ジャン゠リュック・メランション『共同の未来』訳者あとがき(松葉祥一)を公開!
訳者あとがき
はじめに
本書は次の全訳である。Jean-Luc Mélenchon, L’Avenir en commun : le programme pour l’Union populaire présenté par Jean-Luc Mélenchon, Éditions du Seuil, 2021.
第1に本書は、フランスの政治家であるジャン゠リュック・メランションによる、2022年4月の大統領選挙の際の政権公約である。第1回投票の結果、メランションは3位(得票率22%)となり、上位2名(エマニュエル・マクロンとマリーヌ・ル・ペン)による決選投票には進めなかったが、主要3候補が得票率22~28%の中にひしめく混戦のなかで存在感を示した。
第2に本書は、2022年6月のフランス国民議会(下院)選挙の際に、メランションが率いる政党「服従しないフランス」の政権公約としても使われた。選挙の結果、同党は577議席中75議席(13%)を占めた。したがって本書の内容は、「服従しないフランス」の政権公約として、その後の状況の変化による部分的な変更はあるとしても、現在も有効である。
第3に本書は、同じ国民議会選挙の際に結成された政党連合「新民衆連合 環境・社会(NUPES)」(以下「新民衆連合」と呼ぶ)の政権公約でもある―サブタイトルの「〈民衆連合〉のために」はこのことを示している。この政党連合は、「服従しないフランス」を中心に社会党、共産党、ヨーロッパ・エコロジー=緑の党などによって結成された。選挙の結果、「新民衆連合」は第1回投票で最も高い得票率を得たが決選投票では第1党になれなかった(577議席中151議席)。しかし大統領与党を過半数割れ(245議席)に追い込んだ。
一読していただければおわかりいただけるように、本書は政権公約とはいっても、たんなる政策の羅列でも、理念の列挙でもない。序文で掲げられる「反資本主義」と「環境主義」、「オルター・グローバリズム」という3つの理念が、現場の労働者や生活者たちの討論から練り上げられた個々の具体的政策と結びつけられていて、説得力がある。
1.著者経歴
ジャン゠リュク・メランション(Jean-Luc Mélenchon, 1951–)は、モロッコのタンジェで生まれた。スペイン系の父は公務員、スペイン・イタリア系でアルジェリア生まれの母は小学校の教員だった[1]。両親とも家族は北アフリカに住んでいたピエ・ノワール[2]。両親の離婚にともなって1962年にノルマンディー地方に、1967年にはジュラ地方に移り、同地の高校で68年5月革命の運動に参加。フランシュ゠コンテ大学(ブザンソン)で哲学と現代文学を学びつつ国際共産主義組織(OCI)に所属し、フランス全国学生連合(UNEF)の大学代表などの活動を続けた。哲学・現代文学の学士号取得。学生結婚(後に離婚)し娘が生まれたこともあって、印刷所などさまざまな職場で働いた後、中等教育教員資格(CAPES)を取得し、1976年に工業高校のフランス語の教員になる。
1977年社会党に入党。1983年にはエソンヌ県マシー市の市会議員に当選、2004年まで同市でさまざまな役職を務める。1986年にはエソンヌ県から当時最年少の35歳で上院議員に当選し、2000年まで務めた(2004~2009年に再任)。ジョスパン内閣では2000年から2002年まで職業教育大臣に就任。ミッテランの強い影響のもとジュリアン・ドレーらと党内左派を形成したが、2008年には、マルク・ドレズらと共に社会党を離党して「左翼党」を結成し、共同代表に就任。2009年の欧州議会議員選挙で同党は共産党などと「左派戦線」を結成、6.48%の得票で5議席を獲得、メランション自身も南西仏選挙区から欧州議会に当選した。2010年の年金制度改革への抵抗運動の際にメディアで取り上げられ、広く知られるようになった。
2012年のフランス大統領選に出馬し、第1回投票で約400万票を獲得したが4位に終わる。2016年2月に左翼党にエコロジストやLGBT運動を加えて「服従しないフランス」を結成。2017年の大統領選では706万票(得票率19.58%)を獲得したが、僅差でやはり4位に終わった。第2回投票では、 「極右に1票も入れてはならない」と宣言。2017年フランス議会総選挙においてブーシュ゠デュ゠ローヌ県第4選挙区から立候補し得票率59.85%で当選。
2022年「服従しないフランス」は、先述のように国民議会選挙でマクロン派を過半数割れに追い込むと同時に極右国民連合の議席を奪うために、左派政党に呼びかけて党派連合「新民衆連合 環境・社会」(Nouvelle Union Populaire Écologique et Sociale. 頭文字をとってNUPESニュペスと呼ばれることが多い)[3]を結成した。新民衆連合が過半数の議席を獲得した場合、メランションが首相になる予定だった。
