第一話 巨鶏強襲事案
1新宿鶏事件
自宅のある埼玉県に行くなら地下鉄の方が簡単なのは解っているが、あの地下独特の圧迫感と今日のむしゃくしゃ具合につけて地上線をおざなりに選んで座っている。新宿駅は時々始発になっているので便利だ。と、新倉はぼんやり開いたままのドアをみている。さっきみた映画がレビュー以上に酷くて今日一日を台無しにしたという気持ちが大きすぎて、動く気力がわかないでいた。
人の群れにそって歩く妖怪は少なくない。人が草木動物を愛でるように、新倉も妖怪でありながら人間を愛でて、その結果映画鑑賞が趣味になっているわけだが、レビューでボコボコにされてる映画に興味何故か惹かれお金を出してしまったというより、時間を無駄にしたという後悔をわかっていながらに作ってしまった事にひどく落ち込んでいた。カットのテンポも話の流れも無理が多くて途中からいかに口の中で一個のポップコーンを何回、数多く噛めるか、という実験になっていた。そのせいでスタッフロール中慌てて残っているポップコーンをたべるはめになった。みんなスタッフロール最中に席を立って出て行っていたので助かった。私も出たかったがポップコーンに罪はない、寧ろ救いだったナァ。ずっと塩バター派だったが名前を失念した甘い味も美味しかった。
「本当にクソ映画だった」
周りに誰もいないので小声でうさ晴らした所であの映画の事を考えるのを辞めた。
傾く陽とともに彼女にとって、かぎ慣れた臭がした。毛と肉と土の臭い、それと現し世と呼ばれるのがここならばそことは別に同時に重なっている場所の臭い。
その拍子に夕陽になりつつある明かりが遮られた。普段そんな事は車内では起きない。慌ててホームに転がり出ると、車体が浮き線路から外れて入り口がホームで少し塞がれた。タイミングがおくれれば車体とホームの角に挟まれていたかもしれない。目のはしで中に乗っていた数人をみると、椅子から転げ落ちたり封じ込められてしまっている。鈍い金属音を上げながら反対側にある車両は横転し、ひしゃげ始めた。巨大な鳥の足が身じろぎするたびに車体が悲鳴を上げる。周囲にいる人も気づき始めたのかその巨大な鳥に気づきはじめた。
新倉は車体に乗っている物を見ようとして距離をあけた。そこにいたのは、しろっぽい羽毛と、首いっぱいに無数の眼球をぶら下げた鶏らしきモノだった。
巨大な、本当に巨大な鶏のようだった。
混乱するホームにアナウンスが流れる。避難指示が流され駅員はホームにいる人たちを誘導する。だが、その流れに逆らうものがあった。黄色いサッカーボールより大きいぐらいのフワフワが流れるように新倉の目の前に5つぐらい集まってくる。ぱっとみ大きいひよ子。このサイズだったら飼っても可愛いんじゃと一瞬思ったが即座に訂正した。可愛いモフモフ身体の半分ほどある開いたくちばしの中には、小さな牙がびっしり並んでいた。ちょうど肉汁したたるステーキナイフのように。そしてこいつらは私が人でない事を解って集まってきたようだった。
「さながら怪獣映画じゃないか」
フィクションならいくらでも協力するんだけどな。ぼやきながら右袖をまくると右腕の肘近くに金属のような光を反射する部分が所々にある。昔、いい気になって腕を変質させてすぎたせいで戻らなくなってしまった部分。人に化けていてもどうしても残るので普段はファンデーションや包帯、袖で隠しているが休みの日にはしないのでそのままにしていた。鋭い夕日が反射していい感じにかっこいい、ちょっといわゆる邪気眼系ってやつだと自嘲しながらその右腕で宙を撫でる。そしてすぐに掌に感じる重み。金属生成の能力をもって野生時代を生きてきた。道具を覚える以前は右前脚を強化して獲物を捕まえてきた。その代償に右前脚の一部の皮膚は金属のような見た目になったまま戻らなかった。狩りを教わらなかった彼女は、人間が使う道具を真似て幾百年を生きてきた。今は、持ちやすさのために柄は軽くS字を描いているハルバード。だが刃の部分が普通より異常に大きいし重い仕様だ。
武器を認識したヒヨコはギャァギャァ騒ぎ出した。本家ヒヨコ的な可愛さはモフモフ以外何も無いらしい。目がないし何より口がこわい。新宿駅自体は幾つも路線を抱えていて大きいが、そのせいかホーム一つ一つ自体の幅は狭い。ハルバードをそのまま振り回せば屋根なり柱、何かしらにあたる。舎弟が見れば非効率と言ってくるだろう、あいつがいれば同時に車中に残った人間を助けてやれるのに。そう焦っているとヒヨコはお互いを噛みはじめた。毛が唾液が散り、硬いホームには血溜まり広がり始める。啄んで肉を呑み込んでいる様子は無い。何をしているのかわからなかったが迂闊にソレから目を離して良いようにはみえなかった。ほとんどが肉塊になると今度は血溜まりが動き出した、と思えば嘴。いや鼻先、一番近いのは恐竜映画でお馴染みのラプターだ。だがまた目がありそうなところに目はなく、頭全体が嘴のようで体は褐色の羽毛に覆われている。首から下は鶏が恐竜になったような、しっぽは長い羽根だ。だが、前脚のそれは翼ではなく3枚の羽根がそれぞれ並んでいるが夕陽で鈍くひかっている。薄い、いわゆる剃刀というような印象の羽根をチラつかせたニワトリもどきがこちらに3体にじりよってくる。
巨大ニワトリはその場から動く気は無いようだが、巨体のバランスがうまく取れてないのか身じろぎをするたびに何かが崩れている。
おそらくあの3匹?羽?はあの親鳥みたいなのを護りたいのだろう。だから戦闘になればどさくさ紛れで脚の一本は確実に切り倒せる可能性のある私に手を出せない。だが私も、この3匹相手は無理だ。共食いを平然とやれるという事は2匹を犠牲にしてでも私を殺す。体格差的に3匹を圧倒するほどの力や技量が無いことは自覚している。ここは膠着状態を維持して人間の力を借りるしか新倉には選択肢が無い。沈黙を破ったのはニワトリもどきの方だった。2匹同時に駆け寄ってきた、残りの1匹が隠れてワタシにとどめをさす。そういう事なんだろうとハルバードの先端の刃を2匹に向ける。だが2匹は襲ってくるわけではない。疑問に思っておると線路側からホームに二ワトリもどきの死体投げにすてられるように飛んできた。よく見るとその死体は刃物のようなもので真っ二つに切り裂かれている。そんな状況でも2匹は距離をとったまま襲って来るわけでは無かった。その直後、黒い物体が地面に落ちたかと思うとその黒っぽい物体は即座に黒い棒で親鳥の片足を斬りつけた。その瞬間親鳥がよろめいたが、器用に残った脚で立っている。そのまま駅舎のほうに葡萄の房のように目玉が大量についている首をしならせる事で後ろへ後ろへ下がっていく。なんていうか、体躯のわりに器用で揺れる目玉は気持ち悪かった。
