砂上の楼閣 22

 怪物の、あらゆる動作よりも疾く、鋭く、そして寸分の違わず精確に。
 怪物の胸の中央で輝く『オーブ』の不気味な白い輝きとは正反対の、清浄な青白い淡い光が聖騎士の放った剣閃の尾を引くように輝き、剣と『オーブ』が遂にぶつかった。
 莫大なFPを誇る聖騎士の剣技を以てしても『オーブ』を瞬時に破壊することは叶わなかったのか、聖騎士と怪物の動きが瞬間的には止まった。
 しかし、すぐに動き出す。
 聖騎士の身体がほんの僅かに前へ動いた。
 『グォォォオオオオオオッ!!』
 怪物が苦しそうな雄叫びを上げた。
 『オーブ』の不気味な輝きが光を増した。
 それは、聖騎士の剣が『オーブ』を割り始めた証左だった。
 聖騎士の身体がまた僅かに前へ。
 『グォォォオオオオオオッ!!』
 怪物の雄叫びの強さが増し、その雄叫びに明らかに怪物のものではない不気味な甲高い怨嗟の声のような音が混じる。
 その声は『オーブ』自体が放っているもの。
 『オーブ』の光が不規則に明滅を始める。
 さらに聖騎士の身体が僅かに動いた。
 「パキッ」という小さな音が、不思議なほど地下空間全体に響いた。
 ここまで、時間にして一秒に満たない僅かな時間だった。
 『オーブ』がひと際強い光と濃く重いFPの衝撃を放つ。
 『グォォォォォォォォオオオオオオオオオオオッ!!』
 怪物がひと際長い雄叫びを上げた。
 『オーブ』の光が怪物と聖騎士を包んだ。

 トゥーリアはその様子を見てもいなかった。
 ジェルドも、また同様。
 お互いの動き、その一挙手一投足に集中していた。
 こちらの勝負もまた次の一手、そして次の一瞬で決する。
 二人はほぼ同時に確信に似た予見をしていた。
 極限の集中により時間の引き延ばされたトゥーリアの視界の中で、ジェルドの目の前、トゥーリアの往く手を阻むように魔法陣が展開された。
 ジェルドの身体すっぽりと納まるほど比較的大きな魔法陣。
 (何が来る……?)
 トゥーリアの思考が動く。
 もし、トゥーリア・グレイスがFP能力を『魔法』と呼称する勢力に所属していれば、魔法陣から何かを読み解くことが出来たかもしれない。
 否、ジェルド・ファウオのような戦闘慣れした一流の魔法使いであれば、そういった情報は魔法陣の中であっても当然、隠蔽している。
 何が来る?
 ジェルドの魔法は地水火風の四大元素を操る類のものだった。
 西洋魔法においては基礎の基礎、だからこその奥義。
 1番多様していたのは、火の魔法。
 炎の柱を噴き出すあの魔法。
 威力が高く、出が早い。
 ならば、なぜこの盤面で魔法陣が一枚?
 後方に展開されている?
 確認は、不可能。
 視線も動かせない。
 水の魔法はどうだろうか?
 聖騎士を一時的にとはいえ閉じ込めた強力な魔法を、ジェルドは操ることが出来る。
 この局面で閉じ込める意味は?
 他のかたちの水の魔法は?
 地の魔法は地面から大きな棘を生やしていた。
 行く手を阻む壁やそのまま挟み込むような板を作り出すことも可能だろう。
 だが、サンプルが少ない。
 風の魔法は、直接的な威力を得るにはそれなりに大きなFP、大きな魔法陣が必要だろう。
 あの魔法陣は必要充分?
 それとも不足している?
 思考が回る。
 思考が回る。
 思考が回る。
 回避?
 防御?
 迎撃?

 否。
 答えの出ない思考など、邪魔だった。
 殆ど無意識にトゥーリアはコートの胸ポケットに手を伸ばしていた。
 切り札。
 ここで切らずして、切り札に意味など無い。
 逆境を覆すジョーカーを、トゥーリア・グレイスは信じる。

 胸ポケットから取り出した『それ』を持ち、構える。
 トゥーリアは全力のFPを練り上げ、『射出』に賭けた。


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