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忘年怪異、毎週ショートショートnote
会社の忘年会に僕は来ていた。
社長の長い挨拶の末、乾杯して会が始まる。
隣の同僚がビール瓶を持ち、泡が絶え間なく溢れる琥珀色の液体を、僕のコップに注ぎ始めた。名前を呼ぼうとして、喉元で言葉が止まる。そいつの名前が記憶から剥がれ落ちている。いや、それだけではない。さっき前で挨拶をしていた社長の名前すら思い出せない。
わけがわからず、口の中がカラカラに乾いてくる。
ビールを一気に飲み干すと、苦味が舌の奥を引き裂いた。こんなに不味かっただろうかと疑問が浮かぶ。目の前で同僚がまた瓶を差し出している。名前を思い出そうとするが、思い出せない。乾燥した唇がこわばり、次第に自分の皮膚が砂漠化していくような感覚に襲われた。
一つ思い出したことがある。俺は引きこもりで仕事なんてしたことがなかったんだと。
空っぽのグラスを置いたとき、空間の輪郭が滲んで消えていった。それでも部屋の中のざわめきだけは、妙に現実味を持ってまとわりついていた。