんか、催眠じゃなくてもいいような気がしてきましたけど……」
僕「いい気づきだね。催眠で起きることに催眠と名付ける必要があるのかってのは、催眠を勉強すればするほど思うところかもしれないね」
ハル「深いですね。」
僕「さて、今日はここまで。この本は面白いから、また読もう。じゃあね。」
ハル「はい、ありがとうございました!」
ハルちゃんは出口に駆けていった。