そのラーメン屋は、半ライスの量がたまに多い
そのラーメン屋では、ライスが無料でついてくる。ライスのサイズは半ライスと普通盛りの2種類から選択できる。ここで浮上する問題が、「半ライス問題」である。
半ライス問題は二重構造を孕んでいる。第一に、近頃の僕は体型が気になる。ふと気づけば身体中に見慣れぬ肉がびっしりついていて、ジャンプするとぷよりぷより揺れる。ここ半年、食べたいものを、食べたいだけ食べてきた横暴の歴史が、脂肪という名の年表に刻まれている。でもだからといって、ラーメンを食べることをやめたりしない。なぜならラーメンはおいしいから。とてもおいしいから。
そうは言ってもせめて、ライスだけは控えた方がいい。ラーメンとライスの組み合わせは、本当に太るぞ。学生時代から20kg太ったという友人が、腹をさすりながら僕を諭す。彼に言われると説得力があるけど、僕だってそんなことはわかっている。僕にも理性というものがあるのだ。だけど。
ここで現れるのが、「半ライス」という選択なのだ。普通盛りのライスであれば、そりゃあ僕も我慢する。もう少し痩せた時の楽しみに、とっておくことができる。けれども、「半」である。半、ならいいんじゃないか。半、なら大した影響はないんじゃないか。ていうか半って、逆に考えれば半分我慢していると言えるんじゃないか。だとしたらむしろ偉い。そんな詭弁を打ち立てる。
で、食べる。
で、うまい。
めちゃくちゃうまい。ラーメンとライスって、なんでこんなに合うのだろう。
キリッと背伸びした海苔をスープに浸す。どろりとしたスープを全身で浴びた海苔はすっかりしおらしくなっちゃって、そのまま赤子を抱きしめるように、優しく白米を包みこむ。その塊を口に放り込んだ瞬間に油、糖質、磯の香り。いろんな情報がいっぺんに飛び込んできて、処理しきれない僕の脳はスパークする。激烈にうめえ!
そしてまた体重計に乗って、頭を抱える。
これが「半ライス問題」の第一層である。
そして第二層は、より深刻だ。この店の半ライス、どうもたまに量が多いのだ。過去に何度か普通盛りを注文したが、それと見分けがつかないくらい盛られていることがある。茶碗にたっぷりよそわれた白米は、明らかに半分の量ではない。
半ライスだから英断を下したのに、なし崩し的に普通盛りライスを食べてしまう。でもやっぱりおいしいから、綺麗さっぱり平らげる。このコンボが何度も炸裂して、僕の胃袋は日に日に拡張されてくのだ。おいし困った。
それにしても、なぜ半ライスの量がたまに多いのだろう。そんな違和感をはっきりとした疑問に変える事件が、ある日に起きた。
半ライスへのクレーム
いつものようにカウンター席で半ライスを待っていたところ、横に座っているおじさんが急に怒りだした。
「半ライスの量が少なすぎる」とおじさんは主張している。
これには驚かされた。普通盛りという選択肢を捨てた上で、わざわざ半ライスを注文しているはず。にもかかわらず、その量が少ないと文句をつけている。
なんて理不尽なクレームだという戸惑いと同時に、「半ライスとは果たして何か?」という疑問が頭の中でくるくると回った。
半ライスとは、茶碗の大きさに対する相対的な指標だ。案の定、髭面の店長は「この茶碗で1杯なんで、半分はこれだけなんですよ」と説明している。店長の言うことはもっともに思える。
しかしながら、おじさんは断固として譲らない。「半ライスはもっと多い」と主張する。半分が多いとはどういうことか。おじさんの中で、半ライスとはかくあるべき、という半ライスのイデアがあり、それに長広舌をふるっていた。
ついに店長は面倒になったのか、おじさんに普通盛りのライスを差し出した。おじさんは満足そうにライスを頬張っていた。ついでにそのあと運ばれてきた僕の半ライスも、つられてかなりの量になった。僕はおじさんと横並びになって、一緒に魅惑の白飯をかっこむ。
半ライスとはなにか?
なぜこの店では、半ライスの量がたまに多いのか?
