見出し画像

赤いお化け、ハロウィンノベルパーティー2024


お題 赤いお化け

10月の各番号の日付に、そのお題の小説を公開するノルマ





ナオミは、都会で失恋して、引っ越しをした。誰も自分を知らない街でやり直そうと考えていた。

引っ越しを終えて、アパートの周りの探検に出た。買い物はどこでするのかという日常生活に関係するところを調べるだけではなく、癒しスポットとかないかな、なんて考えながら歩いていると、近所に古びた神社を見つけた。

吸い寄せられるように鳥居をくぐり、奥へと進んでいくと、古びた本殿の裏手に差しかかった。そのとき、不意に建物の壁にもたれかかるように佇む、赤い塊が目に入った。

糸でぐるぐる巻きにされた人、いや、足がないお化けを見て、彼女は驚きの声を上げた。

「何これ、人形? いや、幽霊……?」

「俺が見えるのか?」
「えっ、何言ってるかわかんないんだけど」

「俺は運命の赤い糸の使いだったんだ!  ねえ、お願いだ、ちょっとでいいからこの糸を解いてくれないか?」

 赤いお化けは、目だけを動かして、訴えかけてきた。

「もし糸を解いてくれたら、君の運命の相手を教えてあげるよ!」

そう必死に訴える赤い糸お化けに、ナオミは訝しげに眉をひそめた。

「運命の相手ねえ……あいにく、私はもう誰かと結ばれたいなんて思ってないのよ。恋なんてこりごりだし、運命の赤い糸なんて信じない。そもそも、なんで、あなたはそんな姿なの?」
「俺は生前『恋愛成就の神様の使い』として、運命の赤い糸を結んで回っていたんだ。世界のみんなが愛し合えば、平和が訪れると思ったんだ。それで、みんなを赤い糸を結びまくったんだ。そしたら、街中がとんでもないことになって大混乱。神様から怒りを買って、封印されたんだ」

「じゃあ、といたらダメじゃん」
「もう何百年もこうして閉じ込められてるんだ。もう許される頃だ。親友とか、同僚とか、家族でもいい! 俺の力が復活すれば、みんなの恋愛を成就させてあげられるよ! 君にとっても悪い話じゃないはずだ!」

ナオミは腕を組み、しばらく考えた。

そんな力が本当にあるのなら、たしかに助けてあげてもいいかもしれない。親友のマリコは長い間彼氏ができなくて落ち込んでいるし、幼馴染の田中くんも片思いを諦めきれずにいる。でも……。

「もし、助けてあげた後に、あなたがまた暴走して、余計なお世話をすることになったらどうするの?」

彼女の問いに、お化けはうつむいた。過去の過ちを思い出したのか、顔を赤くしながら申し訳なさそうにこう言った。

「約束する! 今度は絶対に一本ずつ、丁寧に糸を結ぶよ! 誓うよ! あの失敗は二度と繰り返さない!」

ナオミは彼をじっと見つめた。彼の必死な様子に、思わず笑いがこみ上げてくる。これほどまでに困り果てている幽霊を見たことがなかった。

「分かった。じゃあ、少しだけ試してあげる」

お化けの体に絡まった赤い糸を慎重に引っ張り、ゆっくりと解いていった。糸を解くたびに、お化けの目がぱっと輝き、彼の体の周りにふわりと温かな光が漂い始める。

「おお……力が戻ってきた……! ありがとう、君のおかげだよ! さあ、これでいろんな人たちを幸せに――」

だが、その瞬間。

お化けの体に残っていた最後の一筋の糸が、突然きつく締まり、再び身動きが取れなくなった。

「ええっ!? なんで!?」

彼は必死に抵抗しようとするが、体を縛る赤い糸はますます強く締め上げられていく。光が消え、彼の表情は困惑と絶望に染まっていった。

「どういうことだ……俺、また罰を受けたのか……?」

そのとき、ナオミは糸を見つめて気づいた。最後に残った赤い糸は、彼の体に絡まっているだけでなく、彼の指先につながっていた。

「……あなた、本当はもう誰かの恋愛を成就させることを望んでいないんじゃない?」

彼はハッとして、目を見開いた。

「そんなことはない! 俺は……恋の使い……だから……」

「でも、あなた、疲れてるでしょ? ずっと誰かの恋を叶え続けて……もう、自分の糸がこんがらがって、どうすればいいのか分からなくなったんじゃないの?」

彼はしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。

「……そう、かもしれない。俺はずっと……一度も自分の恋を叶えたことがないんだ」

ナオミは静かに微笑み、最後の赤い糸に手を伸ばした。

「それなら、この糸を解いた後は、あなたのために使ったらどう? 今度は、自分の恋のために」

糸を解かれた瞬間、お化けの姿は穏やかな光に包まれ、完全に自由になった。彼は呆然としながら、自分の手を見つめ、ぽつりとつぶやいた。

「……自分の恋、か」

その時、赤い糸の端がびくりと震えた。蛇のように、先端をぴんと持ち上げ、するすると螺旋を描いて宙を泳ぎ始めた。

ナオミは目を見開いたまま、糸の動きを追った。すると、糸の先端は蛇が頭をもたげるように首をくねらせ、彼女の目をじっと見つめて、一瞬、空中で静止した。

次の瞬間――

糸は弾けるように跳び、ナオミに向かって襲いかかったかと思うと、糸の先端が指先をくるりと一巻きに縛り上げた。

ナオミは驚いて指先を見つめた。彼女の指に絡みついた赤い糸を目で追うと、確かにお化けの手へと結ばれていた。

「……えっ?」

戸惑うナオミを見て、彼は少し照れくさそうに頬を掻き、糸の先を引き寄せながら微笑んだ。

ナオミは言葉を失い、ただ彼を見つめた。赤い糸は二人の間で、柔らかな弧を描いて、穏やかに揺れていた。

↓これに参加しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?