見出し画像

わたしにとってのジャズ、初心者用の解説Ⅰ


私は「ジャズ」という音楽が好きです。

少し前まではウッドベース(コントラバス:一番大きなヴァイオリンのおばけみたいな楽器)をいろんなジャズバンドで弾いていました。

他の多くの音楽と比べてジャズのどういった部分が好きなのかというと、”演奏者の美意識が介在する余地が大きい”ところかなと思っています。

このnoteではわたしがジャズ好きな理由を改めて見つめなおすと同時に、なんとなく敷居が高く敬遠されがちなジャズの聴き方みたいなものを紹介出来たらと考えています。 

事前に注釈を入れておきますが、あくまで素人の一音楽好きの所感であって、絶対にこうでなければならないとか、絶対に正しいとかではありません。

今回は、そもそもの音楽が何によって構成されているかということと、ジャズに特異な特徴について解説していきます。


・音楽の成り立ち

まずはじめに、音楽は三つの要素から成り立つと言われています。

1に”メロディー”
2に”ハーモニー”
3に”リズム”

わかりやすくするために、これらを海苔巻きとして例えます。サンドウィッチでも、ケーキでも構いませんが、海苔巻きにおいては

1、主たるネタが”メロディー”
2、メロディーを引き立てる副ネタが”ハーモニー”
3、海苔巻きを口に運ぶ速さが”リズム”

といった具合になるのかなと思います。例えばトロたくならネギトロがメロディー、たくあんがハーモニーとなるわけです。

また、この海苔巻きをある地点で切断したときの断面図を”コード(和音)”と言います(金太郎あめの絵柄と言っても良いかもしれない)。

画像1

この海苔巻きは食べ進める地点によって主たる具材”メロディー”が変化し、飽きなく最後まで楽しむことができます。また、それを引き立てる副ネタ”ハーモニー”も変化していくので、食べる地点によって断面図”コード”も変わっていくというのは何となくイメージしてもらえるでしょうか。


・ジャズにおける楽譜という名のレシピ

画像2

音楽における楽譜は海苔巻きにおけるレシピと言えます。その海苔巻きの長さやネタの種類が事細かに書いてあり(場合によっては塩加減まで)、それを忠実に再現すればレシピ製作者の味を再現できるようにできています。

しかし、一般的にジャズで用いられるレシピは、主なネタ”メロディー”と、ある地点の断面図”コード”、食べ進める速さ”リズム”が指定されているだけです。

ジャズ奏者はこのレシピを基準にめいめい好きな味付けをすることができます。この点で、ジャズが他の多くの音楽と目的が異なる印象を受けます。他の多くの音楽では、レシピ製作者の味を観客に届けるのが本分である一方、ジャズではそれを用いて料理人の腕を競うとか料理人固有の味を楽しむといった趣があります。
だから、他の音楽に慣れている方々がそれを知らずにいきなりジャズを聴くと、演奏者ごとに大きく味が変わった料理たちが出てきて面食らうのかもしれません。

・ジャズ料理人たちの考え

音楽は、作られると同時に観客の口に運ばれる海苔巻きです。演奏というのは、集まった料理人みんなでこの海苔巻きを作ることに他なりません。ピアニストがネギトロを入れると同時にベーシストはたくあんを添え、ドラマーが口に運ぶことで、観客はトロたくを味わうことができるといった具合になっています。

ジャズの料理人たちは、味の雰囲気が似ているからと言って、たくあんを浅漬けに変えたり、レシピで決められた断面図と断面図の間に人知れずガリやワサビを忍び込ませたりします。ジャズではおおむねレシピ通りであればそれが許されます。どの具材を加えどの具材を除くのかということは、料理人の好き嫌いによって決まります。

しかし一方で、生まれも育ちも異なるので、味の好みも千差万別です。

彼らはほとんど対等な立場にいます。バンドを率いるリーダーが曲全体の流れを決定することはありますが、最終的にどんな具材を加えるかはその瞬間、担当する料理人がきめることです。そして、一度出した音はもうやり直すことはできません。当然ですが、彼らは観客に一番おいしいものを食べて欲しいと思っているので、お互いの具材を損なうことなく、可能な限りの相乗効果を試みるわけです。

この”瞬間的に生まれる美意識の交錯”みたいなものがジャズという音楽の肝ではないかとわたしは思っています。

・わたしはなぜジャズが好きなのか

料理人たちは料理をしながら考えます。なぜ自分自身がこの味付けを選ぶのか、そして他の料理人たちがなぜその味を選択したのか。
その人が何を好み、何を嫌うのかということは、その人をその人たらしめるもっとも原初的な要素の一つであって、それをぶつける、認めあうということはお互いを理解しようとすることに他ならないと思います。

多くの人が良く知るように、人は他人を真に理解することはできない。他人を理解したと思うことは傲慢である。しかしながら、理解しようと求め続ける心の動きは人間の普遍の営みであって、一種の尊さみたいなものを感じます。

そして我々も音楽を聴くことを通じてその営みに参加できる(あるいは参加した気分になる?垣間見る?)ということが、わたしがジャズを好む理由だと考えています。美味しい海苔巻きをただ味わうだけでなく、なぜ美味しくなっているのかを疑問に思うということです。

だから、どんな海苔巻きを食べるときもその作り手の考えを理解しようとし続ける。それがわたしがみなさんに勧めたいジャズの聴き方です。


海苔巻きから始まったジャズ解説が小ムズカシイ哲学じみたもので終わってしまったのですが、次回以降は、実際に曲を挙げて解説していきたいと思います。







この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?