レディーファーストの起源に驚いた!?
これは完全なる誤解だったのか、と思ったのは、日本は男尊女卑がひどい、と思っていて、海外は、女性をレディーファーストで敬う文化があるのに、なんで日本男性は女性を軽蔑するのだろう、と思っていた。
しかし、実は、日本には、歴史をさかのぼると、男尊女卑は、明治以降の日本でのことで、実は、日本はそれほど男尊女卑はなかったらしい!!
で、海外のレディーファーストや男性が道で女性と歩くとき、女性を車から守るように内側に歩かせるのは、マナーとされているけど、この発祥を知って驚いた!
中世のヨーロッパのほうが、男尊女卑は酷くて、むしろ女性は完全に奴隷!
女性を前に歩かせるのは、男性が自分の身を守るために、女性を盾にして前に歩かせたのが起源なんですって!
また女性が歩道側を歩くのは、パリでは下水がないため、窓から汚物を放り投げる習慣があり、自分にかからないようにするため
また、ハイヒールは、汚物を踏まないように、日傘は汚物がかからないように・・・
そんな起源を、うまいように言い換えて、欧米のマナーとされたのでしょうけど。
アメリカでも女性はペット扱いだったらしい。
そういう意味でいうと、明治以前は、日本では女性は比較的大切にされていたということですね。
明治以降は、やはりアメリカの考え方が浸透されてきて、今のような時代になってしまいましたけど、もともとの日本は、やはり、もっと穏やかで、おおらかだったのかなあ、と感じないでもありません。
最近の女性は確かに強くなってるし、男勝りの女性も世の中に増えて居て、女性の社会進出も普通になってきました。
どちらも、双方を敬いながら進めればベストですが、どれだけ女性が有能でも、それを認めたくない男性は数多くいて、潜在的に女性を蔑視している男性もやはり多いと感じます。
そういったところは、男性の言葉の端々に出るのです。
政治家見ていてもわかりますけどね。
身近でも、仕事で男性と深くかかわると、私もたくさん、そういうことを感じてきましたもの。
私自身が、最近経験したことで、屈辱的だったことは、そこだったかもしれません。そのわだかまりが、実は、いろんな体の不調を起こしてきたことがわかりますね。
こえを書いてきて、なんだか、フツフツと湧き上がる感情があります。
蔑視されたほうの気持ちなんて、わからないだろうな、男性には。
でも、これからの時代は、本当に、お互いを認め合って尊重しあっていかなければ、縄文のような時代には戻るのは難しいかもしれませんね。
でも、結局は、「愛」にベクトルを向けるしかないのですけど。
「愛」を叫ぶ人が、実は「愛」に飢えている。
いや、みんな「愛」に飢えているのかもしれません。
男性も女性も、正しく男性性、女性性を理解していくことが望まれますが、それぞれが自分自身を愛することができれば、自然とそこは調和がとれてくるところなのかもしれませんね!
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このレディーファーストの起源の話の元は、長典男さんと長谷川章子さんの「はじまりの時 光を観じ、愛に生きる時代へ」に書いてあったことです。
男尊女卑については、言いたいことが実はあって、それを言えずに、我慢してきていたかもしれない私。
生きにくさは、そこにあるんだろうなあ、と感じないでもありません。
まだそこが言葉にできない。解消できないないのかもしれませんね!