九月九日(土)ナポリのイベント初日
本日の朝ごはん
本番初日。七時半に迎えのバスが来るそうなので、余裕をみて六時には起きて準備をする。私よりも早く起きた柿崎さんは、すでに派手な着物を着て舞台役者みたいなフルメイクをしていた。本当にここはイタリアなのか。
チンドン屋の格好をした柿崎さんと朝食へ。その姿で店員さんにチャオと挨拶していた。そして注文するのは緑茶と握り飯ではなくカッフェとクロ
ワッサン。
昨日、藍ちゃんが飲んでいたカフェ・オレっぽいやつを注文すべく、カフェ・マキアートを照れつつもお願いしたが、小さなガラスの器に入れられたカッフェに、泡状の温かいスチームミルクが乗ったものが出てきた。なぜだ。
パンはなにかが挟まっているらしき細長いやつをチョイス。中身はチーズ
と輪切りの辛いソーセージだった。
蚊に刺されないように靴下を履いていたのだが、その上からしっかりと刺されていた。ナポリの蚊はなかなかガッツがあるらしい。イタリアにも虫よけスプレーは売っているのだろうか。
とうとうイベントがスタートした
バスに乗り込んで会場へ。せっかくなので景色がよく見える左側の窓際席をキープする。昨日と同じルートなので遠足気分はだいぶ薄れているが、それでも食い入るように外を眺めた。
八時四五分に会場到着。藁細工ステージの衣装である浴衣に着替え、なんやかんや大慌てで準備をしていたら、十時の開場時間を迎えた。いよいよイベントの始まりだ。
すぐに入り口側からたくさんの人が流れ込んできて、その中にチンドン屋の二人が見えた。黄色い着物の野仲さんがチンチンドンドンと鳴り物を叩き、青い着物の柿崎さんがクラリネットでメロディを奏でている。
曲を知らなくても踊りたくなる『東京音頭』に『お祭りマンボ』、千と千尋の神隠しの『いつも何度でも』やエヴァンゲリオンの『残酷な天使のテーゼ』といったアニメソング。さらには部屋でずっと練習していたご当地ソングの『フニクリ・フニクラ』と『サンタルチア』。なぜか『情熱大陸』のテーマソングまで聞こえてきた。チンドン屋を生で観るのはおそらく生まれて初めてだが、それがナポリになるなんて。しかも同じ部屋で寝泊まりしているのだ。
見た目がとても派手なので、一緒に写真を撮る商売をしたら儲かりそうだが、チンドン屋はあくまで広告業なので、大道芸人などと違ってクライアントからの依頼に答えるのがお仕事。そのため来場客に写真をねだられても、基本的にチップをもらうようなことはしないそうだ。それがチンドン屋の秩次なのだと教わった。
屋台では飴細工職人の吉原さんと美桜ちゃんが、見事な手さばきで動物や花などを作り上げる。独楽職人の伊藤さんとあやこさんは、轆轤(ろくろ)を使って木を削るところから実演している。どちらも日本人の私が見ても惚れ惚れする伝統の技。その間で仙丸さんが、イタリア語で作ったおみくじを売っているというのもおもしろい。
この豪華パッケージをよくぞイタリアで実現させましたねと、心の中で拍手を送らせていただく。これぞまさに大人の文化祭、日本文化をイタリアに伝えるお祭りだ。
物販をするのが難しい
呑気に感心ばかりもしていられない。藁細工のステージは一日三回なのだが、それ以外の時間も仕事はある。タケちゃんが仕入れてきた、七福神や干支のキーホルダー、浮世絵、妖怪の根付、絵葉書、手ぬぐい、メンコ、なめ猫のカードなど、日本を感じさせてくれるグッズの物物販係が交代で回ってくるのだ。
基本的にはお金を受け取って商品を渡せばいいだけの簡単なお仕事だが、言葉がまったくわからないのだから大変だ。急遽1〜10の読み方を書いたカンニングペーパーを用意して、それ以上は電卓で数字を打って見せるという運用方法を導入。
その上で使い慣れていないユーロのお金をやり取りするのだが、偽札を掴まされることがあるので専用ペンでチェックもしなければならない。私に備わっている機能は自動販売機と同じレベルなので、多くは望まないでいただければ幸いだ。
お客さんに話しかけられて困るたびに、胃をキリキリさせながらイタリア語が話せるタケちゃんに交代してもらう。使えないバイトですみません。スマホでなんとかなる部分もあるが、ならない部分のほうが多い。日本の外国料理店などでも日本語が通じる店員とまったく通じない店員がいるけれど、私は完全に後者なのである。
タケちゃんがいない時間は、できるだけお客さんと目が合わないようにした。戻ってきたタケちゃんにそのことを話すと、「わからなかったら、ノン
イタリアーノ(Non italiano=イタリア語は無理)とか、ノンカピート(Non capisco=わかりません)って言えばいいから」と笑った。
こういう体験を一度でもすると、膨大な種類の業務が発生する日本のコンビニで働いている外国人のすごさがよくわかる。
異国の地で働くって大変だなと思わずにいられないのだが、それでもここは『FESTIVAL DELL'ORIENTE』のイベント会場。わざわざ入場料を払って東洋の文化に触れようと来ている人ばかりなので、基本的にみんな日本人に対してすごく優しい。日本のアニメやラーメンのTシャツを着ている人、日本語のタトゥー(七転び八起きとか)を入れている人も多い。
そんな彼らにとって、この場にいる私は日本人代表の一人なのだという自覚を持ち、日本という国に対してがっかりさせないように、普段は誰にも見せない精一杯の笑顔での接客を心掛けた。
「チャオ」と「グラッチェ」を恥ずかしがらず発声し、さらに「こんにちは」や「ありがとう」と日本語でも伝える。
日本の文化に興味を持ってもらうことが、こんなにも嬉しいことだとは
思わなかった。
藁細工ステージの本番に挑む!
