母からの手紙(秋ピリカグランプリ2024)
エミリーには、一つだけ心残りがあった。
10年前、大学に行きたいと言ったエミリーは、母親に頭を叩かれた。
「うちから通って働きなさい」
だから、彼女は言った。
「母さんなんて、いない方がマシだ。もっと、まともな母親のところに生まれたかった」
エミリーは家を飛び出した。母は、後を追って家を飛び出して、トラックに跳ね飛ばされた。母親が交通事故で亡くなったことは、エミリーにとってずっと消えない後悔だった。
そんなある日、エミリーは会社の倉庫で小さな封筒を見つけて、開けてみた。
エミリーへ
ごめんなさい。私は悪い母でした。あなたは私の自慢の娘です。いつかあなたが心からの笑顔を取り戻せる日が来ることを、私はずっと信じています。
ごめんなさい。
母より
母親の筆跡の手紙を持つ手が震え、涙が滲んで視界がぼやける。どうして母の手紙がここに?
便箋の右下に、愛のレターと印刷されていた。エミリーは苦笑いを浮かべた。
昔、愛のレターという、すぐに自主回収された商品があった。本人の望む相手からの、望む内容の文字が並ぶ商品だった。
実は紙の表面に、ある種の幻覚剤が使われていて、この紙は白紙なのに、錯覚してしまうものだった。
翌日、エミリーは、いてもたってもいられず、母の家――今は誰も住んでいない田舎の古い家を訪れた。閉ざされた家の扉を開け、埃が舞う廊下を歩き、母がよく過ごしていた書斎のドアを押し開ける。
エミリーはかつての母のデスクに向かい、引き出しを一つひとつ開けていった。どこを探しても、特別なものは見つからない。絶望しかけたとき、引き出しの奥の奥――普通では手が届かない隙間に、薄い封筒が一つ挟まっているのを見つけた。
中を見ると確かに母親の筆跡だった。
エミリー、あなたがこれを読む頃、私はきっと、もういないわね。私はただ、あなたが誰かに騙されるのが怖かった。あなたがこの家で私と暮らし続けて、私の隣で幸せになってくれることを願っていただけ……それを言葉にするのが下手だったわ。あなたを縛り付けたらダメだとわかっているのに。
もしこの手紙を読んだら、どうか知ってほしいの。私はいつだってあなたを愛していたし、誇りに思っていたことを。
――ありがとう、愛しい娘。
母より
エミリーは膝を突き、涙を流した。
「うん、ちゃんと届いたよ……お母さん」
そして、エミリーは、もう一度、まじまじと手紙を眺めた。そして、便箋の右下に愛のレターという字を見つけた。
「またかよ!」
エミリーは叫んで手紙を破ろうとした。でも、何かがおかしいことに気づいた。
もう一度、手紙を見た。愛のレターという文字は、印刷されたものではなく、母の筆跡だった。
「どこまで、素直じゃないんだよ」
エミリーは、手紙を抱きしめて泣いた。
母親に対して抱いていた誤解と、言えなかった「ありがとう」の言葉が、一気に胸に溢れ出した。手紙を胸に抱きしめながら、彼女はただ静かに泣き続けた。
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