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喜ぶお化け、ハロウィンノベルパーティー2024
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ある夏の夜、ぼくの部屋に小さなお化けが現れた。
真っ白い身体で、どこか愛嬌のある顔つきをしていた。子供が描いた、いたずら書きのような体と顔。何よりも奇妙だったのは、そのお化けがにこにこと笑っていたことだった。
ぼくは驚いて跳ね起きた。よく見ると、そのお化けは何かを抱えて飛び回り、クスクスと笑い続けていた。喜んでいる理由はまったく分からなかったし、なぜぼくの部屋に現れたのかも謎だったが、怖い感じはしなかった。
「いったい何がそんなに嬉しいんだ?」
ぼくは勇気を振り絞って聞いてみた。お化けは少し驚いたように、一瞬、表情を消したが、すぐにまた微笑み、ますます笑顔を広げ、何も言わずに天井をぐるぐると飛び回った。どうやら話してくれるつもりはないらしい。ぼくは少し拍子抜けして、その様子をただ見守っていた。
夜になるたびにそのお化けは現れた。同じように喜びの表情を浮かべながら、いつも、何かを抱え込んで飛び回った。その姿はなんとも奇妙で、けれどもどこかしら愛らしかった。
しかし、ある晩、ふと気がついた。
お化けが抱えていたものは、ぼくの懐かしい思い出の品だった。なぜ、忘れてしまっていたのか、わからなかった。古びた手紙、壊れかけた時計、バスケットボール、グローブ。
「それ、返してくれないか?」
ぼくが言うと、お化けは一瞬止まって、ぼくの方をじっと見つめた。そしてゆっくりと近づいてきて、ぼくの手に、その日、持っていたグローブをそっと戻すと、お化けは消えた。
その瞬間、ぼくはようやく気づいた。
お化けが今まで持っていたのは、全部、祖父がぼくにくれたものだった。そして、全部、ぼくが捨てたものだった。
ぼくが祖父のことを嫌いになったのは、祖父が約束を破ったからだった。小さな約束じゃなかった。ぼくにとってはとても大事な、忘れられない約束だった。あの日、祖父と一緒にキャンプに行く約束をしていた。川沿いにテントを張り、夜には焚き火を囲んで、星を眺めながら祖父の話を聞けることを楽しみにしていた。
楽しみにしていた、ぼくの誕生日の特別なイベント。けれども、その日、祖父は来なかった。ぼくはひとりで準備をして待ち続けたというのに、結局祖父は現れなかった。ぼくは怒りと失望でいっぱいになった。男なら約束を守れ、が口癖の祖父を一気に嫌いになった。
その怒りが抑えられなかったぼくは、祖父からもらったものを全部捨ててしまった。一つ残らず捨てた。見たくなかった。祖父がぼくとの約束を破ったことが許せなかった。祖父は言い訳をしなかったし、その日以来、顔を合わせることもなかった。
お化けからグローブを受け取った次の日、家族で、同じ街にある祖父の家に行くことになった。法事があるためだ。今はおじさんが住んでいるその家で、母がぽつりと言った。
「おじいちゃんも、あんなことがなければ、もっと長生きできただろうにね」
ぼくは、母が何か重大な秘密を知っているように感じた。聞き流すことはできないと思った。
「あんなことって?」
「おじいちゃんの親友がね、交通事故に遭って、重体になったの。おじいちゃんはその親友を付きっきりで看病し続けた。その親友はやがて亡くなったんだけど、おじいちゃんもその無理が祟って体を壊してね、そのまま死んじゃった。そうそう、あなたが、誕生日におじいちゃんと、どっかに行くって楽しみにしていた……あの時のことよ」
ぼくはその話を聞いて、胸が詰まった。祖父がぼくとの約束を破ったのには、そんな理由があったなんて。あのとき、祖父は顔も見せず、謝りにも来てくれなかった。
そのことを、ずっと怒っていた自分が恥ずかしくなった。祖父は、ぼくに会うことができないまま、親友を見送り、そして自分も静かにその後を追うように亡くなったのだ。
その夜、家に戻ると、お化けがまた現れた。今度は、釣竿を持っていた。それは、約束のキャンプの時に、川釣りをするために祖父があらかじめ買ってくれていたものだ。ぼくは、その、一度も使わず捨てた釣竿を見つめたまま、心の中で確信した。お化けは、祖父なんだと。これまで、お化けが抱えていたものは全部、祖父とぼくとの思い出の品だった。
祖父は、ぼくとの思い出をあんなに喜んで大切に思ってくれていたのに、ぼくは……。
涙がぽろりとこぼれた。ぼくはそのお化けに、心からありがとうと伝えた。お化けは、もう一度にこっと笑って、静かに消えていった。
部屋には、その日お化けが置いていった思い出の品々が積まれ、少しだけ暖かい空気が残っていた。