逃げようとする親鳥をすかさず後ろから切りつけようとした黒い塊は、なぜか親鳥をすり抜けて線路にすべりでてしまった。よく見れば親鳥の体は透けて向こう側が見える状態であった。
親鳥は隠れて逃げようとしていた。だが黒い塊さんがすり抜けた理由は解らない。怪異や心霊の類いなら勿論人間でもあの状態でも当たるはずだった。
だが親鳥は逃げ失せたようだった。完全に姿も気配もない。目の前にいた二匹も逃げてしまったようだった。
残る死体はぼそぼそと血の海ごと黒い塵になって消えていく。
それをぼんやり見てる場合ではなかった。
「おい、そこの黒いの!手を貸してくれ」
さっきまで乗っていた車両は脱線しひしゃげているせいで中に残っている数名は出れないままだった。だが、黒いパーカーを着た青髪の子はワタシを制した
「あとはここの救助隊が行うので、大丈夫です」
いや、人数は多い方がいいだろ。と食い下がるがだめだった。
「お前、ワタシが人を襲ったりするとでも思ってるのか?」
「違います。これとは別にお願いしたいことがあるので。えっと、」
「私の名は新倉サツキだ。」
「僕は師走です。その、この件で重傷者は出ていません。ですから、」
別が悪そうに視線を泳がせる。確かに周囲に人の流した血の匂いはないし、もし身体の内側に異変があっても医者じゃない私にはどうにもできない。その上、こいつはワタシより確実に強い。さっきのがわざとでなければカシバに入れば撒いて逃げることも出来るだろう。
「いいよ、私はお前にはかなわさそうだし。聞こう。」
薄青い迷彩服の人間と救急隊員がホームに降りていく。手伝いたい気持ちをおさえ、師走の方に向きなおった。
*
「サツキさんはカシバに入れますか?」
要はカシバへ行ってあのニワトリを追ってくれ、というお願いらしい。自分で行け、の単語を飲み込んで見に行くことにした。32階建てのビルとほぼ同じ大きさの怪獣ニワトリ、気にならないわけがないので行くことにした。
カシバは別名”隠し場”とも呼ばれる。どういう原理か知らないがホームから改札口への階段を登るだけといったような、区切られた空間をまたぐだけで入れるこの世と重なったこの世と瓜ふたつの空間。特段おかしな所はないが、生きてる生き物は一切居ない空間へ入ることが出来る。
階段の一段目を上るとホームの緊急アナウンスどころか耳鳴りしか聞こえないような静寂。電光掲示板は何も示さないし、空もオレンジが黒ずみかけたグラデーションをしているだけでそこにあった雲は一つもなくどこかのっぺりとして実際の空よりも低く重く感じる。
階段から振り向けば巨大ニワトリがいるはずだが何も居なかった。
階段に向き直りさっき降りてきたヒヨコの残り香を辿るために、階段を一足飛びする。ホームへの階段から改札口への間は、複数の店が並ぶほどの広さで隠れる場所には全く困らない。ヒヨコと恐竜型に不意をつかれないよう、ハルバードを構えたまま順番に見ていく。改札から出て外も見渡して見るが、匂いもすでに消え失せていた。
「ここまで綺麗に逃げた、のか?」
念の為線路に降りて巨大ニワトリの匂いを辿ろうとするが移動した形跡はない。
ヒヨコと恐竜形と巨大ニワトリは明らかに連携している、痕跡を消して逃げれるほど高い知性と怪異としての格の高さは見た目よりもだいぶあるらしい。カシバに逃げたわけでもな現世にも居ないのだとすれば、自身の結界や空間に逃げ込んだのだろう。それは相当怪異として格が高く、そしてサツキ自身には持ち得ない妖術でこれ以上の追跡は不可能ということ。
戻るか、とため息をつきながらホームの階段を一旦登って降りカシバを抜けると青い迷彩服の救急隊員と師走がなにやら話し込んでいるようだった。ちょっと驚かしてやろうと、無音でハルバードを無に還しつつ師走に近寄ると、驚でもなく振り向きながら現状を訊ねてきた。バレてるのかつまらん。
カシバの状況をすべて話と少し待っていて欲しいと言う。青い救急隊員達への指示出しがまだ残っているようで、することもなくワタシ隊員達の様子をみていた。ホーム上の隊員は車両に戻って残っていた乗客を改札口へ誘導している。担架を持ち込んで来たようだが幸い使わなくて済みそうらしく安心した。線路にいる隊員は車体の目線の高さに術式を油性マジックで書き込みだしている、他の呪術の目印らしい。
*
「師走お疲れさん。そちらが?」
改札の外でおそらく師走に向かって手を振っている背の高い女性が居た。どうやら駅にいた利用客は別なとこにまとめられたらしい。まっすぐ師走はその女性に所小走りする。おそらくその女性は180cm以上はありそうな身長のようだ。
「先ほど怪異を抑えてくれてた新倉サツキさんです。新倉さん、こちらは私のあるじで籠囲マキといいます」
どうも、と会釈すると彼女は笑顔で返した。
「ご協力ありがとうございます。その上でお願いがあるんですけど、さっきの怪異の詳細を教えて欲しいの。ビルの外に居たから全然見えてなくて。」
師走のあるじ、というぐらいだから師走から聞けばいいんじゃないか。とかなんだかこの状況に流されきってる自分にちょっと呆れながら話してやることにした。電車出てすぐ気色悪いひよ子に囲まれたこと、そいつらが共食いしあった血だまりから恐竜のようなものが出てきたこと、更に気持ちの悪い目玉だらけのニワトリ。師走がニワトリ足を切ったが逃げられたこと。
さっきの状況をそのまま伝えると、礼を言って待っていろと言う。
「貴女怪異にしては珍しくない?人助けなんて」
「そうか?病院で医者してる怪異もいるだろ?」
師走というのも怪異のたぐいじゃないのか。元々はそんな性格じゃないのか知らないが、マキって子は私を怪異だと見抜いてるようだ。
