心理学ガール #06
間違いたくはない
僕は心理学部の大学4年生。ここは大学最寄りの駅前。コーヒー店のシートに向かって座りながらハルちゃんと話をしている。
僕「さて、話の続きだけど、催眠には、”催眠誘導”、”催眠状態”、”暗示”と”意思と関係ない行動”という要素がある。そして、暗示とは『”意思と関係ない行動”が起きることを予測・予言する内容を催眠に掛かる人に対して伝えること』だったよね」
ハル「はい」
僕「次は、催眠状態について話していこうか。ハルちゃんは、催眠状態をどう考えてる?」
ハル「はい。催眠状態は、催眠誘導によって導かれる暗示を受けやすくなる特殊な状態で、深くなればなるほど難しい暗示に反応しやすくなるものです」
僕「なるほど。催眠状態は、催眠が起きる前提というか原因ということとでいいのかな?」
ハル「そうですね。催眠状態になるから催眠が起きると言っても過言ではないと思います」
僕「催眠状態になっていることは、どうやったらわかるの?」
ハル「それは、暗示をしてみて、暗示のとおりの反応が現れたらわかります」
僕「それ以外にわかる方法はある?」
ハル「表情とか呼吸とか眼球の動きとかで、わかるという話もあります」
僕「その方法は確実なのかな?」
ハル「あくまで参考であって、確実ってほどではない気がします」
僕「そうだなー。催眠状態であれば暗示に反応をする。そして、催眠状態かどうかは暗示に反応したかでわかる。これは、トートロジーという状況なんだよね」
ハル「トートロジー……ですか?」
僕「そう。同じことを言い換えているだけで、説明になってない状況のことで、学問的には議論できない状況になっている」
ハル「それだけだと、ちょっとわかりません」
僕「他の例で言えば、「頭がいいというのは、知能指数が高い」と「知能指数が高いことが、頭がいい」というもの。説明しているようで説明していないよな。AイコールBは、BイコールAと言っているような感じ」
ハル「確かにそうですけど、間違ってなはいないですよね」
僕「そう、間違ってない。トートロジーは常に正しいんだ。それって、前に話した反証可能性とも似てるけど、他に検証しようがない、学問的ではない説明ってことになる」
ハル「そうなんですね」
僕「そう。催眠状態が催眠の原因であるとして、その結果である暗示の反応で催眠状態であるかを決めると、それは常に正しいが、つまり、催眠状態ってのは暗示に反応しているということの言い換えでしかなくなってしまい、催眠の原因であるとは言えなくなってしまう」
ハル「どうしたらいいんですか?」
僕「催眠状態ってものを、暗示に反応する以外の方法で確認できる方法があれば学問的な対話ができるようになる。だけど、さっきの表情とか眼球の動きってのは確実じゃないし、僕が知っている限りそれらの方法は迷信だ。そして、脳の活動を測定できる機械とかが発達したけど、現時点で催眠状態を測定したという研究はないと思う。”ある”という証拠がない場合、正確には”あるかないかわからない”んだけど、学問的な態度としては”ない”ということにするのがベターかな。そして、この場合、催眠状態があると主張する人がその証拠を提示すべきで、ないと主張する人が”ない”という証拠を提示する必要はない。そもそも、”ない”ということを証明することはできないからね」
ハル「えっ、そうなんですね。じゃあ、催眠状態ってのは何なのでしょうか?」
僕「催眠状態は、催眠という現象を説明するために作られた概念なんだ。心理学ってのは人の心を扱う学問だけど、心ってのは目に見えないから、その説明のために概念を使う。そもそも、心ていうのが概念だからね」
ハル「心が概念?」
僕「そう。心理学の講義で、『心はどこにありますか?』みたいな質問をされることがあるけど、胸の中とか、お腹の中とか、脳とか全身とか答えるけど、概念だからどこにもないんだよ。だから、この質問は意地悪な質問なんだよね」
ハル「そういう質問、講義で受けたような気がします。そのときは、脳にあると言っていたような気もしますけど」
僕「人の行動に脳が関わっているのはそのとおりで、心理学は行動の科学だから、心は脳にあるという説明は妥当なところではあるけど、僕的には間違った回答かな」
ハル「そうなんですね」
僕「心理学として概念をどう扱うかって話をすると、催眠状態について少しわかるかもしれないから、その話をしてみようか。そもそも、催眠も概念だしね」
ハル「えっ、そうなんですか。概念というより、現象って感じですけど」
僕「うん。ちょと、専門的な話になるから、この続きはまた今度にしよう。僕もちょっと勉強しておくから」
ハル「わかりました。よろしくお願いします!」
僕とハルちゃんは、コーヒー店をでて駅へと向かった。