【品川駅】日本初の駅弁サンドイッチ、大船軒の「サンドウイッチ」をようやく買えたという話
旅先から岡山へ帰る日の朝、アラームが鳴ると同時に「駅弁何買って帰ろうかな」と考えてしまう癖がある。
新幹線の旅において駅弁というのは欠かせないアイテムであり、私のような喰いしん坊にとっては駅弁が移動時間の唯一の楽しみと言っても過言ではないのだが、この駅弁という素晴らしい発明が日本で初めて生まれたのはいつ頃の事かご存知の方はいるだろうか。
その答えはなんとびっくり、明治32年である。
1899年、当時にしてはかなり割高な20銭という値段で売り出された日本初の駅弁サンドイッチは、当時の人達に大きな衝撃を与えた。
それがこちら。
大船軒の「サンドウイッチ」。
1899年の日本人にとって、西洋の食事は高級なレストランでしか味わえない貴重な代物だった。
現代に生きる私たちが軽食として当たり前のようにつまんでいるこのサンドウィッチも、当時の人々にとってはなかなか手が出せない高級品だったのだ。
そんな珍しい食べ物が駅のホームで一箱から売られ、比較的手の出しやすい20銭という値段で気軽に食べられるという画期的なシステムが当時の人達にとってどれほどの衝撃だったかというのは想像に容易い。
こうして徐々に日本に根付いていった、駅弁という発明。
形を変え値段を変え、時の流れと共に常に進化を続けている駅弁だが、その原点であるこの大船軒のサンドウイッチは、1899年から100年余り経った今でもその姿を変えていない。
私がこのサンドウイッチの存在を知ったのは、今から1年前の事だった。
東京での用事を終え岡山に帰る日の朝、いつものように「駅弁何買って帰ろうかな」と考えていた時のことだ。
スマホで「品川駅 駅弁」と検索していると、偶然このレトロなパッケージが目に飛び込んできたのだ。
いくつかのサイトやブログで紹介されており、そのどれもが「美味しすぎる」と絶賛している。
腹ペコの時はどうしても幕の内やのり弁みたいなガッツリした駅弁を選んでしまいがちな私だが、この日ばかりは様子が違った。
大船軒のサンドウイッチの、決してボリューミーとは言えないそのシンプルな中身を見て猛烈に「食べたい…!」という欲求が湧き上がったのだ。
同時に、1899年から変わっていないというその味を確かめてみたくなった。
品川駅で取扱があると聞いて、浮き足たつ気持ちを抑えながら駅弁屋へ。
いつもなら迷わず幕の内を手に取るところだが、私は迷わずショーケースの中からあのレトロなパッケージを探した。
……ない。
探せど探せど、あのパッケージがない。
恐る恐る店員さんに確認すると、
「売り切れなんです」
と…。
旅先でこれほど落胆した日もなかった。
近隣の土産物屋や駅弁屋も探してみたが、どこを見てもあの「サンドウイッチ」は見当たらない。
絶望に打ちひしがれながら崎陽軒でシウマイ弁当を買って新幹線に乗り込んだのを覚えている。シウマイ弁当は安定して美味しかった。
あれから実に1年の月日が流れ、本日。
再び私にチャンスが巡ってきた。東京へ行く機会が出来たのだ。
今度こそはチャンスを無駄にはしたくない。
私は前回の失敗を繰り返さないため、まず駅弁を買いに行く前に取扱店に電話確認をする事にした。
「あ、もしもしすみません。そちらに大船軒のサンドウイッチは置いてありますか?」
浮き足たつ気持ちを抑えながらそう問い掛けると、店員さんは暫し確認のため電話を離れた。
そして数分後。
「ありますよ、あと三つ残ってますね」
「み、三つ!?」
この頃、時刻は午前10時頃。まだ午前中だというのにもう三つしか残っていないのか…!?
私は急いで電話を切り、大慌てで品川駅へ向かった。
事態は一刻を争う。このチャンスを逃せば、もう私にサンドウイッチを買う機会はないかもしれない…!
息を切らして辿り着いた、エキュート品川のすぐそばにある駅弁屋。
ショーケースを見ると…。
あった!
あったぞ!大船軒のサンドウイッチ!
会いたかったぞこのレトロなパッケージに…!
そして在庫は残り一つ…!
逸る心臓を抑えながら列に並び、会計をし…。
うおおおお!!!
ようやく会えた。
大船軒のサンドウイッチ、正確には「サンドウヰッチ」が正式名称のようだ。
写真でしか見たことがなかったからか、パッケージは想像より少し小ぶりに感じた。しかし私がこの一年恋焦がれてきたあの日本初の駅弁が、間違いなく手の中にある。
興奮を抑えながら箱を開けると…。
なんとも慎ましく上品なサンドイッチ達が整列していた。
具はハムとチーズのみという、近年の爆盛りサンドイッチブームに正面から喧嘩を売るようなシンプルさ。
いや、これは王者の余裕なのかもしれない。日本にサンドイッチという文化を根付かせた祖、つまり進撃の巨人でいうところのユミルみたいな存在であるこの大船軒のサンドウイッチ。
整然と並ぶ物静かなハムサンドたちから、圧倒的な王者の余裕を感じる。敬意を払って、まずはハムサンドから頂くことにした。
思っていたよりハムの味が濃い…!
食べ慣れたハムの風味ではあるものの、その食感や噛みごたえは確かに他のハムサンドとは一線を画すものを感じる。
それもそのはず、この大船軒のハムサンドには鎌倉ハムが使われているのだ。
芳醇なハムの香りを際立たせるように、ぴりりとした粒マスタードの辛みがよいアクセントになっていて何ともほっこりとした気持ちに浸れる。
続いてチーズサンド。
こちらは齧った途端、脳裏に小学生時代が蘇った。
給食でよく出ていた、ジャムとマーガリンをパキッと割ってつけるタイプのあれをご存知だろうか。
あのマーガリンの独特な風味、バターとは明らかに違うものの決して安っぽい味ではない、クリーミーなあのマーガリンの味が鼻に抜けた。
チーズのまろやかさと相まって、あまりにも懐かしい味が口の中で生成されていく。
こうして念願のサンドウイッチを二切れ食べ終わった私は、もう一度改めてパッケージを見返してみた。
「日本初の駅弁」という文字。
あぁ、この味から全てが始まったのだな、とノスタルジックな気分に浸りながら、さらにもう一切れを口に運んだ。
シンプルでありながら、長い歴史とこだわりを感じさせる味わい。
私がずっと出会いたかった大船軒のサンドウイッチは、想像していたよりもずっと深く私の心に爪痕を残した。
次また東京へ赴く日があったら、確実に三箱は買って帰るだろう。
少し良いハムとあのマーガリンを揃えれば自宅で再現できなくもないかもしれない味だが、味は真似る事ができてもこのサンドウイッチに刻まれた歴史と想いは再現できない。
駅弁という素晴らしい文化に今一度感謝をしたくなる、そんな素敵な"始祖"だった。
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