2022年5月19日に新民衆連合の共同政府計画がネット上で公開された。これは、本書を基盤にした以下の8章、650項目からなるものだった[4]。⒈ 社会進歩・仕事・年金、⒉ エコロジー、生物多様性、気候、共通財、エネルギー、⒊ 富の分配と租税正義、⒋ 公共サービス、健康、教育、文化、スポーツ、⒌ 第6共和制と民主主義、⒍ 警察・司法、⒎ 平等と差別とのたたかい、⒏ 欧州連合と国際関係。各党はこれらの施策の95%で合意しているが、33項目については意見の相違があることを認めており[5]、選挙で勝利した場合、討論によって決定する予定だった。ただ、以下の重要施策については合意が成立している。すなわち、最低賃金を月1,500ユーロ(24万円)に引き上げること、60歳定年制を復活させること、生活必需品の価格を凍結すること、経済計画を立てること、第6共和制を設立すること、若者のための自立手当を支給することである[6]。
2024年5月時点で、新民衆連合の議席は、国民議会で577議席中150議席であった。2023年9月の元老院選挙やその後の欧州議会選挙においては、社会党や共産党、緑の党が「服従しないフランス」が提案した共通候補者リストを拒み、新民衆連合は事実上解消した。
2024年6月の欧州議会選挙の結果、極右政党「国民連合」が31.5%の票を得て、2位の与党連合の14.6%を大きく上回ったため、マクロン大統領は国民議会を解散した。3週間後に第1回投票という短い期限のなか、左派政党は、極右政権成立を阻止するため、「新民衆連合」にかわって「新人民戦線(Nouveau Front populaire, NFP)」という左派連合を立ち上げた。そして、1選挙区の共通候補を1人に絞ることや、共通プログラムを4日間で交渉して合意することに成功した。プログラムには、本書『共同の未来』の核をなしている賃金引き上げ、豊かさの分配、年金改革・失業改革の廃止などの施策が盛り込まれた。
6月30日の第1回投票で、「新人民戦線」は若い層の支持を得たが、得票率で僅差の第2位にとどまり、極右「国民連合」が第1位となった。その背景には、主要メディアや他陣営とくにマクロン陣営が、「新人民戦線」とりわけ「服従しないフランス」を「極左」(国務院は極左でないと認定)で危険だとするキャンペーンを張った影響があった。しかし、7月7日の第2回決選投票では、あらゆるメディアや世論調査の予想をくつがえして「新人民戦線」が最多の議席(182議席)を獲得した。対する極右陣営は第3位の143議席、マクロン陣営は第2位の168議席にとどまった。その要因として、第1回投票の際に選挙区内で第3位だった「新人民戦線」の候補者全員が、マクロン陣営との選挙協力のために候補を取り下げたことと、極右を拒否する市民の声「やつらを通すな」が広がったことがあげられる。
いずれの陣営も過半数に達していない以上、現時点(7月9日)では、どのような政府が組織され、誰が首班に指名されるのかまったく予想がつかない。また極右に票を投じる人が30~40%いたことはたしかであり、これからも息の長いたたかいが必要だろう。しかし、極右の政権掌握を拒んだ市民のダイナミズムに、メランションと「服従しないフランス」の政策プログラムが大きく貢献したことは明らかだ。そして、とりわけ若い人々に社会変革の希望をもたらしたことも。
2.本書の意義
本書は、これまで日本でまとまった紹介がなかったメランションと「服従しないフランス」の思想と活動を伝えてくれる。本書を読めば、「服従しないフランス」がたんなる左派ポピュリズム政党ではないことがおわかりいただけるだろう。党名の「服従しない」が意味するのは、資本主義が必然的に生み出す環境破壊や、新自由主義にもとづく経済・社会政策が生み出す不平等、NATOの軍事主義に服従しないということなのである[7]。
本書の掲げる個々の政策がそのまま日本に適用できるわけではないのは確かだ。日本とフランスが歴史的にも地政学的にも異なる背景をもっている以上、当然であろう。われわれが学ぶことができることの1つは、明確な理念と、民主的な討論にもとづく具体的政策の練り上げという活動スタイルであろう。「共同の未来」の数々の政策は、広範な支持組織による議論の積み重ねによって作り上げられた。「服従しないフランス」は、ニュイ・ドゥブ[8]運動、「黄色いベスト」運動、年金問題など、つねにたたかいのなかで議論を重ねてきた。その基盤があってはじめて選挙をたたかうことができたのである。また「服従しないフランス」には20代、30代の若手議員が多く、たとえばパリ郊外の恵まれない地区で、若者たちの文化・スポーツを通した市民活動に携わっていたアフリカ移民出身の男性や、農業に携わる女性、工場労働や市民活動出身者たちが、活発な活動を行っている。さらに、国内・海外の知識人・研究者との対話を行うラ・ボエシー協会(「日本の読者へのメッセージ」参照)の活動も精力的である。理論と実践の双方から生まれた、旧来の政治党派とは異なる政党 – 運動体の軸をなすプログラムが「共同の未来」だと言えるだろう。
