『男はつらいよ』で検証するGraphRAGの可能性:AIが人間の記憶に迫る!
はじめに
近年、AIと人間の会話は驚くほど自然になり、デジタルヒューマンと自由に雑談ができる時代となりました。その中で、特定の人物をデジタルヒューマンとして再現する実験を進める中で、発言に違和感を覚えることがあります。その理由は、モデルとなった人物に対する私の認識や理解との何かしらの差異があるからです。人物への理解が深ければ深いほど、その差異、言い換えれば違和感が顕著になるのです。
この課題を解決する手法として注目されているのが GraphRAG という技術です。本レポートでは、人間の記憶体系に近いデータ保持を可能にすると言われるGraphRAGについて調査し、検証した結果をまとめます。
1. RAG(Retrieval-Augmented Generation)とは?
GraphRAG の説明の前に、RAG(リトリーバル・オーグメンテッド・ジェネレーション) を説明します。RAGは、生成AIモデルが外部情報を活用して性能を向上させる技術です。大規模言語モデル(LLM)は、未学習の情報や最新データを参照することで、より正確でタイムリーな回答を提供できます。
RAGの2つのプロセス
情報検索(Retrieval)
外部データベースや文書から、ユーザーの質問に関連する情報を検索します。
例: 「昨日の打ち合わせ内容」に関するPDF文書を検索。
必要最低限の情報を抽出することでコストを削減。
回答生成(Generation)
検索で得た情報を基に、ユーザーの質問に対する回答を生成。
RAGの課題
固有名詞や抽象的な質問への対応が難しい
例: 「○○さんがよくすること」や「△△と仲が良いのは誰?」など、文脈が曖昧な質問では精度が低下。
意味の近さの限界
質問と「意味的に近い」情報を検索するが、それが正確な情報を引き出すとは限らない。
例: 「車寅次郎と仲が良いのは誰?」に対し、関連情報がない場合は回答が生成できない。
2. GraphRAGの登場:RAGの進化版
GraphRAG(グラフラグ) は、RAGの課題を克服するために開発された新技術です。文章をグラフ構造で表現することで、情報検索と回答生成を効率化します。
GraphRAGの基本仕組み
グラフ構築
文章から重要な要素(ノード)とそれらの関係性(エッジ)を抽出。
例: 「車寅次郎は妹のさくらを支える」をグラフ化すると:
ノード: 「車寅次郎」、「さくら」
エッジ: 「支える」
ノード中心の検索
質問に関連するノードを特定し、その周囲の関係性を探索。
例: 「車寅次郎がよくやることは?」に対し、「旅をする」「トラブルを起こす」など具体的な回答を得られる。
GraphRAGの利点
抽象的な質問への対応力
構造的な関連性を活用するため、高精度で対応可能。
関係性の可視化と利用
複雑な人物や事象の関係を整理し、検索精度と回答の質を向上。
検索精度の向上
質問に関連するノードやエッジを基に検索し、より正確で詳細な情報を提供。
3. GraphRAGの実践的な応用例
①人物関係の可視化
映画『男はつらいよ』の分析に利用(今回の実験です)
ノード: 「車寅次郎」、「さくら」、「博」、「タコ社長」
エッジ: 「兄妹」、「夫婦」、「友人」、「支える」、「喧嘩する」、「助ける」
効果: 「車寅次郎の関係者は誰?」という質問に対し、関連人物を即座に検索・回答。
②社内文書の効率的管理
社内プロジェクト管理の例
GraphRAGを活用することで、プロジェクト責任者や関連情報を一度に網羅的に取得可能。
効果: 効率的な意思決定をサポート。
③カスタマーサポートの品質向上
問い合わせ履歴をグラフ化し、FAQ対応や複雑な問い合わせ処理を効率化。
④リスク管理と予測
過去のプロジェクトデータを活用して未来のリスクを予測
効果: 問題の顕在化前に対策を講じられる。
4. RAGとGraphRAGの比較
5. GraphRAGの実装フロー
文書のグラフ化
言語モデルを活用し、自動的に文章をノードとエッジのグラフに変換。
データベースへの保存
生成したグラフをNeo4jなどのグラフデータベースに保存。
検索と回答生成
質問に基づき、関連ノードやエッジを探索。
回答生成
検索結果を言語モデルに渡し、適切な回答を生成。
6. 導入時のポイントと課題
モデル選択
高精度な言語モデル(例: GPT-4)を採用することで、グラフの品質と回答精度を向上。
データの前処理
同義語や異なる表記を統一し、グラフの正確性を確保。
運用コスト
静的データは構築後の維持コストが低いが、動的データはリアルタイム更新が必要。
応用可能性
製品構成、医療データ、法律文書など、幅広い分野で活用可能。
*にゃんた先生のAIチャンネルの方が詳しくわかりやすいです。。。
7.検証:『男はつらいよ』を題材に(ここからが本題)
目的
GraphRAGが人間の脳内記憶の特性に似ているかを検証するため、映画『男はつらいよ』の登場人物・車寅次郎(以下、寅さん)の友人?で、寺の境内の掃除や水まきのほか、御前様のお供もするが、美しいマドンナが柴又に現れると「寅の恋人が来たでえ~」などとうわさをまき散らす「源公っぽい人」をデジタルヒューマンで再現しました。
通常のRAGとGraphRAGを用いた2つのモデルに同一の質問を行い、それぞれの応答内容を比較しました。
参照情報は以下のWebサイトなどより取得
質問と回答の比較
源公っぽい人の回答動画
寅さんの職業は何ですか?
