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アパートのお化け、ハロウィンノベルパーティー2024

10月の番号の日付に該当のお化けのお話を投入します。

 ケントが引っ越してきたのは、駅から程よい距離にある古びたアパートだった。家賃は驚くほど安く、何か裏があるのではないかと疑ったが、都会の生活にはうってつけだった。荷物をまとめ、新生活の準備を終えた頃、彼は奇妙な気配を感じ始めていた。部屋の隅に立つ視線、夜になると聞こえる誰かの溜息。

 ある日、掃除をしていると押入れの棚の裏側に古い封筒が隠すようにピンで固定されていた。開けてみると、そこには知らない女性の名前が記された預金通帳が入っていた。通帳には「アヤ」という名が記されていた。彼が目を通していると、背後から聞こえた声にぎょっとした。

「それ、私の通帳なの」

 振り向くと、そこにいたのは透けるように儚げな姿の女性だった。アヤ、と名乗るその幽霊は、この部屋で命を落として以来ずっとこの場所に留まっているのだという。

 ケントはなるほどと思った。事故物件は、事故があって最初の入居者には事故物件である旨を告知しなければならない。しかし、ふたり目からは告知しなくてもいい。ケントは、告知がなくても、家賃が安いだけで、良心的だと思った。

 お化けの出現に驚いたケントだったが、アヤの話を聞くうちに、次第に彼女に同情するようになった。彼女は、ここに入居する人間が、アヤを恐れて、次々と出ていくことに申し訳なさを感じていたという。

「私はここで死んだ後も、ずっとここにいて、新しい住人が来るたびに出ていかれる」
 そう言ってアヤは肩を落とした。

「この通帳のお金をあげてもいいけど、ハンコがないわね」

 彼女は困り果てたように言った。ケントは、試しに銀行に通帳を持っていき、記帳してみることにした。
「じゃあ、いちおう、通帳記帳をしてくるよ。残金があれば、親族に届けたい」

 アヤは、自分を怖がらず、好意的なケントに感謝した。
「ありがとうございます」

 ケントは、記帳して帰ってきた。アヤの前で初めて中を見た。ふたりは、同時にえーっと叫んだ。その通帳には、アヤが死んだ後も家賃が引き落とされ続けている記録があったのだ

「ずっと払っているのに、他の人を入居させるって、どういうことなのかしら?」
 アヤは不満そうだった。
 アヤが亡くなった後、銀行口座は凍結されるはずだったが、手違いで家賃が払い続けられていたのだ。

「じゃあ、大家さんに言ってみようか?」
 ケントは提案し、早速アパートの大家を呼び出した。年老いた大家が部屋に入ってくると、アヤは緊張したように身を引いたが、すぐに毅然とした表情で大家に向き合った。
 大家は逃げ出そうとしたが、ケントが羽交締めにして部屋の中へと連れ込んだ。

「私、ずっと家賃を払っているんです。だから、ここに住む権利がありますよね?」
 大家は驚いた表情を浮かべた。そして、ケントが通帳を差し出すと、その内容に困惑した様子で目を通し始めた。

「これは、確かにあなたの名前だ。だが、あなたはもう…」
 大家は言葉を詰まらせた。
「それは関係ないわ。生きていようが死んでいようが、家賃は家賃でしょ?」

 アヤの言葉に、大家は黙り込んだ。法的にはどうなのか、大家も分からない。しかし事実として、家賃が振り込まれている限り、住む権利はあるのではないかと、誰もが思い始めた。

 それでも──と、ケントは考えた。
「アヤさんには住む権利があるかもしれないが、僕も家賃を払っているんだ。僕にだって住む権利はある」

 すると、大家が言った。
「では、アヤさんの引き落としを停止します。ケントさんの払う家賃で、お二人で住まれたらどうですか? ケントさん1人分の家賃で2人が住めるんですから、すごくお得じゃないですか?」

 ケントとアヤは、「おー、なるほど」と感嘆の声を上げた。

 二人が大家にうまく騙されたことに気づいたのは、ケントが入居して半年後のことだった。


#ハロウィンノベルパーティー2024 #アパートのお化け #ボケ学会

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