カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜 Vol.3 【二宮 彰浩さん】作業療法士から農家へ。「北小野物語」を紡いでいく
現在、農家プロデュース&デザイン集団の「HYAKUSHO」では、クラウドファンディングプラットフォーム「CAMPFIRE」を通じて資金調達に成功した「農家さんの 365 日をそのまま伝える HYAKUSHO カレンダー」の制作プロジェクトを実施中です。
カレンダーは、ひと月にひとりずつ農家さんをご紹介。農家さんへの取材から見えたストーリーを通して、農家さんと消費者を繋げることを目指し、2022年に向けてお届けできるよう、走り出しています。
こちらのnoteにて展開するWEB連載「カレンダーの向こう側〜農家のお茶の間〜」では、農家さんへの取材から見えた「つくり手の生き方」を、より詳しくお伝えしていきます。ぜひ読者の皆さんにも、農家さんと一緒にお茶を飲みながら、お話を聞いているような気分を味わっていただけると幸いです。
今回の農家さんは、二宮 彰浩(にのみや あきひろ)さん。2020年春より長野県塩尻市、北小野地区の農業法人「筑摩地農産(ちくまちのうさん)」に所属しています。それまでの仕事は、福祉の現場で働く作業療法士。40歳でのキャリア転換です。
農業の世界に足を踏み入れる人生は、思いもよらなかったという二宮さん。就農のきっかけや、福祉の外からできる支援、そして畑のある北小野地区を盛り上げる活動 ”北小野物語” についてお聞きしました。
農家の世界がひらくとき
「福祉以外でなにかやれることないかな、なんて思ってたときに、”農家” がズコーン! と目の前に来たんです。」
二宮さんは、病院と福祉施設の現場で働く作業療法士として働きながら、ジョブコーチとして、障がい者への就労支援も担当していました。およそ18年のキャリアがありましたが、就労支援をするなかで葛藤することも多かったそうです。
「就労についての困りごとに対して、現行の制度では支援するサービスが存在しないことも多くありました。叶えたい支援と現実とのギャップが大きいことに、いつしか疲れてしまったんです。悩みましたが、一回福祉から離れて、異なる世界を見てみたいと思いました。」
福祉以外の道を探していたところ、偶然にもHYAKUSHOの木下に出会います。
『土地はたくさんある。道具もある。機械もある。販路もある。そして農業のノウハウもある…。これだけ揃っているのに、農業のプレイヤーがいない。困っている農家さんがいる。』
木下から聞いたこの一言が、農家への入り口であり、そして後に所属する「筑摩地農産」への出会いとなりました。
「農業について、まったく知識が無い僕は、どういうことなんだろう? と興味を持ちました。」
筑摩地農産は、代表の永原英男さんの「北小野を盛り上げたい」という思いから立ち上げた会社です。その志が、二宮さんには自分事のように感じられたのだそう。
「僕は北小野にも農業にも、縁もゆかりもありません。しかし話を聞くうちに、僕がやるべきことは、農業だ! と思えたんです。良い出会いや、タイミング、運が短い間にかち合って、今の僕がいるんです。この出会いに、感謝しています。」
日本ではその昔、“苗字” は職業を表すものでした。農業に従事するものを表す百姓は ”百の姓” と表される人々です。
「この1年で、相場価格や経営について勉強し、道具を自分で直し、フォークリフトや大型特殊免許の取得もしました。農家って野菜を育てるだけではないんですね。百姓はそのくらい、何でもできなくちゃいけないってことです。
僕は、視野を広げたいと思って、福祉の世界から外に飛び出しました。社会勉強をしたいと思ったときに、農家がいちばん適していたわけです。」
重なり合った偶然から開かれた、新しい世界。まったく知らない農家の生活が始まりました。
北小野を盛り上げる、”参加”の場を提供する
仕事を覚えながらも、同時に筑摩地農産の志である「北小野を盛り上げる」をキーワードにして活動を開始します。人手が必要な収穫時に、手伝える方を募集する、人材バンクの仕組みを構築しました。
「北小野に人が集まったらいいな、と思って立ち上げました。参加者は性別も歳も、障害の有無も問いません。」
夏の収穫時には、畑を体験したいと希望した多くの参加者が、北小野に集まりました。北小野に普段は足を踏み入れない方にも参加してもらえて、盛り上がりを見せたようです。
収穫時には、二宮さんが前職で支援をしていたような障がいを持つ方や、その親御さんのグループ、福祉の支援者も ”参加” されたのだそう。偶然にも、二宮さんが福祉支援時にテーマとしていたのは ”参加” でした。
「リハビリテーションでは ”参加” は重要な意味を持つんです。僕が福祉の中にいた支援の枠組みでは、 ”参加”の場 の提供が難しかったこともありましたし、”参加” に対する考えが凝り固まっていた部分もありました。
しかし、その ”参加” が、農家に転身したことによって、もっと大きくて自由な概念として見えるようになってきたんです。
今では、農家として、参加できる場をもっと提供するという目標ができました。以前は雇用される人を支援する世界にいましたけど、今後は、いち企業の人間として、障害者雇用も担っていきたいと考えています。」
畑から「北小野物語」が始まっていく
筑摩地農産は、北小野の霧訪山の山麓に、広大な畑を持ちます。機械を用いることで収穫量・収入ともに安定した運営を目指しています。
「大規模・機械化・少人数の形態を採り入れて、収入が安定すれば、雇用も生まれるんです。そうすれば、北小野に関わる人を増やすことができると考えています。」
今後は、北小野で作った野菜をきっかけに、全国の方と繋がることを視野に入れて、新たにネット販売も始めていきます。
「筑摩地農産の野菜を食べた方で、『こんなおいしい野菜を食べたことないから見に来ました』なんて方がいらっしゃったら嬉しいですよね。
ネット販売は、農家と全国の消費者が直接つながれる貴重な機会です。」
これら北小野を盛り上げるプロジェクトには「北小野物語」という名を付けました。まだ仮の名前とのことですが、北小野に足を運んでもらうことを目指して推進されていきます。
「新しく農家を始めたい方や、おいしい野菜を使ってここにレストランを作りたい方にも今後お会いできたら嬉しい。頑張る方が集まることで注目されて『北小野っておもしろいところだな』と思ってもらえたらいいですね。
少しずつではありますが、”北小野物語” のページを増やしていきたいです。」
——縁も所縁もなかった、土地と職業。しかしこの1年で「北小野」と「農家」に、縁と所縁を作りあげました。 ”北小野物語” の続きを、北小野に惹かれた者たちと、一緒に紡いでいくことでしょう。
二宮 彰浩
岐阜県可児市出身。作業療法士免許を取得後、縁あって長野県の精神科病院に就職。医療・福祉の世界で18年のキャリアを経て、農業者へ大転身。「意外にも色んな事を経験」しており、紙で器を作ったり、配管の仕事をしたり、詩を書いたり、ラジオのパーソナリティをしたこともあったり。「面白そうな事は何でもチャレンジします。」