RAG: 「寅さんの仕事は、全国を旅しながら商品を売るテキヤだよ。各地でいろんな物を売り歩いてるんだ。」
GraphRAG: 「寅さん?あいつはテキヤだよ。全国を旅して、いろんな商品を売り歩いてるんだ。旅が仕事みたいなもんだな。」
寅さんの性格はどんな感じですか?
RAG: 「寅さんは陽気で社交的な性格だね。誰とでも仲良くなれる感じだよ。」
GraphRAG: 「寅さんは陽気で社交的なやつだよ。お人好し過ぎて損することもあるけどな。」
寅さんはどんな趣味がありますか?
RAG: 「趣味っていうと、やっぱり旅をすることだね。それがあいつの生きがいみたいなもんさ。」
GraphRAG: 「趣味って言ったら旅だな。あと、旅先で誰かと話してるのが一番好きみたいだぞ。詩とか歌なんてのも作るらしいけど、俺にはよくわからん。」
寅さんと俺(源公)の関係はどうですか?
RAG: 「寅さんとは、まあ昔からの馴染みだね。言いたいこと言い合うけど、なんだかんだ気心知れてる仲だよ。」
GraphRAG: 「寅さんとは長い付き合いだよ。あいつとは冗談も言い合うし、なんだかんだ助け合う仲だ。」
寅さんの夢は何ですか?
RAG: 「寅さんの夢?たぶん、安定した生活を送ることじゃないかな。落ち着ける場所を探してるんだと思うよ。」
GraphRAG: 「夢か?あいつに夢なんてあんのかねぇ。まあ、旅を自由に続けることなんだろうな。でも、家族のこともちゃんと考えてるとこはあるんだよ。」
寅さんの短所はありますか?
RAG: 「あいつ、気まぐれで計画性がないんだよな。でも、そこがまた寅さんらしいんだよ。」
GraphRAG: 「短所?そりゃ気まぐれで計画性がないとこだな。感情で動くから、周りが振り回されることもあるぜ。」
寅さんの得意なことは何ですか?
RAG: 「寅さんは人と話すのが得意だよ。初めて会った人ともすぐ打ち解けられるんだ。」
GraphRAG: 「あいつの得意なこと?それは人と話すことだな。場を盛り上げるのが上手いし、商売もうまい。」
寅さんの妹・桜にはどんな夢がありますか?
RAG: 「桜さんの夢は、幸せな家庭を築くことだね。穏やかに暮らしたいって思ってるんだよ。」
GraphRAG: 「桜さんの夢は安定した家庭を築くことだろうな。お兄ちゃんと穏やかに暮らして欲しい思ってるんじゃねえか。」
寅さんと妹・桜の間で起きた印象的なエピソードを教えてください。
RAG: 「寅さんが桜さんのために、旅先で特産品を持って帰った話があるよ。でも、桜さんとしては、もっと家にいてほしいって思ってたんだろうね。」
GraphRAG: 「寅さんが桜さんのために旅先から特産品を持って帰ってきたことがあったな。でも、桜さんはそれより『家にいてほしい』って思ってたんじゃねえかな。」
寅さんが旅先で一番感動した出来事は何ですか?
RAG: 「旅先で親切な人に出会ったことが一番感動したみたいだね。人の温かさに触れると、寅さんも嬉しいんだよ。」
GraphRAG: 「寅さんが感動したのは、旅先で昔お世話になった人に再会したときだな。相手が寅さんのことを今でも覚えててくれたのが嬉しかったんだとよ。」
8. まとめ
GraphRAGは、RAGより抽象的で複雑な質問にも高精度で対応できる可能性を示しました。ただし、「従来のRAGを大きく超える性能」と言い切るにはさらなる検証が必要です。
とはいえ、GraphRAGは、情報の関連性をより精緻に捉えることに重点を置いており、その設計思想は人間の記憶や思考過程を模倣する方向に一歩近づいたと言えるでしょう。特に、関連性の高い情報を柔軟に結びつける能力は、人間の脳が行う記憶のネットワーク化に近い発想を取り入れている点で興味深い進展と考えられます。
今後、この技術がさらに発展し、より多くのケースで有用性が証明されることを期待しています。GraphRAGが、より直感的で人間らしい情報処理の実現に貢献できるかどうか、引き続き注目していきたいと思います。