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ワイルド・アニマル~凍った鯖の秘密

写真の女性が男に突き立てる凶器ではあるんですけど..ね?!

監督、脚本 キム・ギドク
1997年10月25日 韓国公開
2007年2月24日 日本公開
原題訳 野生動物保護区
英題 WILD ANIMALS
宣伝文「パリの路地裏で日々もがきながら生き抜く人間の絶望的な姿を見事に描いたギドク流フィルム・ノワール」

 1990年にお金も持たず、物乞い同然でフランスに渡り、非常に辛い経験もたくさんしました。そうした中で私がフランスで目にしたものを一つにまとめた作品です。(製作の)目的は3つありました。一つは南の問題、もう一つは北朝鮮の問題、最後に、韓国での養子縁組の問題です。韓国では、誰も引き取り手のいない子供が養子として外国に出されることが度々問題視されているのです。(「キム・ギドクの世界 野生もしくは贖罪の山羊」白夜書房刊)

 キム・ギドク監督作第2弾『ワイルド・アニマル』は、上記の言葉どおりだが、何も社会問題を描いたわけではない。原題の「野生動物保護区域」は何を意味するか。野生動物は絵を描きながら東欧、アラブの不法滞在者を友として過ごし泥棒や詐欺師に同化していったという自分自身のこと。保護区域をサンクチュアリと解すれば芸術家にとっての聖域、パリを指している。パリを映画にしたいというのがこの原題に現れている。

 パリの暗黒街を舞台に挫折した韓国人画家チョンヘと脱北兵ホンサンとの出会いから別れまでの友情を、ハンガリーからの密入者コリーヌ、韓国系フランス人の踊り子ローラという2人の女性をからめたフィルム・ノワール。いわば異邦人たちの青春が描かれている。絵画、彫像、鏡、水、魚、手錠、血というモチーフが登場する点でも前作『鰐』(1996年作)の延長線上にあり、物語が重視され感情移入が可能な作品になっている。前作と大きく異なるのは宗教色がなく、芸術への愛をストレートに告白したということになるだろう。

 29歳から32歳まで絵を描いてヨーロッパで暮らしたキム・ギドクだから、当然バカでこずるい画家くずれの小悪党、チョンヘが分身だ。芸術の女神ミューズを暗喩する彫像のパフォーマー、コリーヌが「完璧な芸術をあなたに見せてあげたい」と彼の頭を抱くのだから、泣かせるではないか。この場面で、彼女の頭を彫像にするという着想に驚く。これだけで「天才なのだな」と思わせるに充分だろう。

 映像的に気づくのは明るく白っぽいこと。ここから次のことが思慮される。映像の基調を黒にした『鰐』から今回は白にした。若きキム・ギドクが見たパリが光に満ちた場所だった。主眼は犯罪でなく青春。若きキム・ギドクの意欲が瑞々しく今も輝いてみえる。

 しかし、白を得るためだろう、撮影現場の光源がわかるほど強いライティングが気になる場面があったり、ほかにも素人演技(実際素人を使っている)、低調な音響と音楽、カメラマンの力不足が露呈していて、人によってはテレビの再現ドラマ並みに安っぽく感じるということはあるかもしれない。このままでも面白いのは確かだが、もう少しスタッフが揃っていたら重厚感が出せたはずで、個人的には唯一低予算が残念な気持ちにさせる作品である。

 パリの街が油絵のように映し出されたり、凍った鯖が刺さった死体を静物画に見せたり、映画を写真ではなく絵画の手法で描くという意欲は前作より明確に現れている。登場する女性たちが次々と裸になるのも裸婦像を描きたかったのであり、私には画面からキム・ギドクが映画という新しい表現形態を得た喜びの声が聞こえるようだ。

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