クチキクシヒゲムシ―甲虫の捕食寄生性つれづれ―
邂逅
トップ画像の虫を知っている人がいたら、相当な甲虫マニアだろう。あれは、2018年の5月下旬のことだった。4歳(当時)の次男と神奈川県西部の明神ヶ岳を登山中、登山道脇のスギ?の樹幹に、やや大型の甲虫がとまっているのを発見した。一瞬、コフキコガネかと思って素通りしようとしたが、コフキにしては体形が細長いし、発生時期がまだ早い。立ち止まってよく観察すると、頭部にカミキリムシのような大顎があるではないか!(下図)
何じゃこりゃ??
当時、虫を初めて2年近くたっていたので、好きな甲虫類では、1センチを超える大型種だったら、少なくともどの辺の仲間に属するかくらいは分かるつもりだったが、これはさっぱり分からなかった。採集して調べたところ、クチキクシヒゲムシ Sandalus segnis と判明した(参照した保育社の図鑑の標本写真には大顎が写っていなかったので、見つけるのに苦労した)。私が採集した個体はメスで、体長は大顎も含めると21 mmもある大型の個体だった。
この大型で異形の虫に興味を持ち、調べてみると、おもしろいことが分かった。
第一に、本種は結構な珍種であるということ。見つけやすそうな大型種であるにもかかわらず、その記録は、神奈川県と東京都を合わせても10例に満たない。成虫の発生時期は初夏(記録は4〜7月)で、ごく短期間にスポット的に多発する生態のようである。個体数はおそらく少ないわけではなく、とにかく発生の現場に遭遇するのが難しいのだ。本種のメスは、私が発見した個体のように、樹幹に静止してフェロモンを出してオスを呼び、その場で交尾を行い、樹皮の隙間に産卵するらしい。ネットで検索すると、メスに多数のオスが群がっている様子の写真が出てくる。
第二の興味深い点は、本種は甲虫では珍しく、幼虫が捕食寄生性と推定されていることである。寄主はおそらくセミの幼虫だとか。これが「推定」なのは、本種の幼虫をまだ誰も見たことがないからである。そう推定されているのは、北米産の近縁種で、セミの幼虫への寄生が確認されているから、らしい。
捕食寄生とは?
ここで脱線して捕食寄生の話をする。捕食寄生とは、一言で言えば、寄生者が特定の生物個体(寄主)に寄生して、最終的に寄主を殺してしまうような生態のことである。単なる捕食性の場合、一生の間に餌として捕獲する生物個体は多岐にわたるが(カマキリを想像すればよい)、捕食寄生の場合、特定の分類群の特定の個体に取り付いて捕食するという違いがある。通常の寄生の場合、寄生者は寄主から基本的に栄養を摂取するのみであるが、捕食寄生の場合、寄生者の生育のために、最終的に寄主を殺すことが、生活史の一環となっている。
私が、昆虫の捕食寄生の実例を体験したのは、ミノガの飼育時である。オオヒロズミノガというミノガ科小型種のミノを発見したので(神奈川県初記録!)、ミノを30個ほど採集して、飼育下で成虫を羽化させたのであるが、羽化後もミノをしばらく容器に入れて保管していたところ、ごく小さなハチが3匹、いつの間にか出てきたのである(下写真)。
ちょっと興味を持ったので、標本にして調べると、ハネマダラアシブトコバチ Hockeria biafasciata という種であることが判明した。同定に参照したのは、農業技術研究所の研究員だった土生昶申(はぶあきのぶ)博士よる日本産アシブトコバチ科の以下のレビジョンである。
A. Habu, 1960. A Revision of the Chalcididae (Hymenoptera) of Japan, with Descriptions of Sixteen New Species. Bulletin of the National Institute of Agricultural Sciences. Ser. C, Plant pathology and entomology, (11): 131-363.
60年以上昔の論文であるが、アシブトコバチ科の分類研究は、ここからあまり進んでいないようである。
さて、残してあった空ミノを分解してみると、下写真のように、ミノガの蛹の外骨格の内部に、スッポリとコバチの死骸が収まっているのがあった。
これこそ、捕食寄生の決定的な証拠だろう。おそらく、コバチのメス成虫は、ミノガの蛹が入っているミノを発見し、ミノの外から産卵管を突き刺して、蛹の体内に産卵したのだ。孵化したコバチの幼虫は、蛹の内部を完全に食い尽くした後、残った外骨格の中で蛹化し、羽化後にミノを食い破って出てきたわけである。
その後、ホソガ等の小蛾類を飼育するようなって、このような蛾の幼虫を寄主とする寄生蜂はいまいましいほど普通にいることが分かった。展翅の練習のためにクズホソガやミカンコハモグリの幼虫をたくさん採ってきても、恐ろしく微小なヒメコバチ類が高率で出てきて、肝心の蛾の成虫が手に入らず、落胆させられたことが何度もあった。小蛾類の幼虫は、薄い葉の内部に潜んでいるものが多いのだが、寄生蜂はそれらを目ざとく見つけて、幼虫に産卵しているようである。
捕食寄生性の甲虫はいるか?
