食費を浮かすための狩猟②
暮らすことは、支払うこと。そんな感じになっていた都会生活をやめ、兵庫県多可郡多可町へUターンし、家賃を払わなくてよくなりさらに、多可町は山が近いし、鹿や猪もいるんだから、狩猟して肉を確保して、スーパーで肉買わんでええようにしよう。狩猟免許もとれたし、山にも罠をかけた。そして。といったようなことをこの話の前編で書きました。初めてかかった獲物は、大人の雌鹿でした。後編では、初めての捕獲までを書きたいと思います。
さかのぼること2021年11月15日朝7時。ぼくは村のお寺の裏山で、踏み込み式のくくり罠を設置していました。
なぜお寺の裏山なのかというと、
「これからはじまる狩猟期間中、裏山にくくり罠を仕掛けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん、どうぞどうぞ」
「罠をくくりつけた木(根付け)にぼくの名前や電話番号などを書いた表札をつけておくので、それを罠があるという目印にしていただければ」「了解です。よーけ獲ってください」
と、お寺さんに快く承諾していただけたからです。
寺の裏山以外にも、村が所有する山にも罠を入れたく、これは村の区長さんにお願いしました。
「これからはじまる狩猟期間中、村の山にくくり罠を仕掛けてもよろしいでしょうか?」
「ほお、銃でやんの?」
「いえ、くくり罠です。土に埋めて獣の脚をくくる罠です」
「あー、はいはい」
「罠をくくりつけた木(根付け)にぼくの名前や電話番号などを書いた表札をつけておくので、それを罠があるという目印にしていただければ」
「おう、よーけ獲ってくれよ」
罠設置のお願いでなくとも、村の人とすれ違えば、
「おう、狩猟しょんのか」
「はい、今年からやらせてもうてます」
「そらえーわ、よーけ獲ってくれよ」
やはりこの地域は、鹿や猪による畑被害が多く、激励の言葉が「よーけ獲ってくれよ」なんですね。たくさんの獣を捕獲し被害が減ることを期待しとるでにいちゃん、と言ってくれてるんだなあと思うと、よーけ獲れるかはわかりませんが、自分の住む村の中でひとつの役割をもらえたような気がして嬉しかったです。
さて、そんなこんなでぼくは寺の裏山で罠を仕掛けています。罠をかける場所選びのポイントは、足跡が多くて新しい獣道や糞のあるところ。これを見つけて設置場所を決めるのですが、そのときに重要なのが、罠のワイヤーを固定する丈夫な木=通称「根付け」があるかどうか。この根付けが細すぎたり、腐敗して中身がボソボソだったら、たとえ獣がかかったとしても、獣たちはワイヤーが括られた脚にかかる負担などかえりみず全力で踏み込み引っ張るので、細い木や腐った木なんかは一瞬で薙ぎ倒してしまうのです。現場へ駆けつけたとき、それが逃げられたあとならまだ「くやしー!」程度で済むかもですが、雄鹿や猪が目の前で木を薙ぎ倒したとしたらこちらに突進してくるので大事故になりかねません。そういうことを頭に入れて根付けを確実に確認します。
その根付けにくくり罠の先端を輪っか状にかしめたワイヤーを二重まきにし、「シャックル」という金具で締めます。いったんこれを置き、次に塩ビパイプで作ったお椀のような容器の底に石を4〜5個敷き詰め、その上に土をパンパンに詰め、両手の親指で鎮圧し、できるだけ固くします。これもいったん置いておきます。
根付けに固定したワイヤーの先には、
① 「よりもどし」、その先に
② 「ショックアブソーバー」という超頑丈なバネ、その先に
③ 「ワイヤー止め」、その先に
④ 「ワッシャ」2枚、その先に
⑤「直径20mm×長さ230mmの塩ビパイプ」
⑥「1100mmのバネ」
⑦「塩ビパイプ」
の順にそれら一つひとつの中央にワイヤーを通し、塩ビパイプに通したワイヤーの先端は輪っか状にし、Rをつけます。そのRの部分に
⑧「Oリングばね」をはめ込み、ワイヤーが合流する部分を
⑨「スリーブダブル」でかしめ、実はこのOリングばねにあらかじめワイヤーを通しているため、もうひとつの輪っか状ができています。
あらかじめ、の段階で、⑩「締付防止ストッパー」という金具を装着しており、これの装着は義務づけられています。
で、先端の輪っか状に、石と土を詰めたお椀のような塩ビをはめ込み、これを固定するために、⑤を⑥を縮めるように⑦に向かって力を入れて引き込み、目一杯いったところで③を思い切りきつく締める。これをまた置いておき、こんどはツルハシでくくり罠を埋めるための穴を掘ります。ぼくは、前方後円墳の形を意識して穴を掘ります。そして、獣が歩いてくるであろう方向から根付け側手前の位置に、「くい丸」という長さ70センチ×太さ5センチくらいの大きい杭で20センチくらい穴をあけます。これは1.5キロのハンマーで13回くらい「くい丸」をたたくことでスポット的な穴になり、この穴にくくり罠の塩ビパイプの部分を挿入し、前方の丸い穴に塩ビパイプで作成した枠を設置、そこへ土と石を入れたお椀の塩ビパイプをセットし、土を埋め戻します。だいぶできてきました。
さらに罠の土の上に、あらかじめ集めておいた杉林の腐葉土をかぶせて罠のニオイを消し、見た目も、どこに罠が入れてあるかわからなくなるまで、他の地面との違和感を徹底的になくします。最後にエサとなる米糠をまき、塩をぱらぱらとまぶして完成です。
