簡単なヤマビル撃退法
虫を始めて間もない2017年初夏のこと。当時、地上徘徊性甲虫のゴミムシ類の採集にハマっていたのだが、身近な耕作地に生息する種は大方把握できたので、湿地性の種を見たくなり、居住している厚木市内にある休耕田の湿地(下写真)に、夜中に行ってみたことがあった。
ライトで地面を照らすと、予想通り、湿地性のゴミムシ類がたくさんいるではないか!憧れていたアオゴミムシやミイデラゴミムシも活発に動き回っていた。採りたい種の生態を考慮して、場所を選んで見にいけば、ちゃんと見つかるものなのだと実感した覚えがある。
嬉々として採集を始めたのだが、感激タイムはあっけなく終わる。ふと見ると、Tシャツの胸の辺りにヤマビルが付いてるではないか!慌てて払い落したが、よく見ると上半身に他にも数匹付いており、1匹は首まで来ていた。ズボンを見ると、何とさらに数匹上がって来ている状況。全部払い落としたが、あまりの気持ち悪さに完全に戦意喪失し、すごすごと帰宅してシャワーを浴びて穢れを落とした(幸い、吸血まではされてなかった)。当時、ヤマビルという生物の存在は知っていたが、実態をよく知らず、自分はヤマビル多発地帯に丸腰で踏み込んでしまったのだった。
登山愛好家には特によく知られているようだが、現在、神奈川県では丹沢山地を中心にヤマビルが広く生息しており、近年、生息域が周辺に拡大しているようである。自分の経験によれば、厚木市内でも丹沢の山につながる丘陵地では、低標高地まですでに分布が広がっているし、丹沢山地の外のエリアでも、相模湖の南側の丘陵地で確認している。個人的に西丹沢では見たことがなく、箱根とその周辺のエリアでも見たことがない。が、最近、西丹沢に隣接する山梨県道志村のキャンプ場でもヤマビルが見られるようになったようだし、現在ヤマビルフリーのエリアも、結局、時間の問題かもしれない。
これほど広範囲・高密度にヤマビルが広がった主な原因は、シカの個体数の増加と言われている。増えすぎたシカは、丹沢山地のみならず日本中の山地で植生破壊を引き起こしているのだが、何と、ヤマビルの運び屋になっているわけだ。
そんなヤマビルだが、虫屋にとっては、とにかく鬱陶しいのだ。私はゴミムシ類や水生昆虫を調査対象としているのだが、それらの生息環境はヤマビルの生息地とも被るので、フィールドに踏み込むときは、常に足元を気にしないといけない。上記のように、個体数が多い場所では、ほとんど立ち止まっていることもできず、ヤマビルが休眠する冬場以外の時期では、とてもではないが丸腰で踏み入る気にはなれない。
冒頭のヤマビル遭遇事件に懲りて、丘陵地の湿地帯から足が遠のいてしまったが、何とかならないかと思案し、対策法を思いついた。ヤマビルは塩分を極端に嫌う性質があり、食塩水を染み込ませたタオルを足元に巻いておく方法等がネットで検索してもすぐに出てくる。そこで、以下のような方法を試してみた。
① 飽和食塩水(食塩が常に溶け残っていればよい)を作って、スプレーボトルに入れておく。
② 背の高い長靴の上部に、ヘアバンドや、古い靴下を切って筒型にしたものを被せて、バンド部分に上記食塩水をスプレーして染み込ませる。
ヤマビルは、長靴を這い上がってきても、濃い塩分のあるバンドを突破できないという仕掛け。この方法の利点は、バンドの食塩水が乾いても、残存する塩分がヤマビルに対する忌避効果を持続することである。
さて、どの程度効果があるか? 2022 年5 月初めに、厚木市内の某ヤマビル多発地の寺院境内で検証してみた。本堂の裏手の藪に踏み込むと、予想通りヤマビルが集まって来て長靴を這い上がろうとしてきたが、そもそも濡れたバンドから垂れる塩水もダメなようで、しばらく長靴表面で塩分のない足場を探し回ったあと、諦めたように自分から降りていくという痛快な光景を観察できた(下写真)。
30 分ほど歩き回って,20 匹以上の個体が長靴に付いたが、結局バンドまで到達できた個体はゼロだった。これだけ効果があれば十分だろう。
その後、この塩水バンド長靴で武装して、夏場でもヤマビル生息地に踏み込んで調査するようになったが、バンドを突破できた個体は依然ゼロであり、足元を気にする必要はまったくなくなった。草に登ってちょっと高い所にいるヤマビルが長靴に乗り移ろうとしているのを見たことがあるので、バンドはできるだけ長靴の上の方に被せた方がよさそうである。
以上、低コスト・ローテクによる問題解決事例。