「木の実と葉」から始まる物語、シロクマ文芸部
木の実と葉が散らばる森の中を、二人の男が黙々と歩いていた。
先頭を行くのは背の高いレオ、無骨な体つきに合わせた黒い革のジャケットを着ている。彼の後ろをついて行くのは、やや小柄なダンで、青ざめた顔に疲れが滲んでいた。目的地は森の奥にある古代遺跡。そこには伝説の「命の木」があると噂されていた。木の実を手にした者は天寿を全うできるという。
「これで俺は助かるんだ」レオが呟いた。彼の声には焦燥が滲んでいた。「俺の寿命があと二千文字なんていう呪いから抜け出せるんだ!」
「レオ さっきの はつげんまでで にひゃくさんじゅうにもじ つかった。おれの セリフまで いれると、あと せんろっぴゃくきゅうじゅうじ しか のこってない」
「何、平仮名で喋ってんだよ。俺を殺す気か? 分かち書きの空白は字数に入れるなよ!」
「noteでは、空白も一文字なんだ。それにしても、本当にそんなものがあるのか?」
ダンは疑念を抱いていたが、レオの勢いに押されて反対することができなかった。彼は長年レオに従い続けてきたが、不安で仕方なかった。
レオが鋭い目つきで振り返った。
「迷うな、ダン。木の実さえ手に入れば、俺はあの呪いから解放されるんだ」
ダンは黙り込んだ。二人には過去に取り返しのつかない過ちがあった。レオは、ダラダラといつまでも話が進まない退屈な小説を書いていた。ダンは、それを読んで、つまらないと思ったのに、おべっかを使い、褒め称えたのだ。
それを、小説の神様が見逃さなかった。
「お前に、文字数の大切さをわからせてやる」
神のその言葉が呪いの始まりだった。それを解きたいというレオの強い願いが、二人をこの危険な冒険へと駆り立てていた。
やがて木々が途切れ、目の前に遺跡の入り口が現れた。石造りの門は崩れかけていた。
「ここだ……伝説は本当だった」
レオが嬉々として門をくぐり抜け、ダンもそれに続いた。レオは空を見上げて言った。
「おい、解説者! あまり描写に字数をさくなよ!」
ストーリーテラーの私は気にせず続ける。
遺跡の中心に置かれた石台の上に、ひとつの木の実が鎮座していた。金色に輝くその実は、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。
「これが、命の木の実か」
レオが感嘆の声を漏らしながら近づき、手を伸ばした。
「待て、レオ!」ダンが急いで声をかけた。「触るな! 何か悪い予感がする」
だが、レオはダンの言葉を無視し、木の実を掴んだ。瞬間、広間が激しく揺れ始めた。天井から砂が降り、古い石壁が音を立てて崩れ落ちる。
「何が……?」
レオは驚いて木の実を見つめると、その実は手の中で冷たく脈打っていた。次の瞬間、レオの体は、凍りついたように硬直し、目が虚ろに開かれていた。
「レオ!」
ダンは恐怖に駆られ、駆け寄ろうとしたが、目に見えない力に弾かれるように足を止められた。
レオは静かに口を開いた。しかし、彼自身の声ではなかった。
「お前たちは、この力に触れてはならなかった。この木の実は、森の支配者である私のものだ」
ダンは混乱し、後ずさった。
「何だ……お前は誰だ? レオを返せ!」
ダンの言葉に答えたのは、レオの声だった。
「何を馬鹿なこと言ってんだよ! お前は誰だって? こいつ、今、森の支配者って自己紹介しただろ! くだらないことで、文字数、使ってんじゃないぞ!」
「いや、俺より、レオの方が……」
そして、次にレオが口を開いた時には、また、声が変わっていた。
「こやつは、レオというのか。レオはもういない」
木の実を握りしめたままのレオは、冷たく言い放った。
「彼はこの森に囚われ、永遠に朽ちる運命だ」
ダンは恐怖に体が震えた。目の前にいるのは、もはやレオではなかった。木の実に宿る何かが、レオの体を乗っ取り、彼を支配しようとしていたのだ。ダンはレオを取り戻さなければならないという思いで必死に考えた。
「レオ、聞こえるか? お前はこんなことを望んでいたわけじゃないだろ!」ダンは叫んだ。「お前はレオだ、そんな奴に支配されるな!」
一瞬、レオの体が微かに震えた。「ダン…?」彼の声がかすかに響いた。
「そうだ、レオ! お前は戻れる、まだ間に合う!」ダンは懸命に呼びかけた。
しかし、次の瞬間、レオの表情は再び冷たく硬直した。
「無駄だ。彼はもう戻らない。この木の実を私が食べれば、彼はこの肉体の奥底で眠ったままになる」
そして、レオは持っていた木の実をパクリと口に放り込むと、もしゃもしゃと咀嚼した。ダンは凍りついたように彼を見つめた。レオの目は虚ろで、意識がどこか別の場所に囚われているみたいだった。
「我は、今こうして、再び覚醒した!」
レオの体を使い、森の支配者の笑みがゆっくりと広がる。その声は冷たく、底知れぬ力を感じさせるものだった。
「やばい」
ダンは懐から取り出した拳銃でレオを撃った。レオは、どさりと倒れたまま動かなくなった。
(2000文字)
ちょうど、二千文字だった。
「やばかった。殺されるところだった」
ダンは胸を撫で下ろした。