「紅葉から」から始まる物語、シロクマ文芸部
「紅葉からすな……あと、なんでしたっけ? お父さん」
庭の紅葉を見て、僕はふと幼い頃の記憶を呼び起こしていた。家訓として厳しく覚えさせられた言葉が、頭の片隅でこだましている。
「紅葉枯らすな、我が家の守り神がそこに眠る」
父の声が、今でも耳元で囁くように聞こえる。
それにもかかわらず、僕はこの家を遠く離れ、大学を出たあと、そのまま教鞭を執るようになった。考古学の教授となり、都会の喧騒の中で過ごす日々が続いた。実家に戻ることはほとんどなく、年老いた両親だけが住み続けていたこの家は、今や傾きかけ、荒れ果ててしまっている。住む者を失った家は、こうも無情に朽ちていくものなのか。
そんな中、役場からの通告が届いた。危険な建物を放置すれば固定資産税を十倍に引き上げると警告されたのだ。無視すれば、役場が勝手に解体業者に依頼して、請求書をまわすというのだ。家を更地にする決心をし、久しぶりに帰郷した。風は乾いて冷たく、庭の紅葉は弱々しく葉を垂れ下げている。かつて誇り高く揺れていたその姿は見る影もなかった。
僕はそっと手を伸ばし、一枚の葉を摘んだ。
瞬間、紅葉全体が音もなく枯れ果てた。葉が次々と灰となって舞い上がった。幹は軋みを立てて裂け、ついにはその大木が庭に倒れ込んだ。その裂け目は地面にも広がり、黒く深い亀裂が静かに広がっていく。
冷たい風が裂け目の奥底から吹き上がり、庭を異様な静寂が支配した。割れた地面の中に、何かが光っているのが見えた。身をかがめ、目を凝らしてみると、そこには平らに磨かれた石の表面が露出していた。石室だ。半信半疑で土を掘り、石の蓋を外すと、中から金銀財宝が溢れるように現れた。無数の宝飾品が夕日の光を受けて輝き、目を眩ませた。
添えられていた手紙は古びた羊皮紙に、流れるような筆跡で書かれていた。
『この紅葉が枯れるほど困窮した子孫のために財宝を残す』
その一文は時を超えた祖先の慈愛を秘めていて、言葉にならない重みで僕を包み込んだ。
庭の風は静まり、そこにあったすべてが、沈黙に包まれていた。紅葉の木は、守り神という伝説のままに、その役目を果たし終え倒れ伏していた。
そして、
①そして、僕は資産家になった。
とはいえ、それによって価値観が大きく変わることはなかった。僕はこれまで通り地味な生活を続けていたし、妻もまた貧乏学者の妻になる覚悟を持った人間だったので、高価なブランド物を身に纏うこともなかった。二人にとって重要なのは、目に見える贅沢ではなく、心の安らぎだったのだ。
ただ、妻は気づかぬうちにスーパーで値札を気にせず買い物をするようになっていた。その小さな贅沢が、思いのほかストレスフリーな生活を産んだ。お金があるというだけで心に余裕ができ、家には穏やかな空気が流れ、夫婦の間にはこれまで以上の笑顔が広がった。心のゆとりは何者にも代えがたく、それは人生に深い充実をもたらした。
紅葉の木がもたらした奇跡は、単なる財産以上の価値をもっていた。それは心に余裕をもたらし、幸福の形をささやかに変えてくれたのだ。
②そして、僕は思った。
これだけの財産があれば、考古学において世紀の大発見ができるのではないかと。全財産を注ぎ込んで、エジプトの未盗掘の遺跡を発見する夢に挑もうと決意した。
しかし、その計画に反対の声を上げたのは妻だった。
「いったい何年かかるの? その間、私はどうすればいいの?」
問いかけに答えられない僕は、ただ一緒に来てほしいと願った。しかし、妻は異国の地で暮らすことを拒み、そんなことに財産を費やすのは無謀だと反論した。
話し合いは平行線をたどり、最終的には離婚という結末を迎えた。妻は財産の半分を持ち去ったが、それでも研究費としては十分だった。僕は自分の夢に全てを賭け、研究チームを組織してエジプトへと旅立った。
それから十年が過ぎた。しかし、結果は何も得られなかった。遺跡発掘は想像以上に困難であり、進展は遅々として進まなかった。けれども、僕はあと一歩だと思い続けた。金が底をつくと、さらなる資金を得るために借金を重ねた。
だが、ついに研究チームは限界を迎え、解散を余儀なくされた。無一文となり、僕は日本に戻った。周囲は冷たく、過去の名声も期待もすべて失われていた。
それでも――それでも僕は諦めきれなかった。燃え尽きた夢の残り火を抱きしめ、まだ見ぬ発見への執着が、胸の奥で静かにくすぶり続けていた。
なんか、「紅葉から」から始まった物語は、すげーことになっていた。
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