「ケツ追放~ケツスキルしかない僕、だけど実は全能スキルで最強でした。今更僕のケツに縋り付いてももう遅い~」#03
左右に揺れる豊かなお尻。
中央からずいと伸びる矢印が雄々しくそり立っていた。
その先には──街。
人々の喧騒でにぎわう、城下街。
僕、ヒョウガ・コクートシュは……数週間の旅を経て、
ようやく目的地、王都コシューヴェンに辿りついたのだ。
「ここがコシューヴェン……」
ずっと中腰でお尻を突き出し、後ろ向きに歩き続けてここまできたので
腰とお尻が痛かった。酷く猫背になった気がする。
しかし、その甲斐もあってか自然とお尻が鍛えられ、
僕は更なるパワーアップをしていた。
そんな僕の豊かでたくましいお尻が突然何者かに撫でられた。
「ひゃんっ!」
まるではじめて人に触られた子猫のように僕の嬌声がこだまする。
僕のお尻を撫でた手の持ち主が申し訳なさそうに語りかけてきた。
「すまんすまん!あまりにいい尻だったからつい……
ようこそ、コシューヴェンへ。私はこのコシューヴェンの門番、
モンキークだ。コシューヴェンははじめてかな?旅の方」
年は40半ばといったところだろうか。重そうな鎧に身を包んだ男。
モンキークは謝りながらもまだ僕のお尻を撫でまわしていた。
「ええ……僕はヒョウガ・コクートシュ。女神の命を受けて
このコシューヴェンを目指すよう賜った異世界からきた者です」
モンキークが眉をひそめた。
「すると……今噂の転生者……ということか。
最近多いんだ。君のような異世界からの転生者が……。
彼らは決まってこういう、女神タレッタに邪神ジエンド討伐を
命ぜられた、と……君もそうだということか」
僕は頷く。モンキークのお尻を撫でる手が止まった。
「転生者……その誰もが、この世界に生きる者とは違う特異なスキルを持つと聞く……君のこの魅力的な尻もそのスキルの一種といったところか……
しかし、なんと皮肉なことか……こんなときに尻のスキルを持つ者が
このコシューヴェンにくるとはな……」
皮肉?こんなときに?
僕はあっけにとられる。今僕がここにきたことが
何か問題があったのだろうか?
「少年……ヒョウガといったか。悪いことはいわん。
この街で早急に食料や装備を整え、速く出て行ったほうが良い。
今この街は君には危険すぎるんだ」
「危険……?ここまでくるのだって危険でしたよ!
それをやっとここまできたってのにさっさと出ていけっていうんですか?」
僕はモンキークにかみつくように言った。
何もわからないまま出ていけだなんて横暴だ。
僕のお尻がぴくぴくと怒りに震える。
「……いいだろう。説明する。何も知らぬまま追い出されたのでは
理不尽に感じることだろうしな。ヒョウガ。この街……
王都コシューヴェンの城下街はこの世界でも有数の安全な
大都市だ。だが、今ある特定の人間たちにとっては
最も危険な場所といえるのだ」
「最も……危険な場所?」
世界でトップクラスに安全な場所が、
僕にとっては危険な場所?それはいったいどういうことなんだ?
「今、この街にはよなよな神出鬼没、正体不明の怪物が跋扈している。
人はヤツを”ケツ狩り”と呼ぶ。そう……ケツ狩りは、形の良い尻を持つ者を
男女見境なく襲うバケモノなのだ……」
僕は驚愕した。
お尻が張り詰める。
ケツ……狩り?
そのおぞましい響きに僕は震えた。
「王都直属の騎士団ですら観測することもできず、ただひたすら
美しき尻の者たちが尻をむしりとられていくのだ。
ヤツが現れるのは決まって夜。故に、君は夜になるまでに
ここをでていかねばならない。ヤツは危険すぎる。
君の尻など恰好の餌食……食べてくださいと言っているようなものだ」
モンキークが僕を追い出したい理由がよくわかった。
強力な騎士団をもってしても見つけることすらできず、
一方的な略奪を許してしまうほどの手練れ。
確かに僕のお尻はこの場所には危険すぎた。
だが──
「僕は……元の世界に帰りたいと思っています。
その方法はわからない……けど、今僕がこの世界ではっきりと
わかるやるべきことは、邪神ジエンドを倒すという使命……
どのみちいずれ邪神なんて大仰なものと戦うんです。
得体のしれないバケモノくらい……なんとかできなくて、
邪神なんて倒せませんよ」
ニヒルな笑みを浮かべる僕。
モンキークの頬がほんのりと紅潮する。
どうやら僕の言葉に酔ってしまったようだ。
「コ、コホン!しかし……なぜ君はそこまでするんだ?
この世界に一方的に召喚され、邪神を倒したところで元の世界に
戻れるかもわからない。ただ漠然と邪神を倒す使命を
与えられただけなのだろう?ほかの転生者たちはみな
女神のいうことなどきいていない……。
君はなぜそこまで……」
僕はモンキークにお尻を向け、城下街にむかって歩みを進める。
もう、前に進むしかない。振り向いたところで、そこには
何もないんだ。僕はモンキークに言った。
「頼まれたら、断れない。
ただ、そういう男なだけですよ。僕は」
もうモンキークの顔は見えなかったが、確かな熱を感じた。
ケツ狩り。夜に跋扈する正体不明の獣。
いいだろう。迎え撃ってやる。
お前の魔の手か。
僕の妖艶なお尻か。
それはいうなれば天下分け目のケツ戦。
僕のお尻はまだ震えていた。
しかし、それはもう恐怖の震えではない。
勇気を携えた、武者震いだった。
第三章「肛・問答」──END
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