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ISO9001の本質的理解へのガイド第3回
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ISO 9001の哲学とは? ~傾向を考える~
ISO9001の内部監査およびQMSのCPDコースのセミナー、QMS/EMS/OHSMSの審査員、ISO認証取得のコンサルタントとしている舩石篤史と申します。今回、私がこれまでに行った各種セミナーおよび審査経験、ならびに45歳までに業務で得られた知見からたどり着いたISO9001の本質的な理解についてのお伝えさせていただきたく、このガイドを作成し、公開することにいたしました。
本連載は個人の方に限り、無料でご閲覧いただけます。ただし、法人における教材等への引用・活用は「メンバーシップ:法人用」をご購入されている法人に限り許可します。それ以外の無断引用・使用は禁止します。
ISO 9001の箇条では要求事項として審査や監査で求められている箇条4~箇条10にだけ見ていないでしょうか?
なぜ、箇条4~10だけを見られることが多いのかは、箇条0.1で書かれているISO 9001の認証を得ることによる便益が関わっています。
0.1 一般
品質マネジメントシステムの採用は,パフォーマンス全体を改善し,持続可能な発展への取組みのための安定した基盤を提供するのに役立ち得る,組織の戦略上の決定である。組織は,この規格に基づいて品質マネジメントシステムを実施することで,次のような便益を得る可能性がある。
a) 顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービスを一貫して提供できる。
b) 顧客満足を向上させる機会を増やす。
c) 組織の状況及び目標に関連したリスク及び機会に取り組む。
d) 規定された品質マネジメントシステム要求事項への適合を実証できる。
(JIS Q 9001:2015引用)
多くの組織が求めている便益はd)項と思われます。取引先から取得を求められていたり、入札での点数として加算される場合がこれに該当します。しかし、それはa)~c)の便益を軽視していないでしょうか。
実際、d)項を重視するために「ISO 9001認証を取得しているのに会社が良くならない」や「ISO 9001認証されている組織での品質不正の頻発」が生じています。私は、これはISO 9001の取得が逆効果になっていると考えています。ISO 9001認証取得が目的になっているからです。第2回でも書きましたが、ISO 9001の本質は「顧客満足を通じて利益を得ることに組織防衛を加えて経営の一助にする」です。これは得られる便益のa)~c)に該当します。既に2回目の連載を見ていただいた方々には、このことはなんとなく分かっていただけると思います。
では、a)~c)の便益を得るためにはISO 9001をどのように使えばよいのでしょうか?そのための情報はISO 9001に既に書かれています。それは、「7つの原則」「0.2 品質マネジメントの原則」「0.3 プロセスアプローチ」「0.3.2 PDCA サイクル」「0.3.3 リスクに基づく考え方」であり、要求事項の前にこれらを理解することが重要となります。これらに書かれていることがISO 9001の哲学です。
これらはISO 9001に関する基本的なことでありますが、その基本を理解して要求事項を考えることで、要求事項が求めている目的が分かってきます。つまり、箇条4~箇条10の要求事項はそれぞれ目的を有しています。つまり、要求事項は目的を達成するための道具と考えるほうが妥当であるはずです。
それではまず7つの原則を見ていきましょう。7つの原則の詳細はISO 9000に記述されていますが、細かく見るには記述量が多いので、私が要約をしたのものを紹介します。ただし、この要約は「顧客満足」と「組織防衛」の観点を盛り込み、経営の観点に近づけています。
0.2 品質マネジメントの原則
この規格は,JIS Q 9000 に規定されている品質マネジメントの原則に基づいている。この規定には,それぞれの原則の説明,組織にとって原則が重要であることの根拠,原則に関連する便益の例,及び原則を適用するときに組織のパフォーマンスを改善するための典型的な取組みの例が含まれている。
品質マネジメントの原則とは,次の事項をいう。
- 顧客重視
- リーダーシップ
- 人々の積極的参加
- プロセスアプローチ
- 改善
- 客観的事実に基づく意思決定
- 関係性管理
(JIS Q 9001:2015引用)
① 顧客重視 JIS Q 9000 箇条2.3.1
ISO9001は顧客満足を得て利益につなげる規格です。なので会社全体として顧客を重視します。トップマネジメントが顧客重視の姿勢を社員に示し、社員もその行動を行います。ただし、「顧客満足=顧客の受け止め方」は時間経過とともに変わります。よって、顧客満足の度合いを定期的に確認することが必要です(監視)。ただし、お客様は神様ではありません。自分の会社でできることできないことを明確にし、必要に応じて顧客や仕事を選ぶことも時には必要です。
② リーダーシップ JIS Q 9000 箇条2.3.2
会社では部下は上司の顔色と背中を見て仕事をします。また、トップマネジメントが決めた方向に向かって会社は進んでいきます。よって、トップマネジメントは顧客重視の姿勢を示し、会社があるべき方向に歩むための行動をする必要があります。また、トップマネジメントは品質マネジメントシステムに対する説明責任があります。そのためには積極的な品質マネジメントシステムへの関与が必要です。なお、中古車業界において顧客を顧みずに利益重視のトップがいましたが、結局はそれが公に成り、各種問題を抱え、経営困難になる事態にも至りました。
