母が編む想い ニット帽
今日だけは記事を書いておこうと思って頑張っています
その思いは母の思いだからです
母が宗像病院に心を壊されて施設に入所して二ヶ月ぐらいになります
その生活の日々、母が自分で取り組めることで自分の好きな帽子を編んでくれました
手編みのニットの帽子です
かなりおしゃれにできていると思いました
今年の冬はこの帽子で決めると思います
自分の宝物です
ありがとう
自分の為に編んでくれたのでしょう
家にいる時は、帽子を編んでくれと頼んだ事がありましたが帽子は編んだ事がないから編めない言ってました
でも今回、帽子を編んでくれと頼んだら素敵な帽子を編んでくれました
自分も見るまで楽しみでしたが本当によくできていると思います
感謝感謝です
この想いだけは記事に残しておきたかってので今日は頑張って書きました
以前、自分の状態は予断を許さない状況ではあります
精神病は死なない病気じゃない
精神病も病気であるからには死ぬ病気であります
自分はその病気と闘っています
母が今回、宗像病院に心を壊された時、自分は母の壊れていく状況を垣間見てました
それは一度、自分が壊れていく状況と同じ
そして母が壊れた時、自分も壊れました
それから状態は予断を許しません
闘争という闘いです
母は帽子を編む事で闘ってくれてます
まだ次々、帽子は出来上がってくるでしょう
まだ山川家の闘いは続くのです
それは宗像病院壊滅までは続きます
日本の精神医療を終わらせたのは宗像病院です
精神医療が患者を亡き者にしたのです
俺ばかりじゃ無く母まで亡き者にした
その母が壊れいく姿を見ている自分には止める術はありません
自分が心理を学んで来たのは人を助ける為です
それが最愛の人である母を助ける事ができませんでした
その自分に対する屈辱は半端ありませんでした
自分にとってはこれは二度目の屈辱です
一度目は牧梨菜さんを助ける事ができなかったのです
自分の心理はなんのためなのか
自問自答の日々です
ただもう許せる事じゃありません
母の心を破壊された自分は宗像病院を許せる訳はありません
自分は心を破壊されても立ち直れる強さがありましたが高齢の母にはもうそれはできませんでした
自分の心理を持ってしてもそれはできませんでした
今は自分に集中して対峙すべきだと思っています
まだ予断を許さない状況です
生死を彷徨うが如く