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学校のお化け、ハロウィンノベルパーティー2024

10月の、番号の日付に上記のお話を投入します。

 その小学校の図書館には、怖いお化けが出るという噂があった。暗くて静かだから、と子供たちは思っていたが、それが小学校らしい発想であることに、彼らはまだ気づいていなかった。図書室の奥、いつも使われない棚の向こうで、そいつは待っているらしかった。本を読んでいると、気配がする。スーッと、ひそやかに近づいてくるその感じは、最初は気味が悪いと誰もが思う。

 無視するのが一番だと先輩たちは言っていた。「気づかないふりをしろ」と。だけど、そいつは気にせずベタベタと触れてくる。机の角に音も立てずに手を置くと、ひんやりした感触が背中にゾクッと伝わる。次に来るのは、あのニタニタした笑い。顔を覗き込んできて、嫌でも目が合う。「どうだ?怖いか?」なんて無言で訊くように。

 ところが、そのお化けは思いのほか明るい。怖がって無視していても、だんだんおかしなことをし始める。変な顔を作って、子供たちを笑わせようとするし、図書館の静けさなんて無視して、大声で話しかけてくることもある。
「今日は何読んでるんだ?お、探偵ものか!いいじゃないか!」
 とか
「お前、もう宿題終わったのか?すごいな、俺なんか死ぬ前は宿題、全然やらなかったよ」
 と、明るく、無邪気な子供のように振る舞う。

 気がつけば、彼と話していると楽しくなってくる。最初の不気味さなんてどこかへ行ってしまい、笑っている自分に気づく。そんな時間が過ぎると、彼は消えていく。去り際には必ず一言、「また来るからな!」と残していく。そして、次の日にはまた同じように図書館のどこかにいる。

 図書館の怪談は、いつしか怖いものから、なんだかちょっとおかしな話へと変わっていった。誰もそのお化けを怖がらなくなった。むしろ、暇を持て余したときには、わざと図書館に行ってみたりする。

 いつの間にか、図書館に行くことは、ちょっとした冒険から遊びに変わっていた。みんなが怖がって入らなかった暗い奥の棚も、今では、お化けが出るかもしれないと期待しながら、こっそりと忍び込んでいく場所になっていた。放課後になると、生徒たちがこっそりと図書室に集まり、静けさの中で本を読むふりをしながら、あの陽気なお化けが現れるのを待っていた。

 彼が現れると、静かな空気が一変する。図書館の冷たい静寂に、不釣り合いなほどの陽気な声が響き渡る。「やあ、今日は誰がいるんだ?」と、ひょいと棚の影から顔を出しては、生徒たちに笑いかける。顔を近づけてニタニタ笑ういつもの仕草も、もう怖さはなかった。むしろ、彼の登場が、みんなの一番の楽しみになっていた。

 お化けはいつも同じ話をするわけではなかった。時には、自分が生きていたころの話を面白おかしく語りだす。
「俺さあ、宿題なんかぜんぜんやらなかったんだ。先生に怒られるたび、こっそり図書館に逃げ込んでさ、でも、なぜかすぐに先生に見つかってさ!」
「きっと誰かと今みたいに大声で喋っていたのだろう。そりゃ、見つかるよ」と、子供たちは大笑いし、お化けもそれに応えるように、さらに話を膨らませていった。

 ある日、図書館で話しているとき、ひとりの生徒がぽつりと聞いた。
「ねえ、どうして君はお化けになったの?」
 その問いかけに、一瞬だけお化けの動きが止まったが、すぐに明るい笑顔で言い返してきた。
「な、なんでかなぁ。忘れちゃったよ!」
 彼は笑い飛ばし、またいつもの調子に戻った。でも、その日以降、彼がどこか寂しげに微笑む瞬間があることに、子供たちは気づき始めた。

