これは私がまだ中学生だったころの話なんですけど。
私の学校はS県の山奥にある小さな学校で、
バスも殆ど出ておらず、
まだ中学生で免許がとれない殆どの
子供は親の運転で送り迎えして
貰っていたんです。
なかには凄い朝早くから山を越えてくるような
気合の入った子もいたんですけど、
まあ大半の子は親に送ってもらってて。
だから結構親の都合で出てこれない子もいたんですね。
仲が良いってほどじゃないけど、一緒の班でそれなりに
話したりするSちゃんがその日来なかったのも、
「ああ、お母さん風邪か何かでこれなかったのかな」
くらいに思ってたんです。
いわゆる一般的な学校に比べて突然の休みが多いのって
日常で。全然気にもとめなかったんですよね。
あの日、あの事件が起きるまでは。



「ねえ、しってる?」

また噂好きのSさんのオカルト話の前フリが始まった。
その時はそう思って内心げっそりしてました。
正直私はあんまり怖い話が得意ではなかったし、
だからこそ怖がる私を面白がってSさんは結構な頻度で
新しいホラーじみた話を持ってきてたんです。
空に浮かぶ尻が人におならをかけて回るとか、
国道に出没する走る黒い尻につかまると異世界に連れていかれるとか。
ああ、やだなあ。また寝るときに思い出しちゃう。
かといって邪見にするわけにもいかず、
申し訳程度の愛想笑いをしながら「やめてよ~」なんて
返すくらいしか私にはできませんでした。

「Sちゃんさ、ここのところ必ず金曜日に休んでるじゃない?」

言われてみれば、と思いました。
確かに今日も金曜日だし。
でも別に送り迎えしてくれてるお母さんが金曜日にだけ
何か用事があるだけなんじゃないかと。
そんなことで思わせぶりに話をはじめるなんて
いよいよネタ切れなのかな、と内心ほっとしていたんです。
そして私の予想は当たっていたんです。
Sちゃんのお母さんは金曜日に用事があったんです。

「Sちゃんが金曜日に必ず休むのってさ。
 なんでもSちゃんのお母さんが
 変な宗教に入って金曜日に集会があるからなんだって」

きなくさい話だなあ、と思ったけど。
そこは人それぞれ家庭の事情があるんだし。
当時中学生の私はまだ宗教の問題がどうだとか、
そういう難しいことはわからなかったので、
そんなの人の家の勝手じゃない。
そう思っていました。

「そのSちゃんのお母さんが入ってる宗教が結構ヤバいとこらしくてさ。
 噂だと結構強引な勧誘とかあるらしいよ。
 Sちゃんに勧誘されたらどうしよう~。やだね~」

その時でした。教室の扉が乱暴にガシャン!!と開けられて、
教室にいるみんなが一斉にそちらを振り向きました。
そこにはうつろな目をしたSちゃんが立っていました。
この世のものじゃないみたいな、真っ黒で濁った瞳で。
最初は今Sさんが話していた噂話が聞こえて怒って入ってきたのかと
思ったんです。でも違った。
そこにいたのはSちゃんだけど、Sちゃんじゃなかった。
うつろな目をしたSちゃんは何かぶつぶつ呟いていました。
聞き取れなかったんです。
でも口の動きでわかった。
だらしなく口をもごもご動かしているから、
Sちゃんの口からはよだれがぼとぼと地面に落ちていて。
でもなぜか、わかったんです。言ってることが。

「しりあな」

確かにSちゃんは、そういってました。



「しりあな」
「しりあな」
「しりあな」

ずっとSちゃんはどこを見ているのかわからないうつろな目で、
同じ言葉を繰り返していました。
なんで今日休んだはずのSちゃんが?と思ったんですけど、
Sちゃんの足元を見ると、何か物凄い勢いで引きずったみたいに
ボロボロで真っ黒で。足の爪がいくつか剥がれかけていました。
それで私気づいたんです。
嘘みたいだけど。
Sちゃん、ここまで走ってきたんだって。
私、なんだか怖くなって。
ともかくSちゃんを見ちゃいけない気がしました。
でも、一部の生徒は面白がって。
特にクラスのやんちゃな男子グループはSちゃんの奇行を
からかいだしたんです。