上記は捕食寄生性のハチの例だが、他の分類群に捕食寄生性の虫はいるだろうか?甲虫ではどうだろう?これが、捕食寄生性昆虫のほとんどは、ハチ類(ヒメバチ科、セイボウ科、コバチ上科など)とハエ類(ヤドリバエ科など)で占められており、甲虫で幼虫期に捕食寄生性の生態持つ種は非常に少ないようである。
日本産甲虫で幼虫が捕食寄生性の種は、ざっと検索した限り、
サビマダラオオホソカタムシ(カミキリムシの幼虫に寄生)
クロサワオオホソカタムシ(カミキリムシの幼虫に寄生)
ミイデラゴミムシ(ケラの卵に寄生)
くらいしか出てこない。
上記ホソカタムシ2種の幼虫は確かにカミキリムシの幼虫に外部寄生して食い殺す生態があるようで、害虫のマツノマダラカミキリの防除への応用が研究されているようである。
ミイデラゴミムシは、里山の谷戸のようなジメジメした環境に生息する美麗なゴミムシである(下写真)。
この虫は、捕まえようとすると熱いガスを噴射する生態に加えて、幼虫がケラの卵に寄生するという特異な生態でよく知られている。ケラは地中に産卵するのだが、ミイデラゴミムシ(これも地中に産卵する)の幼虫は、孵化すると、土中を進んでケラの卵塊に自力で辿り着き、卵塊のみ摂食して生育するらしい。確かに、捕食対象が特定の種の特定の齢期に特化しているので、寄生と言えば寄生だが、上述の寄生蜂の場合と違って、寄主が特定の個体に絞られているわけではないので、これを捕食寄生と呼ぶのは個人的に違和感がある(同様の生態を持つマメハンミョウの幼虫も然り)。
ところで、このミイデラゴミムシのケラ卵食、最初に発見した人は一体どうやって発見に至ったのか、想像つくだろうか?上述の寄生蜂の場合、捕食寄生の現場はあくまで地上であるので、採集した蛾の幼虫からハチが羽化してくれば、寄主と寄生者の関係を知ることができるが、ミイデラゴミムシとケラ卵の場合、現場はあくまで地中で起きている。たまたま土を掘ったらケラの卵塊が出てきて、よく見ると見慣れない甲虫の幼虫が卵に取り付いていて、卵塊ごと採集して飼育したらミイデラゴミムシが羽化した、という、あまりにも幸運すぎる状況に最初に遭遇した人物がいるはずなのである。
その人物は誰か?文献を辿ると、どうやら、農業技術研究所の研究員だった土生昶申(はぶあきのぶ)博士のようである。何と、上述のアシブトコバチ科のレビジョンの著者と同じ人。以下の論文にミイデラゴミムシの幼虫について詳細な記述がある(これらの論文はネットでPDF入手可)。
土生昶申・貞永仁恵, 1965. 畑や水田付近に見られるゴミムシ類(オサムシ科)の幼虫の同定手引き (3). 農業技術研究所報告C, 病理・昆蟲, (19): 81-216.
土生昶申・貞永仁恵, 1969. 畑や水田付近に見られるゴミムシ類(オサムシ科)の幼虫の同定手引き (補遺). 農業技術研究所報告C, 病理・昆蟲, (23): 113-143.
