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地中のお化け、ハロウィンノベルパーティー2024

 お題 地中のお化け

10月の番号の日付の日に毎日ショートストーリーを公開します


 出雲村と大田村を結ぶ仙山峠は、交通の難所だった。そこで、トンネルを掘って繋いでしまおうということになった。

 トンネル工事が続く中、次々と労働者たちが姿を消していた。はじめは一人、次に二人、そして今では数人単位で消えていく。誰も何が起こっているのか説明できなかった。監督をしていた男、クリスは、その異常にただならぬものを感じ取っていた。

 工事の途中で、彼は迷宮のように複雑な地下トンネルを発見し、この一部を使おうと考えていた。そのトンネルがまだ誰にも知られていない深部へと続いていることに気づいていたが、繋げたい方向と違うと考え、それに足を踏み入れることはなかった。だが、そこに迷い込んで最後に消えたのが彼の親友であり長年の仲間であったマルクであったことが、クリスを動かした。

 夜明け前、ヘルメットのライトを点け、クリスは一人で地下へ降りた。地面にしみ込む冷たい湿気が肌に染み、トンネルの石壁から冷気が押し寄せる。地下深く、時間の感覚が曖昧になる中で、クリスの足音だけが響き、やがて静寂に飲み込まれた。

 彼は迷路のように複雑な分岐をいくつも越え、奥へ、さらに奥へと進んでいった。徐々に空気は重たく、冷たくなり、背後にはかすかな囁き声が響いているように感じられた。

「マルク……いるのか?」
 クリスは声を上げたが、応答はなかった。ただ、微かに響く風の音が、耳元で「来い」と囁いているように感じた。進むほどに、クリスは強烈な違和感を覚えた。何か巨大なものから敵意を受けているような感覚。彼は何度か立ち止まっては振り返った。だが、後ろにはただの闇が広がっていた。しかし、その闇はじっとこちらを見つめ返しているように感じられた。

 やがて、彼は迷宮の奥深くにある巨大な空間に辿り着いた。そこで、彼は地下の空洞全体が生き物の体内のように感じた。足を踏み入れると、天井から垂れ下がる根や壁に張り付く苔が、ゆっくりと動いているのが見えた。

 そして、その中央に、異形の存在がいた。巨大な何か、土と岩に覆われた生物が眠るように横たわっていた。クリスは思わず息を呑んだ。これが、労働者たちを飲み込んでいる正体だと直感的に理解した。地中のお化け、噂に聞いていた存在だった。

 その瞬間、目の前の巨大な何かがゆっくりと形を変え、やがてクリスの姿になった。クリスと同じ顔を持ち、同じ服装をしていた。そして、次から次へとクリスが現れる。その後ろには、マルクをはじめとする失踪した労働者の姿が次々と現れた。全員が無表情で彼を見つめていた。

「お前たちは?」
 クリスは恐怖と混乱の中で声を上げたが、返答はなかった。ただ、その無数の「クリス」が彼にゆっくりと歩み寄ってきた。そして、その瞬間、彼の頭の中に突然何かが入り込んだ。自分の思考が外部から操作されるような感覚。現実が歪み、目の前の景色がぐにゃりと捻じれた。

「お前もすでに我々の一部だ」

 その声に驚愕したクリスは後ずさりし、出口を探して走り出した。だが、彼が走る先々で、トンネルはいつの間にか変貌し、何度同じ道を辿っても、元の場所に戻ってきてしまう。時間も空間も、すべてがねじ曲げられているようだった。汗が頬を伝い、心臓は破裂しそうだった。クリスは絶望的に暗闇をかき分け、迷路の出口を探し続けた。

 そして、ついに彼は最初に迷い込んだ分岐点に戻ってきた。ライトが照らす先には、あの日マルクと話をしていた場所が広がっていた。すべてが元通りのように見えた。だが、クリスはわかっていた。自分はもう戻れないのだ、と。この迷路そのものが、生きている。意識を持ち、人々を捕らえ、永遠に迷わせ続ける存在だった。

 クリスはその時、自分の足元が地面と一体化しつつあることに気づいた。足が土に沈み込んでいく。彼はそれを引き抜こうとしたが、動かなかった。彼の体は徐々に土に飲み込まれ、迷路の一部となっていく感覚を覚えた。必死に手を伸ばし、助けを求めるように叫んだが、声は闇に吸い込まれ、誰にも届くことはなかった。

 最後に彼が目にしたのは、鏡のように自分を映すもう一人のクリスだった。それは微笑みを浮かべ、彼に代わって迷路の奥深くへ歩き出した。クリスはそのまま土に飲み込まれた。

 仙山峠は神の住む峠。悪き心を持つものは道に迷い、越えられぬ峠。そこにトンネルを掘ろうなどという愚行を計画した自分をクリスは恥じたが、すでに遅かった。

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