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英国への憧れ

忙しい二日間が終わり、休日前の夜だったので久しぶりに一人で映画を観た。

ブライトスター いちばん美しい恋の詩

夭折した詩人ジョン・キーツと、その恋人ファニー・ブローンの日々を描いた大好きな作品。今週、この作品の監督であるジェーン・カンピオンの『ピアノレッスン』4Kデジタルリマスター上映を友人と観に行く予定なので。

少し久しぶりの鑑賞だったが、改めてどこを切り取っても美しい映像にうっとりとする。
冒頭、白い窓辺で針仕事をするファニーのカットはまるでハンマースホイの絵のようだし、ジャケットになっているブルーベル咲き乱れる花野で手紙を読むシーン、蝶をベッドルームに放つシーン、小花咲く木に登りてっぺんで寝そべるキーツのシーン……好きなシーンを挙げたら切りが無い。
エンディングに流れる、キーツを演じるベン・ウィショーによる朗読も、しみじみと聴き惚れてしまう。

少女のころ、英国詩人の詩をひたすら読み耽っていた時期がある。
きっかけは英国文芸映画だ。シェイクスピアやブロンテ、オースティンの作品を原作或いは原案とした映画たち。
その映画の中の田園風景の美しさ、舞踏会の踊りやモスリン生地のドレス、普段着のグリーナウェイドレス、頻繁に挙がる「Tea!」の合図。
物語の登場人物たちは馬に乗り、時おりピアノや歌を奏で、昼には美しい田園の中で、夜には暖炉を囲んで、キーツやワーズワース、シェイクスピアらの詩を朗読する。
その様子に少女の私は胸が切なくなるくらい憧れ、映画の中で読まれた詩を探しては読み耽る、を繰り返していた。

映画の中ではもちろん原文で読まれるし、タイトルや作品番号が台詞の中に登場しないものもある。当時は今のようにインターネットが身近なものではなく、特別英語が得意というわけでもなかったので探し当てるのはなかなか難儀だった。
シェイクスピアやワーズワースあたりは日本でも広く翻訳されているけれど、そもそも日本で翻訳されたことがない詩人の作品もさらりと出てくる。
字幕を英語にし、書き取った詩の一節を大学教授に見せたり、図書館のパソコンで英語と格闘しながら調べたりしていた頃が懐かしい。
原文で読むのがなによりも一番だけれど、翻訳も、翻訳者それぞれにカラーがあり楽しかった。
当時は個人ホームページ全盛期だったので、同じく英国文芸を愛するひとが自身のホームページに私訳を載せていることもあったり。

私が一番好きな英国映画は『いつか晴れた日に』というジェーン・オースティン原作の映画で、レンタルショップのVHSから始まり、今所持しているDVDも繰り返し再生している。恐らく私が一番見返した作品はこの映画だと思う。
物語の中でケイト・ウィンスレット演じるマリアンヌが

《Is love a fancy, or a feeling? No.It is immortal as immaculate Truth》

という一節を朗読するシーンがあり、そのリズムや言葉の美しさに続きも知りたい!とひたすら調べた。けれど少女時代にその謎は解けず、大人になってから偶然Hartley Coleridgeという詩人のソネットⅦだと知った。
日本では翻訳されておらず、件の一節も収録された洋書を所持しているのだけれどいつか私訳に挑戦するのがひそやかな夢だったり。

そういえば長いこと、あんなに耽読していた詩集たちを読んでいないので、久しぶりに読み返えそうと思っている。涼しくなってきて、あたたかい飲み物が美味しい季節。英国式に淹れたミルクティーを用意し、パーセルの音楽を低く流して、グリーナウェイシルエットのネグリジェを着て、美しい言葉たちを味わう秋にしよう。




英国映画つながりでもう少しだけ。
先日、英国の素晴らしい役者マギー・スミスが亡くなった。
そもそも、私が英国映画を観るようになったきっかけはハリー・ポッターシリーズの大ファンだったからである。
原作小説の翻訳をひたすら待ち、映画ももちろん全て観に行った。これは自慢だけれど、秘密の部屋以降は全てジャパンプレミアに当選し、そこで観ている。自慢。
ハリー・ポッターシリーズは脇を固める大人陣が英国の名優ぞろいで、私は彼らの出演作品を遡って追った。(先に書いた《いつか晴れた日に》にもハリポタ俳優が大勢出演している)エマ・トンプソン、アラン・リックマン、ケネス・ブラナー、そしてマギー・スミス。
マギー・スミスとの出逢いはマクゴナガル先生だったけれど、私は彼女の出演作品なら『秘密の花園』が一番好き。
映像も音楽も衣装も素晴らしく美しく、マギー演じる家政婦長ミセス・メドロックは厳格でありながらも、その厳しさは責任感によるもの。情深いところも感じさせる演出と演技で本当に大好きだった。

ハリー・ポッターシリーズの三人組とほぼ同世代の私は、大人たちを演じた役者の訃報を聞くとやはりものすごくさみしく思ってしまう。物語の登場人物として、私の人生にずっと寄り添っていてくれた人たちだと勝手に感じているので、心にぽかりと穴が空いたような心地になるのだ。

マギー、リチャード、アラン、ロビー、マイケル……三人組を導き見守り、そして私を導き見守ってくれた彼らの存在に沢山の感謝と愛を込めて。

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