とうとうショータイムの時間が到来。順番は餅が先、藁が後。開始時間に合わせて、チンドン屋の二人がたくさんのお客さん達を引き連れて、餅つきのステージ前へとやってきた。さすがは広告業である。
大観衆が見守る中、ヨイショヨイショと餅をつき上げ、ドウゾドウゾときな粉をまぶした小さな餅を配る。イタリア人の味覚に合わせて、きな粉に加える砂糖はかなり多めにしているそうだ。餅つき、予想以上に大人気である。
続いては藁細工のステージ。私の役割をカレー屋に例えるなら、サラダ作りや盛り付け係みたいな役どころだが、それでもすっかり緊張してしまい、なにがどうなったのかすっかり記憶にないけれど、観てくれたイタリア人にとっては正解もなにもないということを心の支えに、どうにかこうにか農閑期になると藁を綯って実用品を作る米農家の役を演じ、ちょっと不格好な束子を作り上げることができた。
ただ三回目のショーでは大失態をしてしまった。飴細工職人の吉原さんにイカの飴を作ってもらい、ご機嫌で持ち場に戻ってきたら、なんと藁細工ショーが始まっていたのである。楽屋に貼ってあったタイムスケジュールと、ステージ前に書かれていた時間が違ったのだ。
大慌てで飴を置き、シレっと舞台に加わって束子を作る。
タケちゃんは怒ることなくニヤニヤしていた。すみません。
しっかりとイベントを堪能する
ステージの合間に店番をして、交代で休憩しつつイベントを見学する。現地の方が用意したであろう日本の風景セットは、『日本村』と書かれた鳥居、忠犬ハチ公、宮本武蔵などが並んでいた。日本人から見ると若干違和感があったり、ちょっと安っぽかったりみえるかもしれないが、今の私は一応出演者側なので、「こんなにも日本文化を取り上げてくれてありがとう!」という応援モードになっている。
今回のイベントの大枠は『NAPOLI INCONTRA IL MONDO』。日本、中国、インド、韓国、タイなどの国々が並ぶ『FESTIVAL DELL'ORIENTE』だけでなく、バグパイプがいるロックバンドが爆音で演奏するアイルランドブース、ビールを売りまくるオクトーバーフェストのドイツブース、プロレスのリングが設置されたアメリカブース、みんなでサンバを踊るラテンアメリカブースなども、同じ会場の中でそれぞれのお祭りを盛大にやっていた。客としてじっくり見たい一大イベントだ。
それを見学している私が『ザ・日本人』というコスプレ的な恰好なので、お客さんから「コンニチハ!」と挨拶されることもあった。普段知らない人に挨拶をされることがあまりないので固まってしまったが、そこは元気に「こんにちは!」と返すべきだったなと今も反省している。
昼食と夕食用に、会場内で使えるミールチケットという食券が配られた。自分で好きな料理と引き換えてくるシステムなのだが、このチケットがどのお店のどの料理に使えるかを誰もちゃんと把握しておらず、手探りで集めた情報をみんなで共有するという構図が、ちょっとした宝探しみたいでおもしろかった。
スリランカ料理の店で豆とチキンのカレー、インドのストリートフード屋さんでハンバーガーを無事にゲット。
イベントは夜遅くまでやっているようだが、私は二十時にピストン輸送しているバスに乗せてもらい、様々な国の人と一緒にホテルへと戻った。最後まで残るタケちゃん達は、どうやら午前様のようである。
シャワーを浴びてそろそろ寝ようとした二二時、外からパーンパーンという音が聞こえた。ナポリなので銃声かと焦ったが、それにしては連発している。
もしやと思ってベランダに出ると、遠くで打ち上げ花火が輝いていた。
本日のオンラインアルバム
https://photos.app.goo.gl/RwQqsuLVEyJNkPtw8
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※同人誌「芸能一座と行くイタリア(ナポリ&ペルージャ)25泊29日の旅日記」のNote版です。紙の本や電子書籍に関する詳しい情報は以下よりどうぞ。
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芸能一座と行くイタリア25泊29日の旅日記
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