いちばん最初に仕掛けた罠は、設置するのに40分程かかりました。にもかかわらず、獣たちにバレバレでした。なぜなら、罠を仕掛けた11月16日の朝。罠の見回りで現場に赴いたところ、見事にエサだけ食われ、さらに土と石を入れたお椀の塩ビパイプのフチが少し露出させられていたからです。「なめとんのか」と言ってしましました。こんなにきれ〜に「なめとんのか」という言葉が出たのは初めてでした。でも、本当になめてたと思います。だって本当に下手くそな仕掛け方だったからです。それもこれも今思えば、のことですが。もちろん罠は1本だけではなく、10本ほど仕掛けていました。狩猟期間のルールでは1度に30本まで仕掛けられることになっています。すべての罠を見回り、この日はいわゆるところのボウズ、獲物はかかりませんでした。
なにがあかんにゃろ?と考えましたが、わかりません。今思えば、けっこうすべてがあかんかったです。とにかくライターの仕事もしないといけないので、罠とエサを再設置して、その日の狩猟は終わりました。
そして翌日、昨日と同様にマイ狩猟車のトヨタサーフで寺の裏山の見回りをスタート。1箇所目の罠の場所を遠目に見たところ、何もなかったので、「またボウズかいな」とちょろちょろ近づいていくと、茶色い何かがもにょもにょしているのがわかってきて、根付けあたりも昨日と何かが違う、けれども獣は山の木々や地面の土と同系色なので、最初は鹿ってことが本当にわからないんですね。さらに近づくと、だんだんくっきりと輪郭が見えてきて、鹿からしたら「うわ、トヨタサーフきた、最悪、逃げよ」ってなもんで、もう四方八方にのたうちまわっています。車から降りて、鹿と初めて対峙しました。
昨日までの人生からは、想像もできなかった光景です。早朝、寺の裏山、鹿とぼくしかいない別世界って感じの。これを今から捕獲する。捕獲するなら、生け捕りでなければならない。だって味が落ちるから。美味しく頂きたいから。4本の脚を縛るためのビニルロープを切り分ける。ポケットに入れる。雌鹿は襲ってこないと聞いている。近寄れば逃げるため、背中を見せたところを後ろから追い込み、後ろ脚をとる。ということを師匠から教わった。ところが面食らった。鹿に近寄り、背後をとろうとすると、くるりと顔と体をこちらに向け、最初と同様、対峙した形になる。もう一度近づくと、またしてもくるりとフェーストゥフェース。こんな顔してるんや。反対側から近づいても、またくるり。近づく、くるり。近づく、くるり。近づく、くるり。他に何も考えられず、無心にこれを40分もしてしまった。これはあかん。ライフライン、テレフォンでお願いします。って1人だけどそういうことを思って師匠に電話しました。
「雌鹿がかかりました」
「おめでとう、よかった」
「ありがとうございます。うまく捕獲できないのですが、来ていただくことは可能でしょうか?」
「今日はあかんねん」
「ファイナルアンサー?」などと言えるはずもなく、でもこれでようやく腹をくくることができました。もうやるしかありません。早くしないとライター業の始業時間になってしまいます。本意ではなかったけれど、今日だけは完全なる生け捕りを断念することにしました。武器を使って気絶させ、そのすきに脚をロープでくくる作戦に変更したのです。武器とは、木製バットです。もしものときのために、トヨタサーフに積んでいました。後頭部を思い切りたたくと死に至るため、その半分くらいの力でたたくのが良いと考えました。一度車に戻り、今度は片手に木製バットをぶら下げて帰ってきたぼくを、鹿はさらなる不審の目で見据えていました。両手にバットを持ち直し、振りかぶった体制でそーっと鹿に近づく。雌鹿も警戒し、首を下げ、斜め下からこちらを睨む。じりじりと擦り寄る。これ以上近づくと鹿の稼働範囲に自由をもたらしてしまうギリギリまで踏み込んだその時。雌鹿、頭をくいと下にもたげたかと思うと刹那、突き上げるようにこちらへ猛突進。ぼく、上体をそらしその場に尻もち。「え?」。手からバットが宙に飛ぶ。弧を描いて地面に落ちる。何度か跳ねる。カランコロンとゆーっくり転がってってーと、雌鹿の脚元で静かに止まる。
ばれてるんですね。びびってることが、手に取るようにばれてます。ばれると雌鹿でも子鹿でも立ち向かってきます。それは当然で、狩猟1年目の奴とは生きること死ぬことへの本気度が違います。こんなところで罠に脚を括られてる場合ではなく、脚をひきちぎってでも逃げようとします。それくらい死にたくないと思っています。つまり、動物のお肉を頂くということは、心の底から死にたくないと思っている動物を殺めるということ。そのことを頭ではなく体で理解することが、この現場における「腹をくくる」の意味だったのです。なんとしてもやらないと。後ろ足で蹴られないように注意する。荒くれる鹿の脚元から木製バットを取り戻す。「御免」と心の中で叫び、木星バットを振り下ろす。雌鹿は膝からくだけ倒れて気絶。後ろ足をとる。ロープで縛る。雌鹿もぼくも息があがる。いま聞こえるのは息の音だけ。お互いすげー生きている。
初めての獲物は、半生け捕りで捕獲できました。さあ、食べよう。食べるために、食費を浮かすために狩猟をはじめたのだから。今年でぼくは狩猟3年目です。文章ではうまく表現できている気がしませんが、狩猟1年目の、初めての捕獲のことを思い出すたびに、いつも新しい気づきがあり、新しい感情や気持ちを見つけることができます。それくらい濃い経験として、自分の体に残っています。
次回は、初めての止め刺し、腹出し(内蔵出し)、皮むき、解体、そして食すところまでを回想していきたいと思います。思い出すのは楽しいな。