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#4 越中蒸され旅

 2月のある日、バックパックに内田百閒の文庫本とポメラを放り込み、富山行きの新幹線に乗った。北陸サウナの聖地、スパ・アルプスへ行くためである。なおポメラDM250は、旅のお供にはちとでかいので要注意だ。

 サウナの名店として、スパ・アルプスの名前は知っていた。昨年さるBSの番組で見た店内の様子が、洗練などという言葉とは無縁の、昭和の風情ただようおじさん大喜びのたたずまいだった。富山の新鮮な海の幸が楽しめるという、充実した店内の居酒屋メニューも魅力的で、行ってみたいとずっと思っていた。

 そんな折、働き方改革の波が、地球2周分ほどおくれてわが勤務先にもやってきた。休みを取得するよう急に指示があったのだ。なお、休みが増え通常業務が倍増しただけのわが職場には、まだ有給という言葉は浸透していない。

 とにかく、降ってわいたせっかくの休みを有効活用しなくてはもったいない。ちょっと遠くで羽を伸ばしたい。ここで肝要なのは、あまりお金を使わず、家族がうらやましがらない行き先を選択することである。行き先によっては「父ちゃんばっかりいい思いして」と突き上げをくらうのは必至。妻の顔色をうかがいつつ切り出す。「今度の連休なんだけど、富山の有名なサウナに行こうと思う。カプセルホテルで一泊3800円なんだけど」「あ、そう。行ってらっしゃい」。以上。夫の行動に寛容なすばらしい妻であるが、夫のやることにあまり興味がないのが本当のところだろう。

 というわけで北陸新幹線で富山へ。駅前は広々と洗練されていて、路面電車も近未来的なデザインのものからレトロ感あふれるものまで、なかなかの地方都市っぷりである。がらんと開けているだけに人は少なく感じるが、いい街だ。昼過ぎについて、適当に駅前で時間をつぶしてから郊外の目的地へ行くつもりだった。

 とても天気がよく、新幹線から美しい立山連峰が見えた、と仕事中の妻にLINEしたところ、環水公園というきれいな公園があるので予定がないなら行ってみたら?との返信。かつて子供と遊びに行ったことがあるらしい。行ってみたら青空をバックに連峰が映える、とても気持ちのいいところだった。日本一美しいと言われているらしいスタバも園内にあったが、遠目にも混んでいたので近寄らず。

 夕方までまだ時間があったが、観光する気もないので路面電車で映画館へ。2度目となるスラムダンクを見た。2度目でも面白く、興奮し、手に汗握る。すっかりスポーツをしたような気分だ。実際に体を動かさなくても、サウナ前にスポーツ観戦のようなことをするのはいいかもしれない。

 乗ろうと思っていたバスに乗り損ねてしまい、3キロほど歩いてスパ・アルプスへ。事前に調べておいても、知らない街の公共交通機関は私にはハードルが高い。ちなみにスパ・アルプスをあとにした翌日も、平日と休日ダイヤを勘違いして電車に乗り損ねた。グーグル先生の案内で路面電車駅になんとかたどり着き、事なきを得た。車がすぐ横を走る路面電車に乗るのは新鮮でなかなか楽しかったが、次は折りたたみ自転車を持ってこよう。

 混んでいたこと以外は、スパ・アルプスのサウナは評判通りとてもよかった。硬いとか柔らかいとか水質の違いまではよくわからないけれど、自慢の水風呂は染み渡るようで本当に心地よく、飲んでも確かにおいしい。浴室で水分補給できるというのはとてもいい。午後9時すぎくらいはかなり混んでいたので短め2セットですぐに出て、空いてきた午前1時くらいにゆっくり4セット。翌日の午前中にまた4セットと、じっくり堪能した。気持ちよくて空を見上げながら笑ってしまうほどだったが、ととのったかと言われると、これもまたよくわからない。これだけ入ると体はグダグダで、2日目は終日ふわふわした感じだった。サウナに入りすぎて頭痛がするときもあるが、今回は大丈夫だった。

 今回、サウナ旅にあたって秘密兵器を導入した。ひとつはシャオミのスマートバンドである。サウナ関連の書籍に、入浴時は心拍数を参考にして、入る時間もきちんと管理した方がよいとあった。だがサウナに時計があるとは限らないし、あっても見えるところに毎回座れるとは限らない。機能的には普段つけているアップルウォッチで事足りるが、高温によるトラブルがこわい(案外壊れないらしいけど)。そこで、心拍が計測でき時間も分かる安価なスマートバンドである。調べると、3000円ほどで買えるシャオミのものが具合がいいらしい。動作保証はしていないだろうけど高温に耐え、バッテリーのもちもよく、型落ちでも十分な機能。その値段なら、ということで入手した。サウナを健康的に楽しむためのお供として、これはいい買い物だった。

 秘密兵器のもうひとつは、サウナハットだ。これまで使ったことがなかった。スパ・アルプスのオリジナルのがほしくて、ちょっと高いと思ったけど5000円でフロントにて購入した。初めて使ったサウナハットは、のぼせることなく体の芯をじっくり温めるのにとても役だった。目深にかぶると頭部への暴力的な熱がシャットダウンされ、集中できる。タオルを頭に巻くことはあったけど、まったく別物だ。これは素晴らしい。今まで使ってこなかった不明を恥じる。今後はこれなしで高温のサウナに入ることはないだろう。秘密兵器ではないけど、スパ・アルプスTシャツと熱波部ステッカーも買ってしまった。どこで着るんだろう。

 館内施設の話。混んでいたので早めに上がった最初の入浴のあと、富山グルメが楽しめると有名な店内の居酒屋へ。これもかなりの順番待ちで、ようやく入ったものの、メニューの多くが売り切れで残念だった。ビールはとんでもなくうまかったが、1杯半でめちゃくちゃ酔っ払った。サウナ後のアルコール摂取はこれから気をつけよう。カプセルホテルのエリアは、にぎわう休憩室と遮断され、静かでとても快適。マンガもたくさんあって、楽しかった。

 スパ・アルプスはタトゥーOKのようで、背中いっぱいに大きな彫り物をした方が前に座ったときはちょっと驚いた。コンタクトを外していたので柄がよくわからなかったが(凝視するのもはばかられた)、まだ色は入っておらず、制作途中と思われる。彼はビジネスエリートには見えなかった。

 だが見た目で判断してはいけない。もしかしたら、彫ってあったのは松下幸之助、あるいは渋沢栄一だったかもしれない。血洗島ってすごい地名ですよね。

 富山駅前では、初日はさほど高級ではない寿司、翌日はブラックラーメンをいただいた。お土産に鱒のすしと白えびせんべいを買って富山をあとにした。楽しい旅だったが、想像以上にしょっぱかったラーメンにライスをつけるべきだったと、今でも後悔している。

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