そう話をしていると漆塗りのような黒く長細い容器を取り出し、すぽっと蓋を抜くと管狐を取り出した。管狐と言っても最近出回っている”安定版”と呼ばれる人気のもので、色は狐色そのものだが体はイモリやトカゲじみた平らな姿勢。顔も狐というかやっぱり爬虫類じみている、なにせ耳が無いというか穴だけでおおよそ狐とは呼びにくい。
管狐は容器から出てマキの腕にしっかり乗っかると、マキの顔をじっと見て言葉を聞いているようだった。
「ねぇ、新倉さん。このあと予定がなければうちでお礼させてもらえないかしら?」
「予定はない。面白そうだしお誘いに甘えさせていただこう。って、何してるんだ?」
管狐は鼻先を鳴らしながら術式を展開しているようだ。
「先ほどの怪異の記憶記録が残っては困るので現実改変処理をする装置と接続して、この事件が別のものだったってことにするんです。」
「え、何それ?メン・イン・ブラックとか某管理財団か?」
さらっと「そんなものです」とかえす師走にびびる。さっきの青い迷彩服の奴らが電車に書き込んでいたのは、この術式と接続するためか。怪異が記憶操作するのはよく見かけるが現実改変などだいそれた事、相当な代償が必要だろう。
「おわりー。いこっかー」
最後まで軽い調子の二人で摑みどころを見失ってしまった。
マキが近場で借りたレンタル車に3人乗り込むと、マキは車を自身の実家へと走らせた。新宿駅付近の道が一部通行規制がかかったり、駅の外でもあのニワトリは影響を与えているようだ。
しかしそれから、都内を出て30分たったぐらいから同じ道を行ったり来たりしている。
「なるほど、呪術で家までのルートも隠してるのか。」
後部座席ワタシの隣に座る師走がタブレットを開きマップを見せてきた。
「マップで見るとすごいところにいるんですよ」
「まじか、フィリピン沖じゃん」
景色的には都内を出てすぐの風景を繰り返しているだけだが、GPSはどんどんおかしくなっていきフィリピン沖と北海道近海をピンがいったりきたりしている。住所を聞けば車で4時間はかかりそうなのだが、ガタンと車が軽く乗り上げて気づいたがすでに山道で1時間ぐらいで籠囲家についてしまった。
「工業地帯でみるビルっぽいな」
家と聞いていたから瓦が並ぶ、凄い金持ちそうな家とか茅葺きとか洋館をイメージしていたのだが違った。白い箱。豆腐建築。そんな感じで、やたら横にでかい。
一階の一部はしっかり駐車場になっているようで、駐車券をとって開いてる所に駐車するってこれはなんだ。自宅の駐車場ってそういうものかな?
「利便性を優先したらこうなったの、昔は村って感じだったわ。家と保管棟、実験棟が別の建物なせいで昇り降りが激しかったしね。」
人ってもっと情緒を重視していてこんな工業的な豆腐建築をするくらいなら隅にちょこんと移設するぐらいにとどめておきそうなものなのに、すべての建物を一つにまとめるのは合理的過ぎるそんな冷たい印象を感じる。それは、人に紛れすぎた化け狐が思うことなのか?と自分で自嘲してしまったり。
だが、無機質な外扉を開けた先の透明な自動ドアの先にはうってかわって老舗旅館のようなロビーが広がっていた。
おちついた色の木製のカウンターの手前には、テーブルと椅子とテレビのあるまるで常連が長居してる食堂のような場所もある。というかその向かいには共同風呂があるのでここだけなんか、ただの銭湯だ。ロビーの隅に並ぶ自販機や頂き物と書かれた棚のなかには謎の張り子やダルマ、折り紙で組まれた鳥の工作品が並んでいる。
すごく、情緒の塊だった。
ついうっかり某財団みたいに白を基調にたまに橙色のつなぎを着た職員が、、、みたいなものを想像してた。多分、この家はとんでもないところだと確信した。というかこれは家なのか?
入ってすぐのところに受付がある自宅なんてあってたまるか。ビジネスホテルだよ。
マキとともに受付を素通りすると、ただならぬ気配を背後から感じた。
「失礼ですが、どなたかな?」
振り向いた先には灰色のスーツを着た若干白髪交じりの長身のおじさん。だがその眼光は鋭く、客人ではなく異物を押さえつけるほどの圧がある。
「お、お・・・・・・」
先ほどまで飄々としていたマキが顔面蒼白になっている。
すると颯爽と師走が私たちとおじさんの間に入り、新宿駅での件をかいつまんで説明する。話し終わるとおじさんの威圧感は無くなり、
「この度はうちの娘がお世話になりました、どうもありがとうございます。」
深々と頭を下げられた。籠囲タモツ。現当主、この家で一番のお偉いさんのようで、マキの父親だそうだ。
「あぁ、はい。こちらこそ」
「師走。マキとは話がある。サツキさんを案内しなさい。」
「どうぞこちらです。」
よければ泊っていきませんか?と、お誘いをうけたがこうもあれなので断っておいた。今日一日の情報密度が多すぎる。
マキは顔を白くしながら親父さんの後ろをついていった。なんか、訊いちゃいけない気がして師走には何も言えなかった。
先ほど入ってきた入口から建物の対角線上に籠囲家の本宅がある。なんというかさっきまでの無機質な廊下の先とは言え、室内に玄関があるといった不思議光景にまた出会った。入口は普通の自宅というより昭和の店先のように大きなガラス引き戸が嵌め込まれていて、白い筆文字で籠囲呪具処分所と縦書きされている。その周りにはこれまたそういう家にはよくありそうな、なんだかわからない鉢植えがこれでもかと並んでいてる。人間はどうしてあぁもアロエを盛に盛るのだろうか。
中に入るといたって普通。昭和レトロがにじみ出る内装だが、むしろ今風の感覚ならそれらがかわいらしく見える佇まい。リビングに座っていると師走がお茶を入れるといい、その場で水を秒で沸かした。いや、急須に直に水道水を入れた次の瞬間湯気が立った。そこに茶葉を入れると湯呑に交互に分け、簡単なお茶請け用の漬物とともに出してきた。
「ずっと疑問だったんだが、師走。お前何者なんだ?」
怪異、というか幽霊神仏、人間にしても気配が薄い。その割に秒で湯が沸いたり、尋常ではない加速度で巨大ニワトリの脚をぶった切ったりと人とは思えない事をする。気配だけで言えば”物”だ。置物。
逡巡した表情を見せた後、師走は話した。
「僕は物質その物を司っている存在、ですね。」
