九月八日(金)ナポリ会場の設営をする
バールでカッフェを体験する
今日はイベント会場での設営日。七時に起きて身支度をすませ、同室の柿崎さんとフロントにいって、おねえさんに部屋番号を伝えて朝食のチケットをもらう。
「チャオ。ブレックファースト、チケット。ドゥエ、ゼロ、クアットロ」
これが私の初めて発した記念すべきイタリア語である。事前に部屋番号の204を調べておいたのだ。ブレックファーストとチケットは英語だが、とりあえず通じてくれてうれしい。この時間にフロントへ来る日本人客の用事は、100%このチケットなので通じて当然なのだが。
事前に仙丸さんから聞いた話だと、朝食は好きなパンを一つとドリンク一杯。バールのショーケース内にズラッとパンが並んでいるので、店員さんにチャオとチケットを渡して、欲しいものを指で示す。
ドリンクはメニュー表というものがないので、試しにコーヒーを意味するはずのカッフェ(Caffè)とだけ伝えてみると、店員さんはプールにある蛇口のように並んだシルバーのマシーンに細引きの粉をセットして、プシューと
蒸気でエスプレッソ(Espresso)を抽出。お猪口のような小さいカップには大さじ二杯分くらいの濃厚なコーヒーが入っていた。コーヒーというか伊勢うどんのタレみたいだ。
テラス席に移動して、試しにカッフェをそのまま飲んでみると、割って飲むコーヒーの原液なんじゃないかという濃さでおもしろい。これがイタリアのカッフェなのかと感動しつつ、砂糖を一袋溶かしてすする。
適当に選んだクロワッサン(ブリオッシュ)は練乳のような甘いクリームが
入っていて、カッフェと一緒に食べるとコーヒークリーム味になった。
ヘビースモーカーの柿崎さんは、イタリアはどこでもタバコが吸えると喜んでいる。
しばらくするとタケちゃんにムトちゃん、そしてジョニーさん、藍ちゃん、つーちゃんの田中一家がやってきたので、佐渡以来の再開を祝って乾杯。本当にこのメンバーとイタリアで会っているという状況がもうおもしろい。
藍ちゃんがカフェ・オレっぽいものを飲んでいたので、なんと注文したの
か聞いたら、カフェ・マキアート(Caffè macchiato)とのこと。明日はそれ
にしてみよう。
ジョニーさんが「このパン、おいしいですよ」と一口くれた真っ赤なピザパンは、イタリアにおけるトマトの本気度を感じさせてくれた。日本とはトマトの味がまったく違うとよく聞くが、こういうことなのかと実感する。
ゆっくりしていたら足を蚊に食われまくった。
会場はとても広かった
八時半にロビー集合。今回の参加メンバーをまったく把握していなかったのだが、藁細工と餅つきとチンドン屋以外にも、仙丸さん夫婦などの大道芸人、飴細工職人、独楽職人、書道家や華道家など、日本にいてもあまり出会うことのない濃度のメンバーが揃っていた。総勢二十名くらいだろうか。
タケちゃんから誰が誰なのかをコソコソと探りつつ、送迎用バスへ移動。道沿いの街路樹や雑草が、日本とは違ったり同じだったりした。あと犬のウンコが多い。
バスは日本人以外の関係者が泊まっているホテルをいくつか回りながら、イベントが行われる会場へと向かった。
車窓から見えるナポリの景色は、当たり前だが日本とはまったく違うもので、これが俺の『世界の車窓』だなと思った。山が見えては写真を撮り、海が見えては歓声を上げた。一応仕事場へ向かっているのだが、みんなでバス移動ということもあって、気持ち的には遠足感がものすごく強い。
これはまったく知らなかったのだが、ナポリの人はサッカーのマラドーナ選手が大好きだそうで(マラドーナが絶頂期にSSCナポリ所属だったため)、街のそこら中にマラドーナの写真や背番号10のユニフォームが掲げられていた。
ホテルから会場まではまあまあ遠く、他のホテルを経由しているというのもあって、四十分強の時間をかけて到着。行きも帰りも、バスに乗り遅れたら一人では辿りつけなそうな距離なのが怖い。