疑問は消えるどころか、ますます僕の意識を占有するようになった。この事件をきっかけに、僕は半ライスに関する調査を開始した。
主要チェーン店における半ライスの量
最初に、主要ラーメンチェーン店における半ライスの量を調べてみる。対象は「gooランキング」及び「みんなのランキング」に掲載されているラーメンチェーン店のうち、自社Webサイトを保有している65店だ。
各社のサイトにおいて、半ライスの量が表記されているか手動で確認していく。しかし思いのほか、半ライス自体がメニューに載っていない。実際の店舗では販売されていても、あくまでサブメニューである半ライスは省略されているケースが多いのだ。
結局65店のうち、ライスをサイズ別に掲載しているのは18店しかなかった。うち13店が半ライス、5店が小ライスであった。ラーメン屋においては、やはり半ライスの方が小ライスよりも主流のようだ。
さらにその中で、半ライスの量(正確にはカロリー数)が掲載されているのは「くるまやラーメン」「ラーメン山岡家」「日高屋」の3店だけだった。サンプル数が少なすぎるが、各店における半ライスのカロリー数をグラムに変換してみる。
- くるまやラーメン:130g
- ラーメン山岡家:180g
- 日高屋:140g
(100g = 168kcalで換算)
バラバラである。当たり前か。だがこのバラバラの数字に対し、とある別の変数を計算に加えると不思議なことが起こる。その数字とは、「普通盛りライスの量」である。それぞれの店において、「半ライスの量は、普通盛りライスの何%に相当するのか?」を算出するのだ。すると...
- ラーメン山岡家:64.5%
- 日高屋:63.7%
- くるまやラーメン:64.9%
全てほぼ64%。3店舗の半ライスの量自体はバラバラだが、全ての店において、普通盛りライスの64%が半ライスの量として設定されていた。半ライスは、正確には「64%ライス」だったのである。
ちなみに「小ライス」の量が表記されている店も2店あったので、同じく割合を調べてみると、それぞれ「50%」「54%」だった。この限られたサンプル数から言えることは、小ライスの方が半ライスより少ない。そして小ライスの方が、半ライスより半分に近い。日本語は難しい。
半ライスの量を判定する
さて、話を「そのラーメン屋」に戻そう。一般的な半ライスのマジックナンバーが「64%」であることがわかったが、果たして同様に当てはまるのか。
まずはこちらが、この店での「普通盛りライス」の量だ。
そしてこれを、半ライスの量と比較する。この店では普通盛りの時と半ライスの時で同じ茶碗を用いているので、その比率が64%に近いか見てみよう。
右側は、とある日の半ライスだ。器の内線ギリギリまでに盛られた普通盛りライスと比較すると、ちょうど6〜7割くらいの量に見える。これは適正サイズと言えるのではないか。
一方、多めによそわれた日の半ライスがこちらだ。
多い。もはや普通盛りライスと見分けがつかない。これは明らかに半ライスを逸脱している。
この差はどこから生まれるのであろうか。今度はそのラーメン屋で半ライスを注文するたびに、量を記録してみることにした。と言っても店に重量計を持参するわけにもいかないので、独自の採点方式を用いることにする。僕の目分量と、AIによる機械学習をもとに採点される。200点満点で、満点に近いほど半ライスに近い。
・目分量:理想的な64%の半ライスを100点満点として、見た目で採点する
・AIの機械学習:ネット上に落ちている半ライスの画像と普通盛りライスの画像を学習させて、何ライスかを判定するAIを作成した。こちらである。
先ほど最初に例に出した、適正サイズだと思われる半ライスの点数。
かなりの高得点である。AIもご満悦だ。
一方で、2つめの例に出した、多めによそわれたこちらの半ライスの点数。
低い。AIもかなりの辛口採点。これはほぼ普通盛りライスだと言えよう。
ちなみに何度か試してみたが、この指標は器に盛られた量が少なければ少ないほど、点数は高くなる(=半ライスに近い)傾向にある。200点満点中、120点もあれば、立派な半ライスだ。僕の主観が多分に含まれているし、その正確性は甚だ不明だが、変化を測るための目安として使ってみることにする。
では本題だ。なぜ、そのラーメン屋ではたまに半ライスが多いのか。その違いはどこから生まれるのか。僕は1つの仮説を立てた。
仮説:店員による好み
半ライスを盛りつけるのは、人だ。半ライスも結局、人だ。だから僕の仮説は、担当する店員によって、半ライスの量が左右されているのでは?というものだった。
僕の観測範囲では、この店には3人の店員がいる。
1. バンダナの女性:平日夜に大体いる
2. 髭の店長:いつもいる
3. マッチョの男性:休日にいる
それぞれの勤務日に3食ずつ半ライスを注文することで、量に差が出るのかを検証してみたい。
1. バンダナの女性
平日夜は、大体この女性と店長がセットでいる。頭に巻いた赤いバンダナが印象的で、いつもハキハキした声で注文を確認する。火、木、金と一気に週3度訪れてみたら、いずれも彼女が半ライスを盛りつけてくれた。