 それでも、楽しい時間は変わらなかった。彼と話していると、時間があっという間に過ぎ去っていく。時には、本の中に飛び込んだみたいな大冒険を想像しながら、皆で物語を作り上げていった。
「じゃあ次は、君がお姫様を助けに行くんだ!」
 お化けが冗談を交えながら物語の展開を指示し、生徒たちは笑いながらそれに従った。彼との会話は、まるで本のページをめくるように次々と新しいエピソードが紡がれていった。

 しかしある日、いつも通り図書館に行っても、お化けは現れなかった。生徒たちはしばらく待ったが、静けさの中、彼の陽気な声が響くことはなかった。
「どこかへ行っちゃったのかな?」
 不安げに誰かが言ったが、誰も答えられなかった。次の日も、その次の日も、彼は姿を現さなかった。

 やがて、生徒たちは図書館で彼がいない時間にも慣れていった。彼との楽しかった時間の記憶は、静かな図書室の中にずっと残っていた。彼がそこにまだいるみたいに、静けさの中で笑い声がこだまするような気がした。

 彼がいなくなってから、図書館は急に寂しく感じられた。生徒たちは最初こそ気にして待っていたが、次第にお化けのことを話す回数も減っていった。放課後、図書室に集まる人数も少なくなっていき、あの独特な陽気さが、まるで風に流されるように消えていった。誰もが心のどこかで、あのお化けはもう二度と現れないのだろうと感じ始めていた。

 けれども、ある日、いつものように図書館で本を開いていた生徒の一人が、ふと耳を澄ませると、小さな声が聞こえた。
「やあ、久しぶりだな」
 その声は、まさしく彼のものだった。驚いて周りを見回すと、彼はいつも通り、ニタニタと笑って、棚の陰から顔を覗かせていた。生徒は思わず叫びそうになったが、彼の微笑みがどこか前よりも穏やかで、懐かしさすら感じたため、静かに声をかけた。

「どこに行ってたの?みんな待ってたんだよ」
 そう尋ねると、お化けは肩をすくめ、少し照れたように笑った。
「ちょっとね、昔の友達に会いに行ってたんだ。自分の過去と向き合うためにさ」
 彼はそう言って、本棚に手を置いた。ここが彼の家であり、避難所でもあるみたいに。

 それからまた、少しずつ彼は図書館に現れるようになった。ただ、以前のように毎日ではなく、何か特別なときにだけ現れるようになった。それがいつなのか、誰も正確にはわからないが、生徒たちはなんとなく、心が落ち込んでいる日や、何か悩みを抱えているときに限って、ふいに彼が現れることに気づき始めた。

「どうした?今日は元気がないな」
 彼は、いつものようにニタニタ笑いながら、優しい目をした。彼の問いかけに、生徒たちはつい本音を漏らしてしまう。
「宿題がうまくいかなくて」
「友達とケンカしちゃった」
 ――そういった些細な悩みを聞くと、彼は大げさに笑い飛ばす。
「そんなの大したことないさ」
 それでも、そのあとに続く彼の話には、妙に説得力があった。彼が子どもだったころの失敗談や、うまくいかなかったことも、すべて笑い話に変えてしまう術を、彼は知っていた。

 そうやって、図書館のお化けは、生徒たちにとって少し特別な存在になっていった。彼が現れるときは、ただ楽しい時間を過ごすだけではなく、悩みを共有し、心の重荷を少し軽くすることもできるようになっていた。彼は何も変わらないように見えて、実は大切な友達の一人になっていたのだ。

 そして、いつしかその図書館の噂は変わっていった。
「図書室には怖いお化けが出るよ」という話は、「図書室には、ちょっと変わった、優しいお化けがいるよ」に。子供たちが成長し、卒業していく中で、その噂は引き継がれ、後輩たちの間でも静かに語り継がれていった。

「困ったときには、あの図書館に行ってみなよ。もしかしたら、陽気なお化けが話を聞いてくれるかもしれないよ」と。
 

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