それだけです、と〆た。それだけってレベルの存在ではない。この世では神仏悪魔以上に希少な存在の”司”。司(し)は実際はなんて呼べばいいかわからない。が、とりあえず居るので認知される存在。基本祀られもせず、崇拝もされない。所によっては他の神仏や悪魔のように祀られたり崇拝されたりもするらしいが、それは別の話。
司によって持っている力は異なり、人間の認知が変わればいつの間にか消えている存在。神仏にも似た存在だが発生根源がちがうとかなんとか色々な噂が存在する。要は名前の付けられなかった怪異以外のレア怪異、とワタシは認識している。定義が曖昧だ。
そして、理由は知らないが神仏同様カシバには入れない。
「成程。司はカシバに入れないっていう噂は本当だったんだな。」
それでニワトリを追いかけるように指示してきたのだと理解した。
「そっちはあのニワトリについて知ってるのか?」
今のところ一番気になっている話題に切り替えた。あのニワトリはワタシ的にも放っておいていいような存在には思えない。しかし、師走は首を横に振った。
「残念ながら、この家でもあれを知る者は居ないらしいです。この家は代々お上からの指示で怪異を葬ることを生業にしていて、過去の怪異の情報とある程度照らし合わせましたが、」
「ちょっとまて、お上?」
言葉をさえぎって声をあげてしまった。某財団みたいな。とは言っていたが国とつながっているとは思っていなかった。まぁ、怪異を葬るというフレーズにはちょっとぞっとするところもあるが目の前に定義されない司という怪異が存在できているのだから何とかなるだろう。
「先程の青服の救助隊や、現実改変装置。僕自身も本来は防衛省のモノなんです。とは言え表向き怪異を所有しているなんて言えませんから、方々の家や組織に預けているものがほとんどです。」
司はレアだ。それに”物理的なもの”という漠然とした広い意味でなら、利用価値は十二分にある。
「うーん、ちょっと事態がややこしいなぁ。というか、師走。あんた一人がいれば全部事足りるような気がするんだが?」
定義があいまいなのは強力な武器になる。怪異ですら物理現象ととらえれば、次あのニワトリが出てきたときが最後だ。確実に致命傷を与えられるだろう。
「その、僕はいわゆる霊感がないんです。」
忘れていた。師走はカシバか結界に逃げかけていたニワトリに切りかかって、すり抜けたのだ。
「霊感のない僕が見える、触れるレベルで存在できてあの巨体。何をしたかったのかわかりませんが、確実にお上からは調査命令が来るだろうと踏んでいます。」
「そのことだが。」
リビングに入ってきたのはマキと親父さんだった。親父さんは師走の話に続けてこういった。
「マキと師走は新宿に戻って新宿駅近辺の調査をしてもらう。」
「ふぅぁっ、実家でしばらくのんびりしようと」
親父さんがマキをにらみつけると、燃え尽きた感じのマキは目をそらし口をつぐんだ。一体なにがあったし。
「カシバでの調査をサツキさんに協力していただきたいんです。カシバは生きている生き物が入れば壊れ、僕は入れません。」
師走は立ち上がるとワタシに正面から頭を下げて訴えてきた。
「新宿駅に近ければ、住むの新宿じゃなくてもいいわよね?」
「マキ、それ以上は新宿区から出れなくされますよ」
師走は頭を下げたまま突っ込みを入れた。
「くぅ、とんぼ返りとは」
先程乗ってきたレンタカーに乗り込むと3人で新宿に戻ることになった。
「君のように籠囲家に協力を依頼した怪異はそれなり居た。だが、誰一人戻ってくる者も覚えている者も居なかった。そういう意味で、マキや師走のお願いは君の好きにしてくれて構わない。」
「あぁ、もとよりそうさせてもらうよ」
マキの親父さんとはそういう軽い感じで、今回のお願いは引き受けることにした。
「何かまともにお礼ができればよかったのですが、こちらからのお願いばかりで重ねて申し訳ないです。」隣に座る師走はそう謝ってきた。
レンタカーは先程上ってきた山道を下っていく。さすがに暗い、最近は埼玉と東京に居座っていたせいかそう感じる。
「まぁそう、言うな。こっちは好き勝手に生きてる身だ。今は人間の世、このぐらつき合ってないと暇で消滅しそうだよ。」
「ふぅん?サツキさんにとっては人助け、ってそういう感じで受けるのが趣味なの?」
バックミラー越しにマキがこちらを見ながら訪ねてきた。どことなく楽しそうだった。
「気まぐれだよ。うじうじしてる奴は助けてやろうとは思わないが、今回のニワトリは正直放っておくには気持悪い。」
頭から胸ほどあたりまで大量の眼球をぶら下げたニワトリ、ビジュアル的にもだが何をしに新宿駅に現れたのか。ワタシや師走がいなければどうなっていたのかもわからない。
「分析班によると呪いの類ではないか、とのことでしたね。共食いの件もありますし。」
ボールヒヨコの共食い、あれは見ていて気持ちが悪かった。食べているならまだわかる、だがあれはそうではなくお互いに血肉を散らして混ぜているような呪いめいたものをやはり感じた。元生き物であるワタシからしたら、そういうのは虫唾が走る。
「まぁ、とは言え。ワタシもアルバイトがあるからな。付き合うなら昼間だ、シフト表は後で送っておくよ」
「バイトしてるの?」
マキが驚くとレンタカーが少し振れた。気を付けてくれ。
「あー、ちょっと訳アリで金はちょいちょい稼いでるんだ」
そんなことを話しているといつの間にか首都高にきていた。どうやら、帰りも呪術で短縮してきた様だ。返却所に車を返し新宿駅、ニワトリが現れた側の改札前に立つ。相変わらず何もなかったかのように人は行き来しており、SNSでも電車遅延は線路上の異物で遅延。というニュースに置き換わっていた。規模が小さくなりすぎてて、これは少し怖い。
「やりたく無くなったら、メールや電話で伝えてくれればいいからね」
ちょっと悟られたか、マキには諭された。
昔から人間のいざこざに付き合って走り回ってきたが、籠囲家は規模が違う気がして少し戸惑いを感じた。だが、ニワトリを放置する気にもならない。
「おぅ」
そう笑って返し、ワタシは帰路に就いた。
「あれ?……あ、駄目だわ」
だが終電に間に合わないことがわかり、タクシー代をつけてもらうことにした。
埼玉県までとなるとそれなりにかかるだろう、歩いて帰れそうな距離までにしてもらおう。そういえばワタシはなんで新宿に来てたんだっけ?