③ 人々の積極的参加 JIS Q 9000 箇条2.3.3
トップマネジメントが方向性を決めても、会社全体がその方向性に動かなければ効果がありません。トップマネジメントがリーダーシップを発揮して皆を参加することに加え、会社内の全ての人々が、必要な力量と権限を持ち、社員自らが積極的に参加することで会社の価値を作り出し、顧客に製品やサービスを提供する会社の能力を強化するために必要です。社員一人ひとりが会社を動かす重要な活動を行っていることを認識することと、その人達をまとめていくことが極めて重要です。特に昨今の少子高齢化による人手不足の中においては、如何にして働く人をつなぎとめるか、参加してもらうか、については事業存続するにおいて極めて重要な要素となっています(氷河期世代の私からすると羨ましい限りです)。
④ プロセスアプローチ JIS Q 9000 箇条2.3.4
各業務で行っていること仕事の流れを必要な程度の活動に分解し、その一つ一つの分解した活動の精度を高め改善をすることによって、仕事の流れを良くし、求められる結果を得る考えです。例えば、「ラーメン作り」という活動は「麺作り」と「スープ作り」の2つのプロセスに分けることができます。ラーメンという製品を良くするためには「麺作り」「スープ作り」のプロセスを良くすることを考えます。
プロセスアプローチはISO 9001の根本であるため、後述にて詳細を説明します。
⑤ 改善 JIS Q 9000 箇条2.3.5
成功しつづける組織は、改善に対して継続して焦点を当てています。この場合の改善は悪いことを良くすることだけではなく、現状の打破、改革も含まれます。一言で言えば、チャレンジをするというのも改善に含まれます。なぜ改善をしなければならないのかは、会社の内部・外部、取引先等の利害関係者、世の中の流れ、は常に変わっているからです。つまり改善をするというのは世の中の変化の流れについていくことと同じです。
⑥ 客観的事実に基づく意思決定 JIS Q 9000 箇条2.3.6
データ及び情報の分析及び評価に基づいた客観的事実を基にした意思決定によって、会社が望む結果が得られる可能性が高まります。主観的に推測をして分析および評価を行った場合、正しくない情報がトップマネジメント等に報告され、間違った判断をする可能性が高くなります。そのような判断をした場合、会社は目標を達することができず、思ったような利益を出せない可能性が高まります。
⑦ 関係性管理 JIS Q 9000 箇条2.3.7
どこの会社も自分の会社だけで利益を出していません。部品や材料の購買先、顧客、行政機関、エンドユーザー(顧客先の顧客)等の会社を動かすにおいて重要な関係先を明らかにして、適切に管理することが求められます。
上記の考えを普段の活動に適用させていくことが基本です。なお、これらを行うことで「顧客満足」を得ていくことになりますが、これを重視しないと「顧客満足」を得られないだけではなく、「顧客満足の毀損」や「利害関係者との関係悪化」から組織の危機が訪れる可能性があります。
認証を取るためだけに形式的にISO 9001を取るためのルール遵守だけでは、本来のISO 9001の目的とするものが得られません。上記の7つの原則という哲学を踏まえたうえでのルール遵守、ならびに適切なルールの変更(改善)を行うことが必要です。つまり、ISO 9001の認証を取得したときからがスタートです。ISO 9001の認証取得は目的ではなく手段であることを認識することが極めて重要です。このことは認証組織だけではなく、認証取得を求めた組織(顧客、役所等)も認識しなければならない事柄です。
さて、ISO 9001の哲学についてお話をしました。そのなかに「プロセスアプローチ」がありました。この「プロセスアプローチ」で仕事を考えるのがISO 9001となります。そのため、前述ではラーメンを例えに出しましたが、そのプロセスを簡潔に書くと下記のようになります。
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ラーメンを提供するにあたって必要なのは麺とスープです。しかし、麺だけできていてもラーメンは提供できません。そのときにスープができている必要があります。つまり順番が大事です。
そしてラーメンを改善したいと思ったら麺かスープを改良します。麺を改良するとしたら、麺作りの方法を変えたり、原材料を変えたりします。つまり「麺作り」のプロセスを改善します。麺を改良したらそれに適したスープにする必要がでてくることもあるでしょう。これが相互に作用するということです。
実際の仕事においてはもっと多くのプロセス並列で進行をしています。だから、皆さんは会議等でそれらの進捗を確認し、必要に応じて課題を決定し解決をすることを行っています。これがISO 9001で良く出てくるレビューに該当します。なお、JIS Q 9000ではレビューを下記のように規定されています。
3.11.2
レビュー(review)
設定された目標(3.7.1)を達成するための対象(3.6.1)の適切性,妥当性又は有効性(3.7.11)の確定(3.11.1)。
(JIS Q 9000:2015引用)
3.11.1
確定(determination)
一つ又は複数の特性(3.10.1),及びその特性の値を見出すための活動。
(JIS Q 9000:2015引用)
さて、上記でプロセスを改善するとの話をしましたが、改善をする際においては計画的に行い、計画を実行し、その結果を分析評価し、必要な改善点を洗い出し、次の計画に盛り込むのがPDCAサイクルとなります。JIS Q 9000では下記図と説明が使われています。