細い腕で大きな炊飯器の蓋を持ち上げ、腰を入れて杓文字で米を混ぜ返す。蒸気がぶわっとあがり、彼女の顔が一種見えなくなる。再びその姿を現した時には、白く輝く半ライスが茶碗に盛りつけられていた。
ラーメンに手をつけず、いきなり米からいく。箸の先で白い山をほろりと崩し、ひとつまみを口に入れる。噛む。ほのかな甘味がじんわり広がる。急いで箸をレンゲに持ち替え、濃厚なスープをすくう。レンゲに浮かぶ泉に蛍光灯が反射し、キラキラと光った。すする。弾ける。たまらない。喉から食道、胃へと、幸福が流れていく。
そうして3度の贅沢を味わった結果は、以下の通りだ。
- バンダナの女性 1回目:96点
- バンダナの女性 2回目:114点
- バンダナの女性 3回目:47点
点数は伸び悩んでいる。つまりこの女性が盛りつけると、量が多めの傾向になるのだろうか。だがこの程度は誤差の範囲な気もする。いずれの半ライスも格別だったが、まだ疑問を払拭することはできない。
2. 髭の店長
平日の昼間には、店長が一人でいることが多い。頬まで生えた髭がトレードマークで、店内にも半分髭で構成された似顔絵が飾られている。強面の風貌とは裏腹に、顔をくしゃりと曲げて笑う。
今日の注文では、ラーメンのほうれん草を大盛りにした。こいつらを一度どんぶりの底に沈め、たっぷりとスープを吸わせてから半ライスにちょんと乗っける。さらにその横に、カウンターに置かれた高菜の漬物を添える。完成だ。一気にいく。いつもの風味に加え、高菜のコリコリとした歯応えが食欲を刺激する。食べながらヨダレが出そうである。キンキンに冷えた氷水を流し込んだら、ため息が漏れ出た。もうこれなしじゃ生きていけない。
髭店長のもとに2回訪れた結果が、こちらだ。
- 店長 1回目:135点
- 店長 2回目:155点
いずれも高得点。さすが店長である。やはり店長がよそう半ライスは適正量で、他の店員が盛りつけた時に多めになりがちなのだろうか。早くも仮説立証となるか?
そうして3度目。
- 店長 3回目:30点
低すぎる。あれ?今までで最低得点である。器にもられた半ライスの量は、パッと見ても明らかに多い。調査は振り出しに戻った。
3. マッチョな男性
マッチョな男性。すごくマッチョだ。休日になると彼がいる、はずだった。
この調査を開始した途端、休日に訪れても、マッチョな店員が全然いないのである。辞めてしまったのだろうか。数度店に行ってみても、店長が一人でいるか、以前は平日だけだったバンダナの女性が働いているところにも遭遇した。
こうして最後までマッチョな店員に遭遇することはできず、代わりに追加で店長に3回、バンダナの女性に1回、それぞれ半ライスを盛りつけてもらった。おかげで、むこうから半ライスを提案されるようになった。店長は顔をほころばせて、「半ライスっすね」と笑う。そんな笑顔を見せられたら、イエスと答えるしかあるまい。点数は以下の通り。
- 店長 4回目:128点
- 店長 5回目:78点
- バンダナの女性 4回目:166点
- 店長 6回目:132点
計10回の結果をまとめると、こうなる。
あんまり変わんねぇ〜。僕の編み出した指標がポンコツである可能性も否めないが、これでは何も言えない気がする。
やっぱり、理由なんてないのだろうか。落ち込む気持ちを半ライスで埋める。ラーメンのお供に半ライスを食べているのか、半ライスのお供にラーメンを食べているのか、もうわからない。ラーメンはいつも同じ量なのに、なぜ半ライスだけこうも違うのか。そのミステリアスさが、ますます僕を半ライスの虜にする。今やほかのラーメン屋に行っても半ライスを注文するのが当たり前、半ライスなしでラーメンを食べるなんて、考えられない。
結局、担当者が原因だという説は立証されなかった。
仮説2:注文する時間帯
困った。ほかに仮説を用意していなくて、あとはもう時間帯で分類してみるくらいしかない。
例えば、閉店時間に近づくにつれ、炊飯器を空にするインセンティブが働くのではないか。つまり閉店間際には、ライスの量が増えるのではないか。
あるいは、混雑する時間帯にも、半ライスの量がぶれるのではないか。忙しくて、盛りつけ方が雑になってしまうのではないか。
そんなことを祈りながら、10食分の半ライスを時刻別にプロットしてみた。
あ、ダメだ。特に傾向は見えない。この仮説も失敗だ。
やはりあれか。マッチョの店員か。彼を計測できていないのが問題なのだろうか。彼に盛りつけてもらうまで、記録を続けるべきだろうか。しかしそんなことをしていると、僕自身の体はどんどんマッチョから遠ざかってしまう。マッチョのジレンマである。
半ライスの真実
半ライスが多くなる理由が、全然わからない。困り果てていたその時、思い出した。そういえば、ライター仲間の「逆襲」さんという方が、ラーメン店で働く日々を漫画にしている。
この人に聞けば、なにかヒントを得られるのではないか。少しでも真相に近づきたくて、逆襲さんに尋ねてみた。久々の会話が「半ライスありますか?」なのはどうかと思うが、他に頼れるツテがないので仕方がない。
逆襲さんからは、すぐに返信が返ってきた。
半ライスあります!
