秋 3
「……儲かってそうだな」
人の群れとおやじを見比べる。
「まぁ、ぼちぼちだよ。ぼちぼち」
おやじは頭を掻いてから、ニヤリと笑った。
これは相当稼いでそうだった。
あまりにも調子が良さそうな様子に思わず舌打ちでもしてやりたくなる。
他人の成功を妬んで、腐したくなるのは偏に生まれと育ちの悪さ故なので、どうしようもない。
が、こちらも大人なので、出かかっていた舌打ちを飲み下した。
随分と丸くなったな、ドレ。
なんて、心の中で響いた気がしたが、苦笑いで誤魔化す。
「人混みに乗じて儲けやがって」
舌打ちの代わりに言葉は口から出てしまった。
育ちの悪さのせいなので仕方ない。
再び会話が途切れた。
鼻を利かせれば、肉の焼ける食欲を誘う香りが漂っている。
そういえば、朝にコーヒーとパンを一つ食べただけだったな、と思い出す。
この人混みの中にいた疲れも手伝ってか、思い出すと腹が減ってきた。
ここで何か腹に入れておくのも悪くないかもしれない、なんて思っていた時だった。
「良い匂い……! 美味しそう……!」
いつの間にかキルが隣に来ていた。
屋体の串焼き肉に興味が出たらしく、精一杯背伸びして網の上を覗き込んでいた。
「おい、キル、危ないぞ」
炭の火程度で火傷するキルではないが人前で注意しない訳にもいかない。
「お! キルちゃん! お目が高いねー!」
肉屋のおやじは売り込みなのかキルに話しかけた。
「おじさんが丁寧に焼いてるからね、美味しいぞお!」
「うん……! 美味しそう……! ドレ、美味しそうだよ?」
おやじとキルの視線がこちらに集まる。
「……そうだな、美味そうだ。でも、買うとは言ってない」
こうなると逆張りしたくなるのは、そういう性なので仕方ないのだ。
おやじから非難の目が、キルからは悲しそうな目が刺さる。
「おいおい、ドレ。いくらなんでもそりゃあキルちゃんが可哀想だろ。食べたいよな、キルちゃん?」
「……ドレ」
おやじはこちらに売り込む気満々らしい。
キルは悲しそうな目のまま、小さく俺の名前を呼んだ。
「ドレ」
「……ドレ」
「……あー! わかったよ! 買ってやるよ! おやじ、二本でいくらだ⁉︎」
どうせ俺も腹が減っているのだ、元から買うつもりはあった。
このまま勢いで買い物してしまおう。
ポケットから財布を取り出しながらおやじに訊ねた。
「お! 毎度! 二本で一二〇〇だ!」
「高っ! ボッタくりじゃねーか!! ふざけんな!」
「おいおい、聴こえが悪いぜ。こっちは手ずから丁寧に仕込んで、手ずから丁寧に焼いてんだ。適正価格だぜ?」
「だからって高すぎるだろうが! 祭り価格にしてんじゃねーよ!」
あまりにも露骨なイベント価格だった。
普段の肉屋の肉の値段から考えれば二本で八〇〇がいいとこだろう。
なんなら八〇〇でも高い。
こっちは貧乏根性上等のスラム育ちだ、こんな店で買えるか。
財布をポケットにしまおうとしたところで服の裾が引っ張られた。
「……なんだよ」
「ドレ……、買わないの?」
「買わん。高い」
「ドレ」
「買わん」
「ドレ」
「……」
「ドレ」
キルがこちらを見上げている。
相変わらず綺麗だが何処か虚ろなキルの瞳はこちらの何かを吸い込むようだった。
その虚ろな瞳の奥に妙な強い意思が見えた。
この兵器の少女は、妙に食い意地がある。
俺はハァ、と盛大にため息を吐いた。
「おい、おやじ九〇〇にまけろ」
「そいつは無理だな、ドレ。一〇〇〇! これよりはビタ一文まからない!」
「チッ、それでいいよ、もう」
財布から紙幣を一枚取り出しおやじに渡す。
おやじはいい笑顔で紙幣を受け取った。
「毎度ぉ! ほれ、熱いから気を付けて食べろよー」
おやじの笑顔に苛つきながら串焼きを二本受け取る。
覚えてろよ、次に肉屋で買い物する時思いっきり値切ってやる。
「まったく。キル、お前のせいで高い買い物させられたぜ」
「だって、美味しそうだったから……」
受け取った串焼きのうち一本をキルに渡す。
「熱いから気ぃ付けろよ」
「うん。 ……美味しそう!」
キルは嬉しそうに早速肉にかぶり付いた。
その様子を見てから、俺も一口食べる。
悔しいことに、味の方に文句は無かった。
……まぁ、良しとするか。
振り返る。
いつの間にか人波は先程よりは幾分マシになっていた。
キルの背中を叩き、人波の中に戻る。
おやじが手を振っていたが無視した。
帰路に着く。
隣のキルは楽しそうだった。
それならいいか、なんて一瞬でも思えてしまった。
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