2 幕間牛
十月。籠囲の連中と出会って一ヶ月たった。巨大ニワトリはアレ以来動きはなく、足取りをたどるためマキと師走は新宿駅とその近辺を重点的に調査したそうだ。しかし何一つ情報は掴めずにいた。
ワタシというと、バイト行って寝て。たまにカシバ見て。こうしてアパートの屋上で日向ぼっこしたり。してる。そろそろ時間だし部屋に戻って来客の支度をすることにしよう。
協力と言っても新宿駅に出た時の証拠はすべて回収してある上で、分析不可能と結果が出た今やれることはワタシには無い。そこで、今日は師走が新宿から埼玉にある新倉宅に来て今後の方針を話し合うことになった。
1DK風呂トイレ別、来客を想定していないワタシ一人暮らし想定のため家具がほぼない。6畳のフローリングの上にあるのはベッドのかわりの人間をダメにすると定評の大きい大福みたいなソファーと、DVDなんかを再生するゲーム機とモニターしかない。とりあえずテーブルはいるだろうとおもって、クローゼットから取り出した白く丸いちゃぶ台を真ん中においてみる。
座布団も無いがまぁいいか。
麦茶とプラコップはコンビニで買ったし。
そのままぼんやりバイト先で貰ってきた今月の映画情報なんかが載っている冊子を眺めていると、アパートの敷地ギリギリに張った結界を誰かがこえたのを感知した。
「あ?」
「ご無沙汰です。」
呼び鈴がなり、開けてみるとそこに居たのは師走のみ。新宿を警戒するためにマキは留守番という手筈になっており、今日の訪問客は師走一人の筈だ。
「うわ、変なのがいる」
無論、師走のことではない。アパートに近づいてきた時から感じていた、違和感が師走の真後ろにいた気配は師走をすり抜けて扉の真ん前に来る。
「サツキ様!本当にここに住まわれていたのですね!」
念の為ドアチェーンをしていた扉をガチャガチャ引っ張り鳴らす。
「やめろ近所迷惑」
そうすごむと目の前のきのこヘアーな青年はドアから手を離す。
「ヨモヤマさんついてきたんですか?!すみません、サツキさんに許可をとってから住所をお伝えするつもりだったんですが……」
なるほど、わかる。こいつが聞き分けがよいほうではないのは知っている。ドアチェーンを外し二人を招き入れることにした。
「ヨモヤマは知り合いだから大丈夫だよ。近所迷惑になりかねないから、お前も入れ」
師走の手前、悪態をつかないようにため息は飲み込んだが眉間にシワは寄っているだろうな。すまない。
「ヨモヤマさんは本当にサツキさんの知り合いだったんですね」
師走が心配そうにこちらを見る。
ヨモヤマもワタシと同じく怪異で、腐れ縁以外のなにものでもない。かつてともに戦に赴き、人々を助ける。そんな活動をしていた仲間の一人だ。だが、開戦どころか決着がつく頃になっても来ず聞いてみれば行方不明になった子供をさがしまわったり。村で保存しておく用の米俵を年貢用の俵と間違えてわざわざもっていったり。
「なんかいつも余計なんだよなぁ。」
と言うと、師走はあぁ。と何か腑に落ちたような顔をする。
「師走の手土産、三つあるじゃないですか!みんなでわけましょうよ!」
土産を用意した師走でもなければ、土産を貰う側のワタシでも無く付いてきただけのヨモヤマが土産の配分を決める。そういうところなんだよな、と思う我々だった。
実際、師走もといマキが用意した土産は3人分用意されていた。
「にしてもずいぶんかわいくないか?」
プラスチックの小ぶりなパフェグラスにぎっしり詰まったムースとパフェ菓子。その上にはまたもそれぞれ動物型のムースケーキがのっかっている。
「猫、アルパカ、ふくろう。3人とも見事に合致しないチョイスですね」
「狐はあったんですけど、なぜか即決でこれでしたね」
尚、師走が自身の能力で保冷していたので冷たすぎずぬるくなく程よい温度。用意した白い円卓に座るとワタシはフクロウ、ヨモヤマは猫、師走はアルパカケーキに手を付けた。
そう、ケーキに気を取られていたが今日の本題はヨモヤマでもなく今後の方針だ。
「籠囲はニワトリについてどうするんだ?今後」
そのことについて話そうとする師走をさえぎって、ヨモヤマが敬礼しながら話した。
「防衛省非公式部隊、青服として今後の方針について指示を頂いてきました。」
お前が仕切るのか、という目を二人でしたがまったくヨモヤマは気にしなかった。そういうヤツだ。
しかし防衛省といったか?ヨモヤマみたいな抜けてるやつが?そう思っているとヨモヤマはつらつらと話し出した。
「現状、新宿駅バスターミナルビル並みの巨大な怪異ということもあり、サイズ感的にあの路線数以上の都内駅はしばらく監視対象として青服が張り付きます。
籠囲マキさんは出現した新宿駅待機。師走も新宿駅を中心に駅やランドマークを巡回。
サツキ様には師走と行動を共にしてもらいたいのです。」
「なるほど、”心霊に対する目”役ってことか。」
鶏自体は見えていたがその他付随するものがどうかも解らない現状、ついていったほうが良いだろう。
短くて三ヶ月、長くて一年見ましょう。と方針は固まったんですが、サツキ様に問題はありますか?
「監視って一日中するものなのか?そうなると夜中は大半バイト入れてるんだよ……。」
「ばいとぉ!?」
いきなり大声をだすヨモヤマびっくりして耳をたおしてしまった。昔からそうだが反応がいちいち大声でうるさいのだ。
「お弟子さんの学費を出すために、バイトなさってるっておっしゃってましたよ。」
「でしぃ!?」
ヨモヤマがもう白目向いてる。会わなくなって何年たったか、ヨモヤマは何も知らなかった事が余程ショックだったようだ。さらにここで金を借りてる先の名前を言ったらもう面倒だ、話を先に進めないと駄目だ。
「なら、私が夜中廻ります!」
おぉ、混乱しながら話を進めてきたぞ。成長したなヨモヤマ。
「師走はいいのか?こいつこんな感じでずっと鬱陶しいぞ?」
「非公式とは言え自衛隊組織は僕にとっては上長にあたるので、非常識な指示じゃない限りは従いますよ。」
とても棒読みな返事が返ってきた。
「そうでした。お話ししないといけないのですが籠囲のイモリは今回は役に立ちませんので、期待しないで下さい。」
「イモリ?」
師走はまた申し訳なさそうに頭を下げてきた。
籠囲家が特別視されている最大の理由であるイモリ。それが今回使えないという話だった。
「イモリの機能は”因果を食いちぎる”事です。」
籠囲は”呪物処分場”として機能していて、イモリはその要。イモリは籠囲の血族しか扱えない。だが、その能力は粗雑というか荒いもので取り回しがいいものではない。