ケラ卵食の生態と、幼虫の形態について詳説しているのだが、残念ながら、発見時の臨場感溢れるエピソードの記述はない。真相は藪の中。
余談ながら、私の義父(妻の父親)が元農技研の研究員で、土生博士は、同室で机を並べていた先輩だったようである。上記のミイデラゴミムシの件について話すと、「余計な事を書かないのは、いかにも土生さんらしい」とか。話によると、土生博士は根っからのゴミムシ愛好家で、農技研でゴミムシの分類研究に勤しんでいたが(記載者名にHabuとあるゴミムシは多数ある)、益にも害にもならないゴミムシ研究はやめて、コバチの分類をやるよう上から命じられ、渋々ながらコバチ研究に転向し、上述の大著レビジョンをまとめ上げたらしい。土生博士の人となりが少しだけ窺えるエピソードである。
北米産クシヒゲムシの生態
さて、話をクチキクシヒゲムシに戻す。本種の幼虫はセミの幼虫に寄生するのかもと言われているが、その根拠は、北米産の同属種 Sandalus niger の幼虫がセミの幼虫に捕食寄生することが実際に確認されているからである。セミの幼虫と言えば、地中で木の根に取り付いて樹液を吸っているわけで、寄生の現場は地中のはずである。土生博士の他にもう一人、地中の寄生現場を押さえた超絶に幸運な人物がいたのだ。しかも、この方は発見時の様子も詳細に書いてくれている。論文は以下である(ワシントン昆虫学会のサイトからPDF入手可)。
Craighead, F. C., 1921. Larvae of the North American beetle Sandalus niger Knoch. Proceedings of the Entomological Society of Washington, (23): 44-48.
実に100年前の論文である。著者の Frank Cooper Craighead Sr. は、米国農務省に勤務していた昆虫学者で、ウィキペディアにも記事があるので、著名な方のようである。論文の冒頭に、発見時の様子が書かれている。以下、引用。
実に幸運に恵まれた発見ではないか!地中の捕食寄生の現場を押さえたのが、本当にただの偶然であったことがよく分かる。クシヒゲムシ Sandalus niger が、セミの幼虫に捕食寄生するという事実のみならず、その捕食形態が、セミの幼虫の体表に食らい付く外部寄生であることまで明らかにしている。幼虫の形態も、寄生性甲虫特有の三爪型 triungulin であるらしい。
Craighead氏の発見から示唆されるクシヒゲムシの生態は、以下のようなものである(これは私の想像)。
樹幹に産み付けられた卵から孵化した幼虫は、木を降りて根元に潜孔し、セミの幼虫(ある程度生育した大型の個体)を探す。
セミの幼虫を見つけたら、体表(腹部?)に食らい付き、幼虫の体液を吸って生活する。
ある程度生育したら、セミの幼虫の体内に食い入り、外骨格を残して内部を食い尽くし、そこで蛹化する。
羽化した成虫は地表に出て、樹幹まで登る。メスはフェロモンでオスを呼び、交尾に至る。
日本産種の生態を解明するには??
さて、日本産のクチキクシヒゲムシ Sandalus segnis も、日本産のセミの幼虫を寄主として、全く同様の捕食寄生を行っている可能性が高いわけだが、これらの知見を踏まえて、それを効率的に証明する方法があるだろうか?
うーむ、、、思いつかない!(笑)
いくら詳細な仮説が立っていても、地中に隠れていると手も足も出ない。クシヒゲムシ以前の問題として、羽化直前でない時期にセミの幼虫を掘り当てること自体難しいだろう(私は1回だけ掘り出したことがあるが、本当に偶然)。
やるとしたら、飼育下での証明だろうか。セミの幼虫をアロエの鉢植えか何かで恒常的に飼育しておき、並行して、初夏にフィールドでクシヒゲムシの産卵現場を押さえて卵を採集し、卵をアロエに移植して経過を見るとか。孵化した幼虫が土中に潜ってセミの幼虫に寄生すれば成功である。が、、これも本気でやろうとすると年単位の時間がかかりそうである。考えるだけでメンドクセ。。
あるいは、間接的な方法であるが、クシヒゲムシのメスを見つけたら、その木の根元でそのメスが脱出してきた穴を探し、見つけたらその下を掘り進んで、セミの幼虫の抜け殻(内部にクシヒゲムシの抜け殻も入っている)を探す、とか。こっちの方がまだ現実的かもしれない。
苦労して生態を解明したところで、予想される結果を追認するだけで終わりそうなのが、このテーマの残念なところであるが、こういう生態面の記載的研究も重要なはず。この記事を読んで興味を持った方がいたら、ぜひ知恵を絞って挑戦されたい。少なくとも甲虫界では相当インパクトのある発見になると思います。
※本稿に関する筆者の採集記録は以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2019. 南足柄市でオオヒロズミノガを採集. 神奈川虫報, (199): 71--72.
齋藤孝明, 2019. 南足柄市でクチキクシヒゲムシを採集. 神奈川虫報, (200): 89--90.
齋藤孝明, 2020. Ceratosticha属微小ミノガに寄生するハネマダラアシブトコバチ. 神奈川虫報, (202): 1--2.
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