0.3.2 PDCA サイクル
PDCA サイクルは,あらゆるプロセス及び品質マネジメントシステム全体に適用できる。図2 は,箇条4~箇条10 をPDCA サイクルとの関係でどのようにまとめることができるかを示したものである。
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PDCA サイクルは,次のように簡潔に説明できる。
- Plan:システム及びそのプロセスの目標を設定し,顧客要求事項及び組織の方針に沿った結果を出すために必要な資源を用意し,リスク及び機会を特定し,かつ,それらに取り組む。
- Do:計画されたことを実行する。
- Check:方針,目標,要求事項及び計画した活動に照らして,プロセス並びにその結果としての製品及びサービスを監視し,(該当する場合には,必ず)測定し,その結果を報告する。
- Act:必要に応じて,パフォーマンスを改善するための処置をとる。
(JIS Q 9001:2015引用)
ただし、実際の現場において常にPDCAサイクルを回して改善を行う必要はありません。実際には下記図のようにPDCAサイクルとSDCAサイクルを行っているはずです。
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P:計画⇔S:標準化
D:実行
C:チェック
A:改善
プロセスを良くするためにはPDCAサイクルを回して計画的に行っていきますが、必ずPから始める必要はなく、どこから始めても構いません。場合によっては「d:予備実験」をやってからPDCAサイクルを行っても良いです。
なお、PDCAサイクルによるプロセスの改善を常に行う必要はありません。常に改善を続けるのは無理です。そのうちにネタが尽きます。なので改善でのPDCAサイクルを回すのは、何かしらの改善の必要が生じたときになります。具体的には、内部監査、マネジメントレビュー、不適合品の発生があげられます。
そして、一度改善をしたらS:標準化を行い、維持をすることが必要です。プロセスを改善してもそれが守られず、もとに戻るようなことがあったら意味がありません。また、この標準化が守られているだけではなく、無理なく運用できるものであるかどうかに注目することが必要になります。
また、ラーメンを販売する場合、想定よりも売れない場合は利益が出ません。この場合売れないのは顧客満足を満たしていないからと考えます。なのでPDCAサイクルでラーメンを改善したところ、想定よりも売れることになしました。売れすぎて顧客に提供が間に合わなくなる事態が発生するようになりました。そして顧客から苦情が発生しました。つまり、売れすぎたとしてもそれが顧客満足の獲得ではなく、毀損につながることがあります。これが「リスクに基づく考え方」となります。ISO 9001のリスクは「不確かさ」の意味です。つまり、
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つまり、ISO 9001では業務をプロセスに分解し、各プロセスの精度を高める改善をPDCAサイクルで計画的に行うこと。それによって、得られるもの(利益)のバラツキを小さくし、目標とするものの結果を確実に得る。ということが仕事の基本概念となっています。
その基本概念に対し、哲学である7つの原則を適用して要求事項が求められていると考えるのが妥当です。
さて、今回はISOの哲学と基本概念について説明をしました。これらはISO 9001の要求事項ではありません。なので、認証を得るための審査の基本である適合性(ルール通りやっているか)だけを見てしまうと、本来のISO 9001が求めていることが含まれず、ISO 9001が有効に機能しなくなります。
そのため、ISO 9001を用いて組織を良くすることを目的にするのであれば、哲学である7つの原則と基本概念である「プロセスアプローチ/PDCAサイクル/リスクに基づく考え方」を経営のレベルに落とし込みをすることが必要不可欠となります。
ただし、これらの哲学や基本概念というものは、既に行われている会社が多数あります。そして出版をされています。有名なところでは稲盛和夫氏の『京セラフィロソフィー』があげられるでしょう。他にも、『エクセレント・カンパニー』(原題: In Search of Excellence) は、トム・ピーターズとロバート・ウォーターマンが著した、成功している企業に共通する特性を分析した経営書です。卓越した成果を上げている企業に共通する8つの原則を見出し、それらがどのように組織に適用され、成功を導いているかを解説しています。著者たちはアメリカの大企業を調査し、特に持続的な業績向上を実現した「優良企業」に焦点を当てています。これらの企業が単に技術的な優位性やリソースに依存するだけでなく、優れた企業文化や経営原則に基づいていると結論づけています。
これらの著作はより詳しい方法が掲載されていますが、本に書いてある方法を自組織に適用しようとしてもうまくいかないでしょう。なぜなら母体となる組織の状況および適性が異なるからです。
そのため、ISO 9001の哲学と基本概念を理解し、自組織に適した方法を構築もしくは構築されていたものを利用する、ことが重要となります。
さて、ここまででISO 9001の最初の前提についてのお話が終わりました。前提ではありますが、ISO 9001の本質のはずです。本質に触れることによって、ISO 9001で得られる便益を獲得できるようになると考えています。
次回では、前提を踏まえたうえで、要求事項が記載されている箇条4~箇条10についての本質について説明をします。
以上
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