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接吻代行(裏お題)、毎週ショートショートnote、511字


斜め前の奥さんからメールが来た。
昔は電話連絡網なんてものがあったが、今や町内の連絡もメールでやり取りするのが普通になっている。
おそらく、そのために俺のアドレスを知っていたのだろうが、内容は町内会の連絡ではなかった。

旦那が入院中なので、旦那の代わりにせっぷんの代行をしてくれという内容だ。

外に出ると雪が積もっていた。こんな寒い日には人肌が恋しいとでも言うのか。
この奥さんの家は、門から玄関までのアプローチがやたらと長い。膝まで埋まる雪をかき分けながら進むのは大変だったが、なんとか玄関にたどり着いた。

インターホンを押すと、奥さんがすぐに出てきた。
「わざわざすみません。お願いできますか?」
そう言う奥さんの表情は真剣そのもの。

俺は軽く冗談めかして言った。
「奥さん、ダメですよ。旦那さんがいない時に、俺なんか呼び出して」
ちょっとした冗談のつもりだったが、奥さんは真顔でこう返した。
「お礼はしますから、お願いします」

その言葉とともに、奥さんが差し出したのは――スコップだった。

「玄関アプローチの左右に、雪をどけるだけでいいですからね。」

雪分(せっぷん)代行って、雪を左右に“分ける”ってこと?
俺はてっきり接吻の誤字だと思っていた。
(511字)

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