会場は『Mostra d'Oltremare』という巨大展示場で、日本で言えばコミケとタイフェスを同時開催できてしまうくらいの規模感がある。
イベント全体の名前が『NAPOLI INCONTRA IL MONDO(ナポリ、世界と出会う)』で、その中に『FESTIVAL DELL'ORIENTE(東洋の祭り)』という括りの催しがあり、その一角にある『AREA MOCHI』が、餅つき&藁細工のブースであることは、翌日に拾ったチラシでようやく把握した。
この時点では、ここがどんな場所で、どんなイベントが行われるのか、まったくわかっていなかった。それがバイトというものだ。
これもだいぶ後になって聞いた話だが、『FESTIVAL DELL'ORIENTE』は十年の歴史があり、イタリアの各都市を年一回ずつ巡っているイベント。
まず仙丸さん夫婦が二〇一八年から参加し、翌年にタケちゃん達がそこに誘われて、だんだんと日本人メンバーが増えて、現在に至っているらしい。
会場には設置場所を示す赤い絨毯が引かれていた。その近くに置かれ
たカーゴから、山積みにされた荷物を降ろし、タケちゃんの指示で設営作
業をしていく。私は大学の文化祭におけるサークルの一年生みたいな立場なので、ここが最終的にどうなるのかをまったくわかっていない。引っ越し
てきたばかりで駆り出された村祭りの手伝いっぽさ。
まだメンバーをほとんど把握していないので、この人は一体何者なのだろ
うと探りながら、みんなで重い荷物を運んだりする。
ナポリのスーパーは生ハムとチーズがすごかった
十三時から昼休憩。タケちゃんが少し歩いたところにある『Flor do Cafè』というスーパーまで行くというので、ついていってみることにした。旅の楽しみといえば、なんといっても現地スーパーの食品売り場巡りだ。
さすがはイタリアのスーパー、生ハムとチーズの売り場がとんでもなかった。どこにでもありそうな中規模スーパーなのに、日本の高級デパ地下よりもずっと豊富な品揃えなのである。
何本もぶら下がった生ハムの原木、太鼓や瓢箪みたいな巨大チーズに心がときめきまくる。もちろんカットされたものも山積みだ。精肉売り場には赤身が眩しい牛肉が、青果売り場には色も形も様々なトマトなどが並んでいる。飲み物もお菓子もお惣菜もすべてが輝いて見えて、このスーパーをうろうろしているだけで昼休みが、いや今日という日が終わってしまいそうになる。やっぱりイタリアに来てよかったと心の中でガッツポーズ。
いつまでも迷っていたかったけど、とりあえず適当に昼食を買って、レッドブルを飲みながら会場へと戻った。
私が購入したのは、お惣菜コーナーで店の方に勧められたペンネ(パンの
サービス付き)、チョコレート入りのプレーンヨーグルト、なにかがゼロであると書かれたマンゴーとリンゴのジュースなど。適当にすませる場合のイタリアのランチっぽくて満足。ここにおすそ分けとして、原木から切りたての生ハム、衣が独特なイワシのフライ、厚切りのポテトチップス、フレッシュなブドウなどが加わるという最高の布陣。
食べているものはバリバリにイタリアなのだが、目の前にいるメンバーは佐渡島でいつも会う人達ばかりというギャップ。カニやブリが生ハムやチーズに変わっただけ。ここは日本と七時間の時差があるパラレルワールドなのだろうか。
これが餅つきと藁細工のステージだ
設営が一通り終わったところで、餅つきと藁細工のチームはステージの稽
古。
餅チームはムトちゃん、ジョニーさん、藍ちゃん、東京からやってきた石井さん(後で登場する若き飴細工職人の美桜ちゃんのおかあさん)。
藁チームはタケちゃん、つーちゃん、そして私。
どちらのステージもタケちゃんの趣味が全開で、佐渡島南部の伝統文化を十五分ほどにまとめたものとなっている。
餅チームの内容は、豊穣の舞みたいなやつをみんなで踊って、蒸したもち米を杵と臼でヨイショヨイショとつき、きなこをまぶして観客に配るという大人気コンテンツ。
