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人混みが嫌いな招き猫

 僕は人混みや混雑が好きではない。どんなに自分が気に入っている店であっても、まず店の外から混雑具合をうかがってみて、混んでいるようだったら店に入ること自体を諦めてしまう。よほどの人気店でもない限り、何度か覗いているうちに混雑する時間帯と空いている時間帯の傾向が見えてくるので、空いている時間を狙いすまして入るようにしている。
 ところが、これは僕自身の思い込みによるところが大きいのだろうが、僕が入るまでは閑古鳥が鳴いていたような店が、僕が入店するやいなや、他のお客さんも続々と来店し、気が付けばほぼ満席になっている、ということがよくある。世間ではそういう人のことを「招き猫」というらしいが、この現象が思い込みでなければ、僕も招き猫体質を持って生まれついたことになる。
 しかし、招き猫体質なんてものに科学的な裏付けがあるわけでもないし、店の人だって「あの人が来ると不思議と店が繁盛するな」などといちいち観察するほど暇ではない。店が混雑してくると、「一番最初に来たおまえが早く帰れよ」という店の人の視線がなんとなく僕の方に向いてくるような気がして、僕の方でも「俺が招き猫なのにな」などと思いながら、そそくさと席を立つことにしている。招き猫体質なんか授かったとしても、本人には一銭の得にもならないどころか、かえってこうした理不尽な目に遭ってしまうわけである。いつの日か招き猫体質を持つ人間を結集し、社会にこの不合理を訴えて、国会の議席でも獲得してやろうと、一生懸命政策を練っている今日この頃である。
 ところで、日本における招き猫の歴史を紐解いていると、伝説的な招き猫体質を持った「仙台四郎」なる人物が存在していたという情報を得た。明治時代の人らしいのだが、いつも機嫌よくニコニコと笑っていたため、彼が街をぶらぶらしていると、その周りに人が集まってきて、立ち寄る店が大いに繁盛したというのだ。そんなわけで、店の方でも彼を福の神のように扱い、どこからともなく彼が現れるたびに酒食を振る舞い、彼が少しでも長く店に留まるようにしたというエピソードが残っている。
 現代の日本においても、是非この仙台四郎の故事にあやかり、招き猫体質を持つ人を優遇する制度でも設けたらどうだろうか。
 最新の技術をもってすれば、防犯カメラの顔認証システムと人工知能を組み合わせて、個々の客が入店した後に、どれくらいの客が続いて入店したのか、あるいは帰ってしまったのかを数値化して「招き猫指数」を割り出すこともできるのではないだろうか。例えば、この招き猫指数をGoogle Mapに登録された全ての店舗で共通化すれば、その人が本当に他の客を引きつけやすいのかを客観的に把握することもできるはずだ。招き猫指数が高い人には、飲食代を全額タダにしろとまでは言わないが、ビール一杯くらいは半額にするなどしても良いのではないだろうか。
 それにしても神様は僕に招き猫体質という資質を与えておきながら、同時に人混みや混雑が嫌いという資質も与えるとはなんとも皮肉なことである。人混みが得意とはいかないまでも、苦手意識さえ取り除いてくれていたら、この招き猫体質をさらに遺憾なく発揮できていたのではないかと思う。

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