「これはある夏、大学生5人と高校生1人がとある心霊スポットの廃工場に行った話なんですけどね。」
「なぜ大御所座長の真似を」
おもむろにヨモヤマが大御所怪談師のモノマネをしようとするのを無視して師走が語り出した。
その心霊スポットは防衛省から県に”籠囲家に呪いを処分するように依頼しなさい”と、前々から指示はあった。だが県が籠囲への支払いを渋り、十数年放置。その結果、県長の当時大学生だった息子がその心霊スポットである廃工場で肝試しを行って呪われ発狂した。
県長は焦って処分と除霊を籠囲に依頼したが、それには大きな問題があった。
「イモリは呪いの原因となる因果を食いちぎることで除霊は出来るのですが、その対象となる因果を選べないんですねぇ。」
発狂していた大学生は即座に死ぬようなことは無かったが重症と言っていい侵食のされ様で、魂と怨霊を分断させるには危険な状態だった。無論、他の祈祷師なり除霊可能な者をさがしてもいいが"呪物最終処分場”と揶揄される籠囲が呼ばれる程の怨霊。そんな人物をすぐ捕まえられるわけもなく、時間や人を増やせば因果が増え危険性が高まるばかり。
「放置すれば発作的に殺人や自殺をして、呪いをふりまく。しかしイモリを使って分断させても、廃人になる。そう当主は説明しましたがぁ、両親とも決意は固い。分断してほしいと言われました。そして、」
大学生は呪いから開放されて廃人になった。当初は家族や友人とも話せないどころか、ずっとぼんやりした状態でよだれを垂れ流し、食事や排泄といった日常生活もまともにできない状態になった。
「あれから数年たちましたが、今は少し回復してご飯食べたり、ちょっとした受け答えは出来るようになったそうです。」
最後に師走が付け足した。
「災難だな。」
としか言いようがない。おそらく籠囲のことだ、心霊スポットにも気軽に行けないよう封をしていただろう。が、地元で噂になるほど人を呼び寄せられるスポットへ長年放置された事によって成長したのかもしれない。
「鶏の正体がわからないので使えないんです。鶏に付随する因果が何に結びついてるのか解らないので、どういう事態に陥るかがわかりません。それに相打ちになった場合通常業務ができなくなるので。」
イモリの通常業務とは”この国に向けられた有象無象の負の念”を定期的に喰わせること。これが貯まると国が傾いたり、紛争状態になりやすいらしい。
「割と重要じゃないか籠囲家。」
「サツキ様だって凄いんですよ!」
師走が語っていたのは、今回の鶏の件でイモリ使えませんよっていう話をしていただけなのに。なぜかヨモヤマは張り切りだしてワタシの話をしようとする。
「いわゆる戦国時代では多くの人を逃がすため、道を切り開いて先陣を切っていったのですから。」
「やめてくれ」
そう思っただけなのだが、口から出ていた。そんな大したものではない。あんな事をしてもなんの意味もなかったのだ。
何人も、何十人も。いくつもの村を助けたりしたが結局生き残った人間同士で殺しあう。ワタシは何をしたのかわからなくなっていた。
だからこそ、戦乱の世が終わったあとヨモヤマたちの元を去って雲隠れしたし。世界大戦もこの国がどうなろうと構うまいと静観し続けた。
「やめません。生き残った人間が何をしようとサツキ様の功績はかわりません。絶望的だとサジを投げた人間を説得して、人と怪異両方相手にして死者を出さずに逃がした英雄的事実はかわりません。」
ヨモヤマにしては言うではないか。師走も相槌をうってくる。私としては世界大戦中は悩んで嫌になってふてくされる程気にしていたことなのに。すごい恥ずかしくなってきた。いやずっと恥ずかしかったから何もしなかった、という事なんだが。
「そろそろ僕は帰ります。巡回もありますので。今後のシフトに関しては、メッセなどでまたお知らせします。」
時計を見るとなる程もう夕方だ。確かに陽は傾き終わりかけている。
「僕はいちど……あれ?」
時計を見たヨモヤマは硬直した。
「今日は連絡を回す日で、二箇所回らないといけなかったんだ。」
そういう所何だよなぁ。と、思うだけ思っておくのであった。
「師走、僕を乗せて飛んでください!!」
「すみません、防衛省に許可とって頂かないと」
「うあああ面倒くさいよ!!じゃぁ駅まで……」
「駅まで徒歩15分だよ。そのくらい走れ。」
「うああああん」
ヨモヤマはそのまま走って玄関をでていき。
師走も続いて出て行った。
「……静かだ。」
舎弟が出て行ってしばらくぶりにこの丸テーブルを出した。人を知りたい。人なざる怪異であればよくある理由で人間社会に踏みいて行ったそいつは、人に愛され愛して半ば殺した形で今も一緒に暮らしている。
「あいつも新宿駅使わないわけじゃないしな……話しておこう。」
丸テーブルをクローゼットにしまうと、しまっておいた人間をダメにするソファーを引きずり出す。ワタシはその上に丸まって少し眠った。
3 開眼
十一月。
「今更、新装開店」
バイト先の入るこの建物は平成初期に建てられて古いとも新しいともいえないお年頃。だが大地震の折、色々と設備が老朽化してるのもあってか大家の方に要望が結構寄せられた。とは言えそこそこお金や時間の都合もありなかなか改装できず、今になってということらしい。
「そうっすよ店長。今時円盤レンタル屋が休んでたら、これだから物理はっていわれんスよ痛
っってぇ」
深夜組の3人の中で一番若いスズキが言ってはいけない事実を言ったがために店長のゲンコツを頂いた。店長、中身はやわ目だがガタイがいい、というか堅気に見えないので深夜には欠かせない守護神と化している。そんなガタイから出たこぶしはそれなりの威力だ。
「月火だけ丸々休みなんですか?」
「そ。火曜は深夜もやらない次の水曜の夜だから3人とも、来なくて大丈夫。返却ルールが少し変わるからそこはしっかり覚えてほしいんだが。」
「見に行く映画と場所を決めなきゃ…、むしろ他のバイトもキャンセルしなきゃ…」
ほそぼそ続く映画雑誌にコラムを持つササキは、店長の話を聞いているのか不安になるがまぁ大丈夫だろう。
十二月の月曜の夕方。
バイトは休みとなり雑多な用事を終わらせたワタシは新宿駅で師走と待ち合わせていた。この日は一日中を哨戒にあてる、という予定。場所はバスターミナルの直下にあり新宿駅の中でも人口密度が低めの新南改札口先の広場。そして前回、巨大ニワトリが出現した側でもある。