「ぎゃはははは!S、サボりかと思ったらオバケごっこかよ!
 しりあなってなんだよ!しりあな!しりあな!」

つられて周りの男子も笑いだして。
なんだか凄く不快な気持ちでした。最初にSちゃんを
からかいはじめた男子はずっとしりあないじりをしてました。

「あっははは!しりあな!しりあな!」

あまりにしつこくいじるんで、流石に周りの友達もちょっと
引いちゃったみたいで。さすがにやめとけよ、って
止める子もいました。


でも、止まらなかったんですね。

「しりあな、しりあな」

気づいたら、からかっていた男子の目も真っ黒く濁っていて。
まるでSちゃんと同じような、黒い目で。

「しりあな、しりあな、しりあな」

「しりあなしりあなしりあなしりあなしりあな」

私、怖くなりました。
まるでそういう感染症みたいな。
人から人に伝染する、何か病気みたいな……
いや、もっと抽象的な何か。
そう……呪い、みたいに思えたんですよね。

私、ともかく怖くて。隅で震えてました。
あの二人を見ちゃいけない。そう思った。
それでずっと目を伏せていたんです。
周りの生徒たちの声だけが聞こえてました。

「ねえ、ふざけるのやめなって!しりあなって何なわけ!?」

「これ先生呼んだほうがいいんじゃない?」

「しりあな」

「みんなしりあなしりあなうるさいよ。どうしちゃったの?
しりあなしりあな。しりあなしりあなしりあな」

「しりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあなしりあな」

どんどん音がひとつになっていって。

「しりあな」

その言葉だけが聴こえてくるようになりました。
もう駄目なんだ。
なんでかわからないけど、
みんなしりあなしか喋れなくなってしまった。
私もこのしりあなの中に埋もれてしまうんだ。
本当にそう思いました。
恐怖と孤独感ではちきれそうになった時、
突然凄い勢いで近づいてくる足音が聞こえました。

「破邪ーーーーーッ!!!!悪霊滅殺結界!! 虚空陣・雹!!!!!」

 
教室中を包み込む閃光。
刹那、響き渡る魑魅魍魎たちの慟哭。
悪鬼羅刹の無法は断じて許さない。
そんな強い覚悟と決意に満ちた怒号が
雷鳴のように轟きました。

「邪鬼、しりあな。奴らの瞳を長く見たり、しりあなという言葉を
口にしたものは文字通り尻穴のような真っ黒い瞳になり、
仲間にされてしまうという……だが、もう安心だよ」

突然現れたその涼し気な美少年に私は目を奪われました。

「あの……あなたは?」

「破邪ーーーーッ!!!!!!」

美少年は掃き掃除でもするかのようにしりあなたちを除霊しながら、
こういいました。

「名乗るほどのものでもない、男子高校生氷属性元社長VTuberさ。
ついでに副業でオカルトバスターもしている……ね。
もしどこかで僕を見かけることがあったらチャンネル登録高評価、
よろしく頼むよ」

「破邪ーーーーーッッ!!!!!!!!!」

彼はそういうと、少し気取ったポーズをとりながら
しりあなたちを祓い去っていきました。

「男子高校生氷属性元社長VTuber……か。
探すとなると骨が折れそう……でも、また会いたいな……」

しりあなを祓われた同級生たちは、しばらく何が起きたのか
わからない様子でぽかんとしていました。
一人だけ、何か知っていたらしい元凶のSちゃんだけが

「ごめんなさい、ごめんなさい」

そういいながら蹲り泣いていました。
時間にして10分したかしないか、それくらい短い出来事だったけど。
私は一生この出来事を忘れることはないと思いました。


あとから聞いた話なのですが、Sちゃんのお母さんが
信仰していた宗教団体は「白〇会」という有名な宗教だったらしく、
前々から黒い噂がつきまとうカルトだったみたいです。
今にして思うとしりあな、というのもそういう風に聞こえるだけで、
本当は何かもっと別の言葉……例えば、
悪魔の名前だったのかもしれません。
あの時、あの美少年が助けてくれなければ。
そう思うと今でもぞっとします。

白〇会は今でもどこかで活動をしているという噂ですが、
あの美少年がいれば──。
もうそんなに脅威ではないのかも。
でも、これを見た皆さんも気を付けてほしいです。
あのしりあなは感染症のように不意に迫ってくる。
油断したら、目の前にしりあながあるかもしれない。
あの、黒くて、奈落のような。
どこまでも続く深淵のような瞳が。

しりあなに、気を付けてください。

しりあなに。

しりあな。



しりあな

「破邪ーーーーーーーーッ!!!!!!!」

「ギャアアアーーーーーッ!!!!!!!!」

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