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アメリカ南北戦争を辿る

 2020年の暮れ、私はその当時テネシー州に住んでいた長男夫婦を訪ねました。ボストンから2日ほどかけて次男坊と運転を交代しながらゆっくりドライブ。その時に、大学生だった次男坊の南北戦争への見解を聞いて、私は自分の認識を改めるよい機会になったのです。
 そして南北戦争を深く理解しない限り、いまだに続くトランプ大統領を熱望する人々の考え、そしてアメリカという国そのものを決して理解することはできない。今更ながら、そう心から悟ったのでした。

 次男坊の考えはこのようなことでした。
自分はボストンで生まれ、ボストンでそだった。
公立の学校教育を受けてきた自分が教えられたことは、すべてこのボストンを主体としたことになる。自分は日本人の両親を持って日本人の文化を基本に育ったけれど、アメリカ人としてアメリカの考えも理解する。だからこそ、先の世界大戦やアメリカが関わった戦争にたいして自分なりの考えを持っている。でも南北戦争はちがう。あまりにも北軍よりの教育を受けてきた自分としては、いまだに自分なりの見解がもてない。
そう言うのです。

 私はまさに、負うた子に教えられの気分でした。
エジソンは偉い人。。。ではありませんが、私はリンカーンが絶対正義であると、やはりどこか心で思っているのです。

 長男夫婦の家に2週間ほど滞在させてもらっている間に、私はケンタッキー州をはじめ、テネシー州の中の興味深い場所を色々訪ねさせてもらいました。その時に、常に次男坊の言葉が私の気持ちの中に残るのです。

 このなんとなく引っかかる気持ち。これはなんなのだろうと自問した時、私は自分なりに腑に落ちることがありました。
ああ、南北戦争とは戊辰戦争だったのだ。ということです。

 私は福島県で生まれ育ちました。
今はどうかわかりませんが、私がまだ育つぐらいの時代には、年配の方々の言葉の端に、新政府軍の土地の方達への複雑な思いを聞かされることがありました。 
小学校の修学旅行先は会津鶴ヶ城。
痛ましい悲劇の少年兵、白虎隊で唯一生き残られた方が、私が生まれるほんの数年前までご存命だったということに、子ども心に驚いたことを今でも覚えています。

 そしてそのテネシー滞在中に、連邦議会襲撃事件がありました。恐ろしいニュース映像をみながら、私は歴史を学ぶことの大切さを感じていました。 
どんなに太古に感じる出来事であっても、歴史は現代に通じています。
その昔にあったこと、その時代の人々の苦しみ、哀しみを理解しない限り現代への学びはない。まさにその通りだと思ったのです。
常軌を逸したような行動をとる人々にもその人たちの考えがある。
それを理解することはできなくても、その奥にあるものに無知ではいけない。ニュースをみながらそんなことを思いました。

私のアメリカ暮らしも長くなりました。
思えば遠くへ来たものだ。子供達もそれぞれアメリカ人になると思えばこそ、私はきっと、このアメリカで骨を埋めることになると思っています。
だからこそ、今更ながらですがアメリカという国を知るために、南北戦争についてゆっくりと自分なりに学んでみたいと思うのです。

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1992年からのアメリカ暮らし、ボストンはそろそろ四半世紀になりました。 「取材」と称していろいろ経験したり、観光ガイドも楽しんでいます。 https://locotabi.jp/loco/hyacinth 応援していただけたらとても励みに思います。