よく考えたら、よくこんな狭いところにわざわざ顕れたものだ。
改札へ向かって階段を上がると、フード付きコートの青年が改札の前で立ったまま動かない。まぁ、都内の改札事情に慣れないと、こういった人はよくいて周りの人も何だコイツと視線を送りつつ避けて別の改札から出て行く。
ワタシも横の改札口に避けてスマホを改札にかざして広場の方へ出ると師走が近寄ってきた。
「やぁ、改札口の真ん前で待たんでも。」
「いえ、見逃したくはないので。」
新宿駅での待ち合わせのリスクは重々承知している。東西南北地上地下、一体いくつ出口があるのか数える気にならないぐらいあるのだ。
その刹那、師走が私を引っ張り改札口とは逆側へ弾く。割と力強く飛ばされワタシは手をつかないまでも、膝をつくぐらいには飛ばされる。訳がわからずに苛立ったがそれどころではなくなった。
瞬間的に周りの人間も師走から離れる。それと同時に師走が改札の中に吹き飛んだ。白い棒状の、後から見て槍だと気づく速さだった。その直後爆音轟音がし周囲が衝撃波で壊れていた。
爆風で周囲の人も何人か倒れている。
そんな中、フード付きコートの青年は立ったまま動かない。それどころかそのまま改札の奥で動かないままの師走の方へ数歩近づくと口をひらいた。
「外してるぞ」
急に陰る。まさかと思った。
あの日同様、金属同士がこすれる音と、巨大な目玉を全身にまぶした巨大ニワトリが線路の上に現れた。
しかもあのヒヨコもよく見ればそこら中に湧いて出てきている。だが前回の共食いとは違い人を襲って、脛や腕を狙ってかみついている。
状況の整理はつかないがヒヨコに襲われてる人を助けようと、ハルバードを錬成した瞬間。
一際大きな悲鳴が上がる。
悲鳴の主は師走だった。いつもぼそぼそと話す声とは違う。拒絶と憎悪に満ちた悲鳴。
そこにいたのはいつものホットパンツとパーカーといったラフな格好の師走ではなく、獣。犬の様な体躯だが鹿のような細過ぎる足。額には青く鋭い一本角、背には鳥のような翼。細い長い毛の尾は空気よりも軽いらしく、尻尾というより線香の煙の様に漂っている。
儚い印象の獣と言った感じだ。
それが唸りながら頭を振り、ヨダレをずっとたらしている。駄々をこねるように前足で床をならし、時折頭を駅の床に叩きつけ何かから逃れようとしている。
師走に呼びかけようとすると、
「切って!」
別改札から走ってきたマキが叫んだ。音は、言葉の意味は解るのだがなにもりかいができない。
「師走の首を切り落として!」
マキは持っている小刀を自身の喉に宛てがう。状況が渋滞して判断が下せない。
苦しんでいる師走を介錯してやれと、そういうことなのか?人間が襲われて、巨大ニワトリが現れて。それらを差し置いても「早く師走の首を切ってくれ」と叫ぶのは理由があるんだろうと。
嫌悪と吐き気にふらついたが、ハルバードを構え直し師走に詰め寄り、振りかぶる。
目の端で、耳でフード付きコートの青年が腕を上げたのを感じた。なんとか視界に入れるとヒヨコに白い小さな何か白いものを与えたようだった。ヒヨコがそれを口にすると口の中から鋭いクチバシが覗いた。
あぁもう、わけわからん。
ヒヨコの口から飛び出してきたのは恐竜型の鶏だった。あれって共食いせずとも出せるんだ。と、ぼんやり思いながら師走に向けてハルバードを振り下ろす。が、流石に質量を司る存在、周囲の情報はすべて知覚しているようで角で刃を弾かれる。死んだと思った。ワタシ自身がだ。師走の攻撃や防御の正確さは、ここ最近共に行動していて目のあたりにあたりにしていた。だが、
嘔吐しフラつき、頭を床に叩きつけた。それに畳み掛けるよう、逃さぬよう弾かれたハルバードを回して
師走の首を切り上げた。
「っ」
頭が落ちた瞬間、師走の口腔から空気が抜ける。赤い肉が見える首の断面から血を流しながら身体は倒れ、その崩れるまま体と飛び散った血や羽根は灰になり、より細かい灰にとその塵を撒き散らし消えた。見たことのない光景に一瞬気を取られていたが恐竜型が向かってきているのを忘れていたのを思い出す。が、何もないどころかワタシの横を通り過ぎる。てっきり恐竜型の狙いは師走かと思っていたし、若しくはワタシ自身だと思っていた。
「ギャアアアアア」
「マキ!?」
振り向くと恐竜型が燃やされていた。マキは自分に宛てていた小刀を恐竜の口先にむけて、その手には白い妙なイタチのようなものを乗せていた。ワタシの心配を返してほしい、師走の反撃でワタシが死んだと思ったし、飛びかかった恐竜型を逃したことで後方にいたマキが金属をも切断する前脚の羽に刻まれたのではないかと心臓が凍る思いだ。
それに、状況は何も好転もなにもしていない。
気がつくと先ほどの青年は居なかった。
巨大な鶏は線路の上で耳が痛くなるような金属音を出しながら蠢いている。
だがそれ以上に、説明が欲しかった。気がつけばマキの胸ぐらを掴んでいた。ワタシより背の高いマキはバランスを崩し、膝を崩すも表情は変わらずまっすぐとワタシを見ていた。
「師走の心配をしてくれてるんでしょう?安心して、師走には死ぬと言う事象は起きないわ。暴走や状況が不利な場合、肉体的な死を与える事で召喚状態をリセットできるの。」
「そういうのは先に言っておいてくれ。こういうのは嫌いなんだ。」
未だに冷えた心臓が痛い。怪異のワタシにろくな心臓は無いだろうが、それでも短い間とは言え仲間の首を落とすとかやらせないでほしい。
「ごめんなさい。」
マキが謝るやいなやけたたましい音が次々と起こった。何かと巨大な鶏を見るとさっきよりも体が黒くなり、翼を広げながら線路に沿ってビルの無い方へ歩いて行く。行く先々の連絡通路や建物にぶつかったり、羽根がビルに擦れてガラスが割れたりする事で鉄柱が悲鳴を上げている。
両脇に高いビルがないところまでヨタヨタと巨大な鶏は歩き、翼を広げる。前回師走が切り落とした足はすっかり治っているようだ。それにしても、もうニワトリというよりカラスの様な黒さの羽毛。ただカラスのような黒光りもしない羽根の輪郭以外何も分からない身体は、ニワトリ型の闇に無数の目玉が付いているようにしか見えない。
そして前傾をとり翼を地面に叩きつけると飛んだ。
風圧でさっきまでなんとか形を保っていたガラスや鉄柱が砕ける。
「あれって飛べるの……」
「マキ、とりあえずワタシはあれを追う!!」
「え、ちょ」
