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【DTMクラシック】J.N.フンメル / フルート・ソナタ ニ長調,Op.50

皆様、今年一年ありがとうございました。2024年最後の記事となります。
今回は比較的レコーディング音源も多いフルートソナタです。

J.N.Hummel/Flute Sonata in D,Op.50

00:10 - 1.Allegro con brio 4/4
09:54 - 2.Andante 6/8
12:45 - 3.Rondo Pastorale 2/4

1778年11月14日にブラティスラヴァ(プレスブルク)で生まれ、1837年10月17 日にワイマールで亡くなったヨハン・ネポムク・フンメルは、音楽一家の出身でし た。父のヨーゼフ・フンメルとW. A. モーツァルトからピアノの手ほどきを受けた後(モーツァルト家に2年間住み込みでレッスンを受けた)、10 歳の時に最初の演奏旅行に出かけ、プラハ、ベルリン、コペンハーゲン、そしてイギリス を訪れました。ロンドンでの滞在は、ヨーゼフ・ハイドンの滞在と重なり、寵愛を受けています。 ウィーンに戻った後、ヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガーと アントニオ・サリエリのもとで本格的に作曲の勉強を始めました。26歳の時、ハイドンの推薦により、アイゼンシュタットのエステルハージ公爵の宮廷楽団の指揮者を務めました。彼は職務に十分専念しなかったという評価を受け一度1811年に解雇されています。これは彼がウィーンの音楽界から絶大な人気を得ていたため、ワルツ、バレエ、ピアノレッスン、演奏会とウィーンへ頻繁に出かけていたためです。一度ハイドンの口利きで復職しましたが1816年にシュトゥットガルトの宮廷楽団の指揮者に招聘され、有名なイ短調とロ短調のピアノ協奏曲を演奏しています。そこで彼は、とりわけモーツァルト、ベートーヴェン、サリエリ、ケルビーニ の作品に熱心に取り組んでいましたが、ここへ招集した領主がなくなり、後継者とは意見の相違が生じたため、ここも辞めてワイマールの大公管弦楽団の宮廷学長という最高の地位と名誉を得ることとなったのです。


Johann Nepomuk Hummel  made by  Ai(Copilot)

フンメルは、モーツァルトが始めたウィーン流ピアノ演奏の代表者とみなされており、その発展に決定的な貢献を果たしました。そのため、彼の創作活動は主にピアノ曲作曲の分野が中心となりました。ピアニスト、作曲家、教師としての名声の一方、彼はドイツの著作権法の確立へ精力的な活動をし、旧友ベートーヴェンもこの活動を支持していました。

さて、このフルートソナタニ長調作品50は19世紀に大変好評を博しました。このソナタは様々 ヨーロッパ中の複数の出版社から出版されました。

第1楽章 アレグロはまさにモーツァルトの作品を聴いているかのようです。アルベルティ・バスに支えられて踊るような明快な主題に、ロココの香りを漂わせた明るい曲です。ニ短調の短い第2楽章はフンメルらしい和声とピアノ技法が見られます。切れ目なしにパストラーレと題された第3楽章に入りますが、短い序奏部こそパストラーレ(田舎風 田園風)ですが、すぐにテンポの速いロンド主題に入ります。この楽章の展開と構成はまさにベートーヴェン的でもあり、影響は受けているものと思われます。

原タイトルは「ピアノとフルートまたはヴァイオリンのためのソナタ」であり、ヴァイオリンソナタとしても演奏できますが、この曲のソロパートがフルートが映えるように作られているので、フルートで演奏された録音が多い作品です。

Sheet score createed by Dorico Pro 5
Computer Programming : Hummel Note
Sound:GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA 5/ARIA
Mix & Mastering:SSW10 Lite

Dorico pro 5 で作成しています

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