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手加減無用鍋、毎週ショートショートnote、
「猫舌にて候や。冷まし申してより、鍋をお運び致しましょうか」
許嫁のせつ殿の家に寄ったところ鍋を馳走になることになった。
「いや、手加減御無用」
いかにして、拙者が猫舌と見做され候や。猫舌など、流れ伝わりし戯言。
やがて出されし鍋は、一見してただの汁物と思しき液体があったが、その表面は無数の微細な油の膜で覆われ、光の角度により玉虫色の輝きを放っていた。
驚くべきはその温度だった。湯気こそ立ち昇るが、蓮華で掬って口に運んだ際、熱さを感じることはなく、むしろ柔らかくひやりとした感覚が舌を包み込むようであった。
具材は、白く細長い謎の根菜や、皮をむかれた鱗のような薄い肉片、さらには透けるような海草が浮かび、見るからにこの世のものではない奇妙な形状をしていた。そして、一口ごとに幻影が浮かんでは消えた。
次に、先刻の鍋とは異なりし鍋を運びきたる者に「あの鍋、いかがなされた?」と問うたところ、彼らは奇妙な表情を浮かべ「そんな鍋、出しておりません」と答えた。
さても、せつ殿が妖に成り代わりしこと、いまさら気付き候とは、我ながら浅慮の至りに候。