あった。小ライスだったらどうしようかと心配していたので、安心した。
さて、気になるのは逆襲さんの店では半ライスの量をどうやって計っているのか、ということである。すると逆襲さんは...
私はなんとなく勘で軽めによそってます!
なんとなくだった。
やはり半ライスは、なんとなくよそわれていたのだ。
働き始めはちゃんと定義があって厳しい人と一緒だと計るフリをしていましたが、年月が経ち今は全員気にしないでなんとなくよそっています!
年月が経つと、全員なんとなくになるらしい。
半ライスの核心が見えてきた気がする。
僕は呼吸を整えて、最大の疑問を逆襲さんにぶつけてみた...。
「半ライスを思わず多めに入れちゃう時って、どんな時ですか...?」
大盛りライスや丼もののご飯をよそったあとはクセで多めに入れてしまいます!
僕は頭をレンゲでガツンと殴られたような気分になった。
フラッシュバックするのは、あの日、半ライスが少ない、と怒り狂っていたおじさんの姿。あのとき僕の分までライスの量を増やされた事件は、すっかりイレギュラーケースだと思っていた。でもそこに本質が隠れていたのだ。
大盛りライスや丼ものをよそったあとには、そのままの慣性で多めに入れてしまう。つまり、半ライスの量を大きく左右するのは、「その直前の注文」にあったのではないか。
また逆襲さんによれば、忙しいときは半ライスの量がぶれてしまうこともあるという。やはり時間帯も関係してくるようだ。さらに、半ライスが少ない場合はクレームに繋がるリスクがあるため、どちらかというと多めによそう可能性が高いという。あのクレームを入れたおじさんは、決して珍しい部類ではなかったのである。一杯の半ライスには、さまざまな事情と配慮が込められていたのだ。
それにしても、灯台下暗しとはこのことだ。10食を記録する前に、記憶を掘り下げるべきだった。変な数字をこねくり回すんじゃなくて、最初から人に聞けばよかった。こうして半ライスをめぐる旅は、一旦の幕を閉じた。
果たして僕の追いかけた10杯の半ライスは、無駄ライスだったのだろうか。いや、そんなことはない。スープを浸した海苔で巻いて、あるいはそのまま、あるいはほうれん草を乗せて。あるいは漬物と一緒に、あるいは煮卵の黄身を垂らして、あるいはスープをかけて。
10杯の半ライスは、文字通り僕の血肉となった。特に肉になった。所詮はサブメニュー、できれば注文を避けるべきだなんて思っていた半ライスは、いまではなくてはならない存在だ。むしろ半ライスを食べるために、ラーメン屋に通っていると言っても過言ではない。
ラーメン屋に行ったら、必ず半ライスを注文する。その結果、普通盛りを食べてしまう。それでいいんだ。二層からなる「半ライス問題」は、炊飯器を杓文字でまぜ返すみたいに、根底から覆って解決した。これから僕は自信を持って、半ライスを注文する。
◇
後日。20kg太った友人にこの話をしたら、自分も行きたいと言い出した。そこで彼と一緒に、再びそのラーメン屋を訪れた。
友人は先に着席し、普通盛りライスを注文する。
その直後、僕は半ライスを注文する。
出てきた半ライスは....
そこそこ多い。気がする。
でも、もう点数をつけたりはしない。どうだっていい。半ライスは、おいしい。おいしいから、たくさん食べる。今日は、走って帰る。
店を出た僕らは、重たい身体を引きずりながら、夕日の沈む坂道を一緒に駆け上がって行った。
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※観察記録たちが書籍になりました。「10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい(河出書房新社)」という本です。紅茶を10年観察したり、ドコモの取扱説明書を554冊読んだり、きかんしゃトーマスを490話観たりしています。よければぜひ。
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※このnoteは、「AJINOMOTO PARK」編集部×noteの「#おいしいはたのしい」コンテストの参考作品として、書かせていただきました。
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