対して藁チームは、田んぼへの感謝から始まり、田起こし、田植え、草むしり、稲刈り、千歯扱ぎによる脱穀、藁打ち、縄綯い、束子作りという一連の流れを寸劇で説明しながら、日本人でもなかなか知らない藁細工文化をイタリア語で紹介するというマニアックな内容で、このために大量の藁をわざわざ日本から運んできているという凝り様である。
もっといえば、この藁はタケちゃんとムトちゃんが佐渡の田んぼで自ら育てた稲藁なのだ。意識が高すぎるぜ。
夕飯はピザかパスタの二択だった。
そんなこんなで設営作業と舞台稽古を終えて、二十時頃にバスでホテルへとヘトヘトで帰還。
夕ごはんは一階のレストランでいただくのだが、メニューはお好きなピザを一枚か、日替わりパスタ=プリモ(Primo)と肉料理=セコンド(Secondo)の二択とのこと。
水(Acqua)は炭酸無しのナチュラーレ(Naturale)か、炭酸有りのフリッツァンテ(Frizzante)を選ぶ。
ナポリ滞在中、土日のイベント開催日以外は毎日ここで夕飯となる。もし食べ飽きたら、他所へ行って自腹で食べるのは自由。
昨日がピザだったので今日はパスタを頼んだら、グリングリンに捩じられたショートパスタにトマトのソースを絡めたものが出てきて、これが驚きのうまさだった。
よく見ればただのトマトソースではなく、エビなどの魚介が潰し気味に混ぜ込まれていて、その旨味がパスタの溝に入り込んでいるのだ。もちろんトマトの濃さがあってのこと。味と見た目を引き締めるフレッシュハーブの使い方も見事。このクオリティがイタリアにおける普通のパスタなのだろうか。
セコンドは塩だけで味付けした鶏むね肉のソテーと、オリーブオイルと塩だけのレタスサラダ。ザ・シンプル。
同席した人が頼んだクアットロナントカというピザは、ハム、キノコ、サラミ、アーティーチョークなどが乗った豪華版。一人で一枚は食べきれないからと、アーティーチョーク部分を少しもらったのだが、日本のピザではまず味わえないほろ苦さでおもしろい。食感はタケノコの姫皮部分、味は山菜とちょっと似ている。そして焼き立てのピザはやっぱりうまい。
この豪華ピザがたった6ユーロで、一番安いピザなら3ユーロ。日本円で500円程度なのに、薪釡で焼いた本格ナポリピザが出てくるのだからすごい。我々は夕飯込みのプランなので、別に値段を気にする必要はないのだけれど。
イタリアの物価を心配していたのだが、少なくとも地元の人が日常的に食べているものであれば、そこまでお金の心配をしなくても大丈夫そうである。昼に訪れたスーパーも、もちろん選ぶ商品にもよるが、平均すれば日本とそれほど変わらない印象だった。
ベッカムにちょっと似ているウェイターのお兄さんが、「いいか、チップはこうやって渡すんだぞ!」と、自前の5ユーロ札を使いつつイタリア語で力説した。毎日通うことになる店だからこそ、チップを払うか迷うところだよね〜とみんなで相談しつつ、とりあえず愛想笑いでお茶を濁す。なかなか難しいところである。
部屋に戻ってシャワーを浴びていたら強めに肘をぶつけた。電話ボックスくらいの狭さに体が慣れない。
チャオくらいの気軽さで鳴らされる陽気なクラクション、ピロピローというパトカーのサイレン音を聞きながら就寝。今日は疲れた。
本日のオンラインアルバム
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詳細情報・ご購入先
※同人誌「芸能一座と行くイタリア(ナポリ&ペルージャ)25泊29日の旅日記」のNote版です。紙の本や電子書籍に関する詳しい情報は以下よりどうぞ。
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芸能一座と行くイタリア25泊29日の旅日記
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