砂上の楼閣 23

 数多の戦闘をこなしていたジェルドにとって、同じ裏社会のプロとはいえ『運び屋』でしかないトゥーリアの戦闘力などたかが知れていた。
 どれだけトゥーリアがFP能力を駆使したところで自分の勝利は見えている。
 見据えるべきはトゥーリアではなく聖騎士であり、五天の能力者である聖騎士から逃げ延びるためには魔力(と呼称しているFP)を温存する必要がある。
 しかし、だからと言って目の前の敵を疎かにしては本末転倒。
 まずは確実に目の前の脅威を消す必要がある。
 油断はしない。
 ジェルドが展開したのは、そのための充分な威力を持った火の魔法陣であった。
 トゥーリアがいかに全力を出したところで、高威力かつ高速の炎の柱を正面から防ぐことは不可能。
 これまでのようにおとなしく回避すれば、既に起動を準備している二枚目の魔法で勝負を付けるだけ。
 正面に見えるトゥーリアを見据えながら、ジェルドはそう確信していた。
 ――トゥーリアが切り札を構えるまでは。

 トゥーリアが胸ポケットから『それ』を引き抜いた、その時点で空間全体の空気が確かに変わった。
 実際に何かが起こったわけではないはずだ。
 が、FPを扱う者であれば『それ』の放つ異常な存在感は到底無視できるようなものではなく、それがプレッシャーのように作用し空気を変えた。
 『それ』はなんの変哲もないサバイバルナイフの形をしていた。
 刃渡りして六センチメートル程もない、街中で所持していてもそれほど大きく問題にならないような、なんの変哲もないナイフ。
 装飾の類は無く、無骨というよりは地味な見た目の何処にでもある様なナイフ。
 それが、この場にふさわしくないとさえ思えるような安っぽいナイフが、この場の空気を塗り替えるような異常な存在感を放った。
 相対するジェルドはそのナイフを見た瞬間に背中から汗が吹き出すのを感じた。
 混乱。
 正体不明のナイフに感じる脅威は果たして本物か?
 自分が感じる異常に疑問すら抱いてしまう。
 トゥーリアが構えた。
 『射出』。
 正面から挑んでくる。
 まずい!まずい!まずい!まずい!
 ジェルドの脳内でアラートのように繰り返される。
 何が?
 どうして?
 疑問は大きく、脳内は混乱を極めていたが、それでもジェルド・ファウオはプロだった。
 全ての思考に構わず、反射的に身体が反応し、展開していた魔法陣を強化した。
 煌々と魔法陣の光が強くなる。
 ジェルドはその瞬間に割けるリソースの全てを目の前の魔法陣に注いだ。
 本来ならば先程までの魔法陣でもトゥーリアを圧倒出来る充分な威力だった。
 その上で行った強化は、聖騎士との戦闘に持ち出す程の、過剰ともいえる程の威力を生み出す。
 が、それでも。
 ジェルドの脳内に奔るアラートは、鳴り止まない。

 ジェルドの魔法が発動するのと、トゥーリアの『射出』は全くの同時だった。


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