砂上の楼閣 16

 怪物の右腕が相当な重量と速度、そして強力な膂力を持って聖騎士に襲い掛かる。
 聖騎士は即座に反応。
 左から迫る怪物の攻撃を、左腕の盾で軽々と弾き、いなす。
 トゥーリアでは足止めすら難しかった怪物がいとも容易くその巨体をぐらりと揺らした。
 その、瞬間にジェルドの魔法が発動した。
 聖騎士の頭上。
 どぽん、という鈍い音を立てて天井から水の塊が落ちてきた。
 降り注いだのではない。
 落ちた。
 塊は聖騎士を飲み込むと、球形を保ったまま宙に浮かんだ。
 遅れて怪物が地面へ倒れた音が響く。
 地面が軽く揺れる衝撃があったが、それでも水塊は宙に浮かんだままだった。
 ジェルドは必死の形相で、杖を水塊或いはその内部の聖騎士へと向け続けていた。
 水塊をよく見れば、球形の全体が白く波立っており、その内部の流れの激しさを物語っていた。
 然しもの聖騎士と言えど、絶体絶命かと思われたが、時折水塊から斬撃状の水飛沫が飛び、そのたびにジェルドの形相が一層険しくなるところを見るに無事ではあるようだった。
 ジェルドの作り出した水の檻は、斬撃のたびに小さくなり、すぐに維持できなくなるかと思われたが、天井へ繋がった上部から絶えず水を供給しているようで、意外なことに聖騎士はすぐに出てこなかった。
 また、水塊の下部は地面と繋がっており、そこから周囲の瓦礫なども吸い上げているようで、水塊はどんどん濁流していく。
 内部はとんでもない事になっているであろうが、しかし聖騎士の斬撃の回数や勢いが衰えたようには見えない。
 対するジェルドも額に青筋を立てながら必死の形相で水塊に杖を向け続けている。
 束の間の膠着状態が出来上がった。

 トゥーリアは距離を置いた位置でその始終を見ていた。
 最初に頭に浮かんだのは、今なら逃走が容易だ、ということだった。
 ジェルドも怪物も、そしてそれらと戦闘している聖騎士も意識はこちらに向いていない。
 トゥーリアが逃走することに気付いても、追撃される可能性は極めて低い。
 懸念があるとすれば聖騎士のことだ。
 仮にも『五天』に名を連ねる者だ。
 あの水の檻程度、なんなく破壊可能だろうが、未だ出てこない。
 何か、思惑があるのか?
 まさか、この場にいる第四者である私の出方を窺っている?
 疑心がトゥーリアの足を止める。
 それに、この地下空間には気になることがある。
 『オーブ』に関する重要な情報がある可能性が高い。
 この場を逃走すれば、おそらくこの戦闘に勝利するであろう聖騎士が全ての情報を『協会』へと持ち帰るだろう。
 そうなれば、琴占言海にその情報が渡るまでに少なくないラグが生じる可能性がある。
 些細な欠片でもいい、せめて何か重要な情報をこの場で掴んでおきたい。

 逃げるべきか否か。
 トゥーリアが頭を悩ませている時だった。
 怪物が、倒れていたその巨体をむくりと起き上がらせた。


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