「苦手な人」 ショートショート【1700字】
「もう!!マサトはまだ名前で呼んでくれないんだから!」
俺はこいつ加藤アイリが苦手だ。
活発で明るくて、まぁまぁ見た目は可愛いとは思う。
加藤は俺と真逆の天性の愛されポイントをいくつも持っていて、そんなのを見ると何故かくすぐったくなる。
「みんな名前で呼んでくれるのにー!」
「苗字も名前でしょ、お父さんが泣きますよ」
俺たちはここのガソリンスタンドでアルバイトしている。
バイトの俺たち高校生や所長や主任や専務といった社員の人たちも全員加藤アイリのことを「アイリン」とか「アイちゃん」などと呼んでいる。
下の名前を呼べとか強制的に言われると反発心が芽生え、その行為は恥ずかしく無いのかとか考えてしまい余計ムズムズする。
ほんと苦手としか言いようがない。
事務所のポスターにも下の名前で呼んだり馴れ馴れしくしちゃいけないですよ!みたいなこと書いてあったじゃないか。
ガソリンスタンドのマスコット的な存在でお客さんまで「アイリちゃん」ってファーストネームで呼んでいる。
「はぁ」
なんだここは外国か?そのうち「イェーイ」なんて言ってハグとかしだすんじゃなかろうか。
アメリカでは平気でボディータッチをするなんて言うが確かに加藤もペタペタ触って来たり、会話の距離も息がかかりそうなぐらいめちゃくちゃ近い。
「わー!すごい腕の筋肉なんだねぇ」
唐突に触ってくる、すぐ逃げるがこの馴れ馴れしい感じも苦手だ。
他のバイトの奴や社員は平気でモミモミされている。
俺はそういう時に顔を見れない。
嬉しそうにしてたり、「ふんっ」なんて力こぶを出して自慢しだして顔が合ったらもうどんな顔していいんだかわからない。
とにかくそういう光景を見たり聞いたりしてるのもムズムズする。
お客の少ない時間に社員が店舗対応してる隙にアルバイト組は休憩をしていた。
「はぁ肩こったよぉ」
加藤は肩をポンポンと叩きながら目をつぶって頭をぐるぐる回していた。
「なんだよアイちゃん肩こったのか、揉んでやろうか?」
「先輩ね、マッサージの強要なんてそれセクハラですよ」
とはもちろん言えない。
「マジですか!是非お願いします!」
あれ?加藤めっちゃ嬉しそう。
そうなの?そういうのって全然平気なの?だから人の事もペタペタ触れちゃう感じですか?と心の中で呟く。
先輩は肩を揉みだした。
「はぁ。気持ちいいぃ」
揺すぶられて声が震えながらも満ち足りた声を発する加藤。
細い肩をマッサージする先輩のゴツい手よ。
加藤は椅子の上で両足を投げ出して気持ちよさそうにしている顔が視界に入る。
だめだ、ムズムズする。
俺は視界に入らない様ピントをぼやかしカップラーメンに集中しすすり出した。
ほんの1 、2分だったんだろうが、その空間がとてつもなく窮屈に感じてしまった。
「ありがとうございます!」
「おう!じゃあ俺先に行ってるよ」
先輩は扉をバタンとしめ一階の売場に消え、休憩所に加藤と二人になってしまった。
「はぁ」無意識でため息をついていた。
「マサト!何のため息よそれ」
「いや?別に」
窮屈さの解放か加藤と二人になったからか自分でも分からないが先程の光景に対するある意味優しいリアクションだったのかもしれない。
「先輩優しいよねー」と加藤が話を振ってきた。
「そうだよな」と雑誌をペラペラめくり適当に相槌を打った。
薄いリアクションを続けこの話題を避けた。
「んーっ」
加藤は両手を上にギューッと伸びをした。
なんつう無防備な姿を人前で晒すんだこいつは。
うちの猫もこんな伸びをする。
前足をギューッと伸ばし伸びた手から背中から腰、尻尾までピンと伸びている。
加藤には尻尾は無いが。
「んにゃあ!!」
伸びた手をバッと振り下ろして変な声出しやがった。
「猫かお前は!」
「お前じゃない!」
ツッコミにツッ込む加藤は頬を膨らませて大変不満そうだ。
「はいはい、ごめんなさい加藤さん、お仕事に戻りますよ」
「あー!また名前呼ばないし!」
「あー、はいはいアイアイさん」
売り場に戻ろうとする俺の前に加藤は立ち
「なんかパンダみたいでカワイイね!」
満面の笑顔を見せ小走りで走り去っていった。
お猿さんの唄のイメージだったが良い方に解釈したようだ。
「はぁ」
俺はやはりこいつ、加藤アイリが苦手だ。
俺に無いものを全部持っていて。