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『居場所がほしい〜不登校生だったボクの今〜』を読んで

皆様、こんにちは。
東大卒の25歳で教育分野での起業を準備している
佐藤黎司(さとうれいし)と申します。

本日は先日さーどぷれいすの小野寺さんに
紹介していただいた『居場所がほしい〜不登校生だったボクの今〜』を読んだ感想を書きます。


居場所がない

著者の浅見さんが不登校を経験した契機は
冤罪といえるものでした(犯罪ではないですが)

理科の授業で活発な級友が危険な行為をして、
怒られたという話が終礼で出て、
浅見さんは何もしていないのに、巻き込まれて
担任の先生に怒られたというものです。
※詳しくは本をお読みください。

やんちゃな級友に目をつけられたこと、
先生が冤罪にも関わらず怒鳴りつけたこと、
そして、不登校という状況を理解してくれず
学校に行かせることを考える家族

どれも、居場所をなくすものであり、
浅見さんにとっては味方に見えず、
それ加えて両親の期待に応えられない、
さらには苦しさから出る行為に対し、
自責の念が生じてしまう。

周囲だけでなく、自分の中でも
居場所がなくなってしまったのだと
感じました。

居場所との出会い

浅見さんが外に出るようになったきっかけは
ある居場所との出会いでした。

そこは地元にあった「学校に行かなくなった
子どもたちが集まる居場所」でした。
浅見さんが好きな卓球ができる場所があることも
あって、訪れたところ、カウンセラーの
鈴木さんという方とお会いします。

学校に行く、行かないという観点ではなく、ボク自身を見てくれる。
親御さんも徐々に学校に行きなさい、~しなさいという声掛けはしなくなったそうです。

「鈴木さん」のような、学校ありきではなくボクと会話してくれる人との出会いや、「親も、ボクの苦しさに気づいてくれたのかも」という安心感が生まれ、学校の外や家の中にも居場所ができたことで、ボクの考えや気持ちが変わっていく1つめのきっかけになりました。

『居場所が欲しい 不登校生だったボクの今』 P37

サードプレイスという意味での居場所に加え、
家族でも居場所ができてきたのでしょう。

学校にも居場所があるかもしれない

そして、同級生から「まってるよー」というというメールを受け取ります。
本心なのかはわからない。
特にそんな意味があって送ったわけではないのかもしれない。

それでも、一人ぼっちでないとわかる。

浅見さんは以下のように語っています。

教室の「中」にいる生徒にとっては、「ちょっとしたこと」のように思えるメールやLINEでのひと言でも、「無理しなくてもいいけど、待ってるからね」といった「たったひと言」でも、教室の「外」で孤独と戦っているボクのような人にとっては「勇気」や「支え」になることもあるんです。
ボクにとってはまさにそうで、教室にいる「一人の味方」が、「一〇〇〇人の味方」ぐらい心強いものに感じました。

『居場所が欲しい 不登校生だったボクの今』P36

同級生からのメールを通して「学校に、味方がいるのかも」と思えたことが、ボクが次の道、つまり学校へ戻る二つめのきっかけになりました。

『居場所が欲しい 不登校生だったボクの今』 P37

自分の居場所があること。
それがどれだけ大切なことであるか。

学校の中や職場の中、家庭の中に
居場所があるならば、それはすばらしい。
でも、そこに居場所がない人もいる。

不登校という文脈に限らず、
そのことを認識することが重要だと感じます。

「つらさ」は、繋がりにもなる

浅見さんは、高校生のとき、
部活の友達が学校に来なくなった際に
迷いながらも勇気を出して自分の経験を
打ち明け、結果的に友達の居場所を作ることに
なります。

大学生になると、自分と同じような経験を
していた方が多くいることに気づき、
講演に参加するなどして、繋がりを作り、
「十人十輝(じゅうにんといろ)」という活動を
立ち上げます。

活動の内容は、私の言葉で説明しきれないので、
本書を読んでいただきたいですが、
不登校は問題だ!解決するというような
印象ではありませんでした。

学校に行かないのも一つの答え。
その悩みを聴くことが重要だと感じました。

これは、学校に行くか行かないかで
区切られるものではないと感じます。

学校に行っていても居場所がない方も
たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

おわりに

この他にも浅見さんの活動や
そこで学ばれたことなど、
大切なことがたくさん書かれているのですが、
具体的な部分を私のフィルタを通してしまうと
歪んでしまう気がしますので、
そこは本書を読んでください。

この本を読んで、個人の経験という観点で
感じたことは両親への感謝です。

私は幼稚園や小学校に馴染めない時期が
ありました。

幼稚園も小学校も友達はいたけれど、
理屈が通じない環境が辛かった笑
論理的思考を父に求めれて育った私にとっては
幼稚園は居場所がなかったのだと思います。

それでも、幼稚園を休んでも小学校に
行けなくても両親から何か言われたことは
ありません。

幸い先生にも恵まれ、
特に幼稚園のときの担任と小学校1年生のときの
担任は休みがちな私の良いところを見つけて
褒めつつも、登校、登園を強制しませんでした。

そのおかげで、徐々に馴染んだことを思えば、
本当に周りに感謝しかないですし、
違った観点から浅見さんのおっしゃること、
さーどぷれいすの小野寺さんのおっしゃることに
共感しました。

皆様もぜひ読んでみてください。
それでは、また👋


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