残念ながら日本では、フランスのような産別労働組合を軸とする全国的な労働運動や民衆運動の基盤がフランスに比べて弱いと言わざるをえない。またフランスと違って日本では、1968年5月を頂点とする運動の高まりを次の世代へとつなぐ連結器が働かなかった。しかし、いまや日本はどの資本主義諸国よりも矛盾が蓄積していることは明らかだ。主要先進国の中で日本だけ賃金が下がり続け、福祉政策は切り縮められ、年金は減り続けている。また男女の賃金格差は最も大きく、女性労働者の大部分は非正規雇用であり、母子家庭の貧困率は深刻である。そして多くの若者が低賃金と非正規雇用の状態におかれている。こうした苦しみや怒りを国政につなぐ回路が必要であることは間違いない。そして、「日本の読者へのメッセージ」が指摘するように、ヒロシマ・ナガサキとフクシマの記憶をもつ日本が反原発運動に果たす役割は大きい。またガザのジェノサイドをはじめ世界を覆う「戦雲」の広がりに歯止めをかけるために、日本国内でも軍事予算の拡大や武器輸出の阻止などなすべきことは多い。本書が、そのための手がかりをひとつでも提供できるとすれば、これにまさる喜びはない。
[後略]
訳者を代表して 松葉祥一
注
[1] 伝記的事実は主に次の書による。Jean-Luc Mélenchon, entretien avec Marc Endeweld, Le choix de l'insoumission: entretien biographique, Poche Point 2, 2007.
[2] フランスの植民地支配時代にアルジェリア、モロッコ、チュニジアに定住していたヨーロッパ系住民を指す俗称。
[3] « Accord entre La France insoumise et EELV pour les prochaines élections législatives », La France insoumise, 02/05/2022, https://lafranceinsoumise.fr/2022/05/02/accord-entre-la-france-insoumise-et-eelv-pour-les-prochaines-elections-legislatives-communique-de-presse.
[4] « Programme de la Nupes aux législatives : les points de convergence et de désaccord entre LFI, EELV, le PS et le PCF », Le monde, le 30 mai 2022. https://nupes-2022.fr/le-programme/
[5] « La Nupes présente son programme : une alliance gouvernementale de gauche, 650 mesures et 33 ‹ nuances › », Le monde, le 19 mai 2022.
[6] « La France insoumise et les écologistes passent un accord pour les législatives », Le monde, le 2 mai, 2022.
[7] メランションには本書を含めて23冊の著書がある。オランドをはじめとする社会党の新自由主義路線を批判し、市民革命の理論を述べた次の書が重要。Jean-Luc Mélenchon, l’Ère du peuple, Fayard, 2014.
[8] ニュイ・ドゥブ(Nuit debout)運動:労働法反対デモに続いて2016年3月31日に始まった、フランスの広場での討論の運動。
サピエンティア 75
『共同の未来 ──〈民衆連合〉のためのプログラム』
ジャン゠リュック・メランション 著
松葉祥一 監訳
飛幡祐規 / ジャック=マリ・ピノー / 堀 晋也 訳
四六判 / 230ページ / 上製
ISBN978-4-588-60375-4 C0331 定価(本体2800円+税)
発売予定日:2024年07月31日
予約受付中!
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-60375-4.html
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