自分でも何を言っているのか解らなかったがとりあえずぐちゃぐちゃになった瓦礫の上に飛び降り、元の狐の姿での地上から飛んだニワトリを追った。狐と言っても全高は人間の身長よりも大きいから狐と言っていいのかわからない姿だが、怪異としての元の形のほうが人には見えにくい。あと速いし。
しばらく走っているが追いつかない。体力を保ちつつ抑えて走っているのもあるが、何故か追いつけない。ワタシも肉食獣としての素早さと言うものを持っているつもりだが、巨大鶏の飛ぶ速度はワタシよりも速いらしい。
赤坂御用地を過ぎてしばらく走り、高めのビルの横を過ぎた時だった。
「サツキ様っ」
ヨモヤマがちょうどいい具合にワタシの背に飛び降りてきた。非常事態だから許すが良くもやってくれる。
「ヨモヤマ、あの鶏は何がしたいのかわかるか?」
「いえ、怪異としても素性も何も分かってないので。このまま行くと皇居でしょうか……」
ヨモヤマに尋ねると解りきった答えしか帰ってこなかった。いやじゃぁなんで乗ってきたんだこいつ。
「各駅の青服をあの鶏に向かわせてますが、間に合うかどうか」
間に合うとして、東京駅に居る奴らは皇居の護衛に回ったという。だが本当に狙いは皇居か?無理だろあんな粗雑な呪で……。皇居の守護はそんな生易しいものではないし、何がしたいんだ?ただのパフォーマンスなのか。
「皇居をそれていきます。海に行くんですかね?」
「もう何処にも行かせん」
この追いかけっこにも程々飽きていた、というかヨモヤマを降ろしたいという気持ちがあったのは確かだ。そのうえこれ以上巨大鶏を放置することも癪に障っていた。一気に身を屈め解き放ち、巨大鶏の翼に噛み付く。ヨモヤマが落ちていったがあいつの頑丈さは異常なので心配はしない。
翼にもいくつか目が生えていて気色が悪い。目玉によってはこっちを向いてるわけだが、ワタシを見ているかどうかは解らない。それが余計にきもちわるい。
噛み付きながら翼に体重をかける。翼のつけねがブチブチと少しちぎれ黒い肉が見える、ワタシの体重を掛けたところで大したブレーキにはならず、多少飛行姿勢が崩れ時折足を地面につけている状態で止まりきらない。
もうなりふり構っていられない。
「噛み千切りきれない、燃やせ!カズ」
「はい!」
「誰???」
東京駅の出口から出てきた少年が呪符を投げて印を結ぶと呪符は燃えるどころか一点に集約され見えなくなり、代わりに巨大鶏の背中に火柱が立ちまたたく間に全身に火が回る。熱いが、巨大鶏がとまるまで耐えるしかない。だが次の瞬間巨大鶏は両足で東京駅前に立ち止まったかとおもえば、目玉が大量についたが首が上下に分かれる。首どころか翼の下を通って太ももの所まで開いていく。もはや口なんて呼べる代物ではないが、黒々とした口腔には黄ばんだ歯が大量に並んでいる。流石に動きが荒すぎてワタシも噛み付いていられなくなり、一旦鶏から離れた。
「なんだ?何が壊れた音なんだ?」
「木の幹……が割れるような音。」
黄ばんだ歯で何かに噛み付いているようだが、何も見えない。なのにバキバキと雷のような、割り箸を束ねて折るような音の何十倍も何百倍も重ねたような異音が響き渡る。
そして、それは姿をあらわした。
十本ないし数本の電柱の様な木の柱を巨大鶏が噛み折っていく。木柱には変な模様や、縄がついていて異様な存在だと目で認識しているのだが、
「サツキ、あの木の柱はなんですか?ちゃんと見えてるのに、存在を感じない。」
ワタシもあんなものは知らないし、それどころか見ているだけでなんだか足元がふらつく感覚がある。
「おい、ヨモヤマ!!」
「いえ、ボクも知りませんよ。あんな幽霊みたいな柱……。」
鶏の翼を含めたからだ全体が燃え上がり、いつのまにか木柱に火が燃え移る。そのうち翼は完全に燃え尽き酒のつまみの手羽先状態になった。噛みついていた顎も下顎は焼け落ち、上顎もどんどん焼け焦げる。その間、大量に付いている目玉は沸騰し、千切れて蒸気や体液をばら撒いたり爆発していく。しかし肉の焼ける匂いはせず、ほのかに焦げ臭さを感じる程度で目の前の光景はまるでCGをみているような気分だ。
しばらくして、巨大な鶏は焼けて木柱とともに炭になりまざりあってそこに残った。炭になった途端、やたらと煙があがる。
駅の反対側にいたらしい青服達が炭や残骸の処理をし始めた。ヨモヤマも手伝わなくてはならず、ワタシの舎弟のカズを名残惜しそうに睨みつけながら引きずられていった。良かったよかった、面倒くさい事になるかと思った。
「新宿駅に戻るか」
カズとは途中で別れ、新宿駅に戻ると辛気臭そうにするマキは改札口に開いた穴を直している青服の作業を眺めていた。
その先には師走が居た。
「んぉ」
変な声が出た。マキは流石に申し訳ないと言った表情で説明してくれた。
師走の再召喚は籠囲家の敷地内でやる予定だった。現状、師走が狙われたのは大事だが、師走を召喚している状態というのは国際的な交渉材料でもあり、国外のそういった"怪異”もまた同じように運営されている。そこは問題なかった。
「政府の現実改変装置がね24時リセットっていう仕様なのよ。」
つまり今日の24時になるとこの惨状は、現実にあった出来事として人々の記憶に残ってしまうのだ。そして、
「事象の原因を改変できても、被害状況はね。細かいところまで変えられないの。」
つまり、周辺のビルの割れたガラスとかそういうの。壁構内の破損、人的被害をあと5時間でどうにかしなければいけないらしい。もしくは人が認知できないように呪術をかけるそうだ。
しかし青服の使う呪術は精度は悪くないが、作業速度は速くはなく要は24時に間に合わない。そこで
「師走はここで再召喚して、惨状を直して貰ってるわ……」
物質を操る司、だから治す精度速度共に早い。そして4人の青服に囲まれていた。
「あの4人はなんだ?サボりか?」
「盛大に狙われたから、護衛についてるの……」
そうなんですよ、ってすっごい勢いで師走を睨みつけていた。
「サツキさん、申し訳ありませんでした。後ほど改めて謝罪します……。」
すんごいげんなりした顔で謝ってきた。
「師走、あっちのビルのガラスからぐるっと順番に先やってきて!!」
改札向こうから黄色いヘルメットをした青服に怒鳴られ、護衛4人をぞろぞろ連れて窓ガラス吹き飛んだビルに向かっていった。
「マキ」
「何?」
「ワタシのギャラについて話していいか?」
この際、しっかりこれからは賃金貰うことにし、駅の修繕を手伝った。
この騒動で地上線地下線、新幹線もろもろ止まりだいぶ青服は吹くどころか顔も青ざめたそうだ。
2023/05/15 三編にしていた記事を統合